第12話 一輪の希望 前
寿磨と華奈ちゃんは家に隠れているだろうか。今はそれだけが心配だ。
持っている札を近隣に全てばら撒き家を出ると、玄関先で寿磨と遭遇した。
急いでいたので簡潔に隠れるよう言ってその場を去ったが、多分寿磨はちんぷんかんぷんだろう。
だが今はそれでも問題は無い。寿磨はべつに不発弾に興味を持つような性格では無い。
御厨さんの情報によると、雨宮高校付近に大量に亡者が湧いているという。
しかし、札を持たない私は今何も出来ないので、とにかく御厨さんと司城さんを探した。
「御厨さーん」
名前を呼びながら雨宮高校方面へ走っていたが、御厨さんは姿を見せない。
何故か電話も繋がらないし、今のままじゃ戦力にはなれない。
そんな時、建物を飛び回る足音と共に、ポニーテールの影が映った。
私が見上げた先に、入院しているはずの涼花さんの姿があった。
「涼花さん!」
思わず声を大きくしながら、涼花さんを呼ぶと、私に気がついて斜め前の塀の上に着地した。
「瞳美!」
「まだ入院中じゃないんですか」
涼花さんの全身を確認すると、腕や足に包帯は巻いているものの動きに違和感はなく、普段亡者と戦う時の道着姿になっている。
「抜け出してきたに決まってるだろ。あんな傷、食べてちゃんと寝てれば3週間もかからん」
「あはは⋯⋯羨ましいです」
自慢げに腕を組んだ涼花に、私は引き攣った笑い声を出した。
最近は忘れかけていたが、この人たちは十分化け物をしている。
「瞳美、私もお前と同じ気持ちだ。負けたままでいいわけが無い」
涼花さんはそう言って微笑んでみせた。
幼子の癇癪はこの人の心も動かしたようだ。
私は今すぐ抱きつきたい気持ちを抑え、ゆっくりと頷いた。
「御厨さんを見ませんでしたか。実は今私札が無くって、新しいの貰いたいんですけど」
「やはりあちこちの札は瞳美のだったのか。御厨は見てないな⋯⋯それより」
涼花さんは私に歩み寄ると、私の腰と背中に手を回し、抱き抱えた。
「え! ちょ、ちょっと何を⋯⋯」
「よくそんな無防備な状態でここに来たな」
戸惑う私を他所に、涼花さんは私をお姫様抱っこするとそのまま走り出した。
「御厨の所まで私が連れてってやる。このまま走ってたらあいつも見つかるだろう」
そんなことよりこの状況は誠に遺憾であるります。
まさかこんな夢みたいな事を女子からされるとは思ってもみない。
私は制服ではなくジャージに着替えてよかったと心から思った。
まあただ、次があるなら男子にされてみたい。別に相手は問わないので。
涼花さんに担がれたまま眼前に雨宮高校が現れた。
学校の周囲には人が誰もおらず、近所の店もシャッターが降りている。
「不発弾が発見されたことになってるのに誰も来てない⋯⋯情報統制どうなってるんですか⋯⋯」
白い塗装が施された4階建ての校舎からも人の気配がなく、校門の付近で人型の亡者が数体、正門前の道には大量の亡者が彷徨いている。
「涼花さん」
私の声で、涼花は足を止め、高校のすぐ近くの民家の赤い屋根の上に私を下ろした。
降ろしてくれるのはいいが、屋根の上とは、デリカシーがないのだろうか。
「大丈夫ですか1人で」
「お前は札がないんだからどの道今は1人で戦うしかないだろ」
「あっ⋯⋯そうでしたね」
私は目を逸らし、苦笑いした。
涼花さんは道着のシワを伸ばすと、両頬を手で叩いた。
軽やかな音が鳴り響く。
「亡者が近づいてきたら逃げるか私を呼べ」
そう言うと、涼花さんは刀の柄を握り、後ろに引いた左足に力を込めた。
その衝撃で、屋根が一部陥没した。
本当に、家主には申し訳ない。
家主を哀れんでいたその時、勢いよく屋根を蹴って涼花さんは亡者のひしめく道へ跳んだ。
全身に風を纏ったように大きく飛距離を伸ばし、着地した時には見に手に持った刀の切先は地面に向けられていた。
「す、凄い……」
涼花さんが矛を収めた瞬間、亡者達は地面に倒れ、姿を消した。
涼花さんは私に向けて得意げに笑いながら右手の親指を立て、油断しきっている。
しかし亡者はまだ何体も残っており、数体の接近に焦るとともに再度刀を抜いた。
「涼花さん、それは負けキャラの動きですよ⋯⋯」
札を持たない自分の現状を受け止めながら、涼花さんを見守った。
私には今、見守ることしか出来ない。
札もないので力を込めても、想像が現実になんてならない。
涼花さんは華麗な剣技で亡者達を倒しているが、どんどん周囲に増え、数が減る様子がない。
先程までの亡者の分布から考えても明らかにおかしい。
まるで涼花さんに引き寄せられて集まってきているようだ。
涼花さんの後方から1体の亡者が手を突き刺した。
「危ない!」
私が叫ぶと同時に、涼花さんの背を捉えていた亡者は勢いを失い、前方に倒れた。
亡者の背中にはナイフが突き刺さり、消滅するとナイフがコンクリートの上に音を立てて落ちた。
亡者の背中からゆっくりと視線を後方へ向けると夏樹さんがナイフを投げ終え、左手の親指と人差し指と中指を上にし、腕を伸ばした体制で立っていた。
「夏樹!」
涼花さんが叫んだ。
夏樹さんの表情はいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべ、とても今が有事だと理解しているようには見えない。
だがもちろん、実際は分かっているはずだ。
「危ないよ涼花ちゃん。また怪我する所だったね」
現にいつもより少し言葉がきつい。
夏樹さんは歩きながら、地面に転がったナイフを手に取り納め、手の平を払った。
その間も、迫り来る亡者と涼花さんは戦い続けている。
涼花さんの顔が苦しそうなのが、離れている私からも確認できた。
「おい夏樹、早く手を貸せ」
急かされている夏樹さんだが、すごくマイペースで立っている。
夏樹さんは腰からナイフを2本抜くと、手を胸の前で交差した。
腰を低く落とし、潜り込むような形で人型の亡者へ向かっていく。
まず一体の胸を刺し、すぐに抜いた。流れるように亡者の肩を掴み飛び上がり、倒れる亡者の頭を踏んで跳ね上がった。
そのまま空中で前方に1回転すると、左右にいた亡者向かって日本のナイフを投げ、消滅させた。
まるで曲芸のような動作だった。
今までに見た事のない動きで、華麗に亡者を処理した。
「任せてよ。今すっごく腹が立ってるから」
地面に着地し、夏樹さんは口角を上げながら言う。
笑顔のままだが、その語気には憤怒の意が込められている。
「怒ってる。あの夏樹さんが⋯⋯」
上から見ていた私は口をぽかんと広げたまま、しばらく固まっていた。
しかし、怒っていても笑顔を絶やさないとは、なんという精神状態なのだろうか。
その間にも亡者はどこからか湧き続け、2人は戦い続けた。
私は御厨さんの到着を待った。
この間も電話を掛け続けたが、全く繋がらない。
ヤケクソで手を合わせて祈って見る。
すると祈りが通じたのか、御厨さんは道を挟んで向かいの屋根の上にいつもの姿で立っていた。
そしてその隣には藍で染められた法衣を纏ったお坊さんの司城さんが現れた。
なぜこの人たちは屋根に登るのか。
視認の為、と言われれば理解出来る。
だが別に今は居なくてもいいだろうし、直ぐに降りたらいいはずだ。
私が首を傾げていると、御厨さんは地面に降り、右手を変化させた。
獣のように変容したあの手も久しぶりに目にすると興奮が高まる。
「遅かったな」
涼花さんが白い歯を見せて笑う。
「さあ瞳美、さっさと奴らを消すわよ」
御厨さんはそう言ったが、私は攻撃手段を持っていない。
すると私の傍に、向かいから飛んできた司城さんが立った。
「久しぶりだね瞳美さん」
屋根に膝を着いたまま、私はその姿を見あげた。
「お久しぶりです。あの時はどうも」
「いやいや、御厨から聞いたよ。君も大変な目に逢ってたんだね」
司城さんは懐に手を入れると、そこから大量の札を取り出した。
「御厨に頼まれていた品だよ。さあ、これで哀れは魂を解放してやってくれ」
私は両手で眼鏡の縁を持ち、掛け直してから手元の物を受け取った。
「ありがとうございます」
私は立ち上がり、全ての札を両手に掲げた。
札が無ければ何も出来ない自分を苦々しく思いながらも、こうして札を持てばそれなりの力を発揮出来る自分はよくやってる。
「全ての亡者達よ。人世から立ち去りその魂魄鎮たまえ」
札がひとりでに震えだし、勢いよく両手から飛び出した。
この言葉も私が考えたものではない。勝手に口走ってしまったものだ。
札が周辺の亡者に張り付くと、呆気なく消滅していった。
下で戦っていた涼花さん達3人はその様子を確認すると安堵の息を吐き、それぞれ壁にもたれかかった。
札を回収しようとしたが、今一度に集めてしまうと、おそらく近隣に貼った札が剥がれてしまう事に気がついて辞めた。
幸い手元にはまだ沢山残っている。
近くに散らばっているのを手で回収すればいいだけだ。
私は膝に衝撃がいかないようにゆっくりと地面に降りると、壁に背をつけてひと時の休息を味わう御厨さんに近づいた。
「御厨さん」
「ありがとう瞳美。助かったわ」
御厨さんは私の頭を撫でた。私の栗色の毛が頭皮とともに左右に揺れる。
こうして御厨さんに触れられると、とても嬉しい。
私達の元に涼花さんと夏樹さんも集まってきた。
札をくれた坊主は相変わらず屋根の上で周りを見渡している。
「さて、皆集まったわけだし、これからの作戦を決めなきゃね」
御厨さんはそれぞれの顔を確かめながら言った。
「作戦も何も、敵はあの男じゃないのか」
涼花さんが腕を組みながら言う。
「そうね。間違いなくあの男が関わってるはずよ。でも1度に大量の亡者を発生させるのに必要なのは術者の能力ではなくて人の魂。付近での人の死亡情報も特にないし、この付近にこれだけの死者の魂があることは考えにくいことから、協力者が居ると私は推測してる」
つまり敵は1人ではない可能性があると。
しかし、だとすると墓荒らしのような人間が居ることになるが、そんなことありえるのだろうか。
「まあとにかく、あの男は私にやらせろ。今度こそ私が葬ってやる」
「涼花ちゃんは休んでなよ。僕が倒すから」
以前負けた涼花さんも夏樹さんも、静かに闘志を燃やしている。
とにかく、私としてはこの事態を終わらせるために全力を尽くすだけだ。
「まあとにかく、原因が分からない以上どうしようも無いわ。誰かが見つけるまで私達は亡者の相手をしていましょう」
2人を宥めるように御厨さんは口を開き、屋根の上で何かを見張る司城さんに顔を向けた。
私も屋根の上に目を向ける。
「御厨さん。この札はあの人が作ってるって聞きましたけど、あの人は札を使えないんですか」
「ええそうよ。彼の一族は作れても使えないの」
「なるほど、でもあの人の奥さんは使えたってなんか縁を感じる話ですね」
「あら、美希恵のこと聞いたの」
「少しだけ」
私は札の面をよく確かめた。
この札は仏の力なのだろうか。
私がこれを利用すれば、新しい宗教の教祖になれるのではないか。
有事なのによからぬ事を考えながら札を眺めていると、司城さんが御厨さんを呼んだ。
「御厨、また亡者達がここに迫ってる。俺はあの男の捜索へ向かうからここは頼んだ」
司城さんは亡者の接近を知らせると、その場からから立ち去った。
私達はそれぞれ視線を交じ合わせた。
皆顔からは覚悟が感じられる。
おそらく覚悟が弱いのは、敵の実態を掴めていない私だけだ。
「瞳美、あなたは出来るだけその札を温存して。さっきみたいなのは合図するまで無しね。出来るだけ皆で固まって戦うわよ」
御厨さんが指示を出し、皆は私を囲むように背中合わせに構えた。
急に、寿磨達がどうしているか気になった。
きっと大人しく家の中に隠れている。
でなければ大変なことになるし、そう思いたい。
寿磨達兄妹の姿を浮かべていると、目の前に猛スピードで向かってくる自転車に乗った人が現れた。
逃げている途中なのだろうか、それとも亡者は自転車に乗ることも出来るのだろうか。
それにしてもものすごいスピードでこっちに向かってくる。
よく目を凝らし、徐々に大きくなる運転手を見ていると、それは今身を案じていた人物だった。
「寿磨!?」
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