第10話 再会と覚醒 前
その日の夜中、結局私は外へ出なかった。
目はやけに冴え、1人でも亡者くらい何とかなりそうに思えたが、自重し布団の中から天井を眺めた。
結局私はあの後の御厨さんの迫力に負けた。
「絶対に駄目、どうしても聞けなくても司城に家の前を見張らせるから」
表情はいつものように柔らかかったか、その事はとても重厚感があった。
帰ってから悩み続けた。自分が戦う意味を。
あんな啖呵を切って情けない話だが、冷静になるとやはり怖い。
自己防衛の本能からか、御厨さん達を負傷させた相手にひとりで叶うわけが無いと結論づけ、私に何かあったら親や御厨さん達、そして寿磨に迷惑をかけるだけだとその決断を肯定するため、自分に言い聞かせた。
2日後、夏樹さんが退院したと知らせを受けたが、2人で戦いもしなかった。
夏樹さんも私も、御厨さんに止められていることに加え、恐怖が勝り続けていた。
そんな中、複数の事件が私の耳に入る。
「そんな⋯⋯」
近隣で人が大怪我を負った状態で倒れているという話や、人とは思えないものに襲われたという情報がいくつか知らされた。
見舞いついでに御厨さんに尋ねると、亡者に襲われたものだと推測した。
「基本的に死者の魂によって生み出された亡者は夜が明けると活動を停止し、姿を消す。生きた人間が亡者に変えられたものと違ってね。あれは死ぬか、元の人間に戻らない限り活動し続ける。襲われた人は少し前から現れていた妙に攻撃性の高い亡者に襲われたのね。朝になっても消滅することなく形を保ったのかもしれないわ」
ベッドに仰向けになりながら御厨さんが説明する。
涼花さんと御厨だけになった部屋はやはり開放的でカーテンもそれぞれ開かれている。
話によると、この病院の委員長は亡者の事や御厨さんのことはよく知っているらしい。
涼花さんも対角線上のベッドから、御厨さんの言葉に耳を傾けている。
「実を言うとね、大半の亡者なんて放っておいても害はないのよ。ただ見かけた人が驚いてしまうだけ。攻撃性もほとんどないし、変化が起こる前に消滅する。たとえ多少危険な亡者が居たとしても、姿を表すのはせいぜい夜中から明け方までだし、道や空中を彷徨ってるだけだから、亡者に襲われるなんてまず無いのよ」
これは事実だろうけれど真実では無い。ただ戦う勇気が消えた私を慰めようとしているのだ。
滅多にないと言うが、御厨さん達はその滅多にない事を防ぐため、日夜頑張ってくれていたのだから。
「いい、瞳美。あなたが責任を感じることは無いの。判断を下したのは私だし、元はと言えば全て、あの術者に負けた私達のせいよ」
「でも」
御厨さんを見て口を開く。
ここ数日の苦悩が、御厨さんに向かって滲み出る。
ここ数日、夜中に目覚める必要も無いのに、なかなか寝付けずにいるせいか、鏡を見ても顔も心も険しい。
「それじゃあなんのために私が居るのか⋯⋯御厨さんに私を凄いって言ってもらったのに⋯⋯これじゃあ私はただの役立たずじゃないですか」
視界が滲み、声が震える。
もしこうしている間にまた誰か襲われたら、家族や友人、寿磨が襲われることがあったらと、考えるだけで恐ろしい。
それなのに、1人でも、夏樹さんとだけでも戦おうとしない自分が恨めしかった。
「瞳美、あなたの気持ちはよく分かるわ。でも仕方ないのよ。私の知り合いに術者の行方を調べてもらってるけれど、なんの情報も獲られていないの。それなのに術者に襲われた仲間もいる。今の私達じゃあの得体の知れない男には勝てないのよ」
御厨さんが宥めるように言う。
「仕方がないってなんですか。敵わないものには好き勝手されても仕方ないって、大切な人を傷つけられても仕方ないなんておかしいですよ。あんなこと言っておいて結局部屋で怯えてるだけの私が言えた義理じゃないですけど、今の御厨さんは御厨さんらしくありません!」
私は部屋を飛び出した。
部屋の前に夏樹さんが来ていたが、無視して病院内から走り去った。
今の私は男子中学生なんてそんな大人なものじゃない。
自分が臆病なのが、弱いのが悪いのに、御厨さん達に感情をぶつけるだけの、まるで駄々をこねる小さな子供だ。
帰り道の中、溢れ出る涙がとまらない。
私の苦悩を知ってくれて、頼れるのは御厨さんだけだ。
私は結局のところ、あの人が居なければ何も出来ないし、夏樹さんや涼花さんに助けてもらわなきゃ、立ち向かう勇気もない。
私は寿磨を守りたいと言いながら、寿磨の代わりに他の人に守ってもらっているだけの小さい子供だったのかもしれない。
それからさらに月日が過ぎていったが、私は相変わらず目を背け続けた。
最近は見舞いにも行ってない。
行けば辛い思いをするだけだから。
強大な悪意が怖い。怖いものは怖い。これはきっと100人に聞けば100人が仕方ないと言ってくれる。
だが実際は、仕方ないでは駄目なのだ。
そのままでは私は守られ続ける存在から変われない。
でもひとりで挑んで負けたら、命を落としたら、そうなるときっと御厨さん達は後悔するだろうし、両親も寿磨も悲しんでくれる。
死を嘆かれるのは幸せなこと、誰かがそんなことを言っていたが、私はそうなるのも誰かの不幸な死を悲しむ事もしたくないから、戦うことにしたのだ。
なのに私は結局弱かった。
教室で授業を受けていると、突然放送が鳴り、先生が招集された。
先生がいなくなった教室は騒然とし始めた。
先生が授業中に居なくなるというのは、生徒にとっては一種のお祭りのようなものだった。
それも、放送では全ての教員が集められたのだから特にだ。
「どうしたんだろうね」
二学期に入ってからの席替えでまた前の席になった愛花が聞いてくる。
「さあ、何かあったのかな」
私は適当に返事し、窓の外に顔を向けた。
一瞬男子と目が合ったが、それはいいとして、天気が曇り始めている。
予報では晴れだったのに、これは何かの凶兆ではないかと、勝手に思った。
少しして先生が戻ってくると、皆を静かにさせた。
「さっき市から学校に連絡があって、街で不発弾が見つかったから下校するようにとの通達だ」
先生が言うと、また教室が騒ぎだした。
突然の休校に、皆高揚を隠すつもりもない。
「とにかく早く帰って家から出ないように。帰りの会もいいから早く支度を済ませて帰るように」
しかし、不発弾が見つかったというなら、場所によっては学校にいた方が安全だろう。
どこにあるか教えてくれないということは、学校から近いのか、もしくは野次馬根性の持ち主が見に行かないように対策しているのだろうか。
「不発弾かぁ。この街にもあるんだね」
「そうだね⋯⋯」
「気になる?」
「まさか、怖いし興味無いよ」
帰り支度をしながら、愛花と話す。
教室を出て玄関に向かいながら、寿磨のクラスを覗くが、姿が見えない。
先に帰ってしまったのだろうか。
別に帰る約束をしている訳でもないし、緊急の事なので私はひとりで校門に向かった。
校門を出ようとしたその時、携帯が振動した。
慌てて取り出すと、電話の主は御厨さんだった。
私は少し走って学校を出て、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「もしもし瞳美、頼みがあるの」
電話の向こうは随分と慌てた様子だ。
この不発弾が関係、はしてないだろう。
「頼みですか」
「ええ、とりあえず亡者避けに力を込めた札を町中の建物に貼って欲しいの。足りない分は後で渡すから」
「え?」
想像していた頼みとは全然違った。
せいぜい、なにか入院生活で欲しいものがあるとか、そんなことだと思っていた。
「な、なんでですか」
「今まさに現れてるのよ、大量の亡者が」
御厨さんの返答に驚き、変な声が出そうになったのを堪えて私は走り出した。
「どういうことですか。なんでそんなことに」
「さあ、まずありえない事だからね。さっき貴方の学校から一斉下校が言い渡されたでしょ?」
「はい⋯⋯」
「あれは亡者が街に現れたから街の人を家から出さないために、嘘の情報を街中に流してるの」
「そんなことできるんですか!?」
「ええまあ、色々ツテがあるから。それと、私はこの亡者の発生にはあの男が関わってるとみてる」
「あの男って」
思わず語気が鋭くなる。
そういえば、術者は生者を亡者に出来るのだ。死者の魂を弄ぶくらい容易いはずだ。
「私達を病院送りにしたあの男よ。今度こそ私達の手で捕らえてみせる」
電話の向こうの御厨さんは、不思議と自信が溢れているのか、活気を帯びているように感じる。
「でも⋯⋯」
私はいいかけたところで口を噤んだ。
「大丈夫瞳美、私もあなたと同じ気持ちよ。大切なあの子達や瞳美の心を傷つけたあの男を許さない。だから今度こそあの男に勝つ。そのために力を貸して」
「御厨さん⋯⋯」
あの日、私がただぶつけただけの想いが御厨さんに火をつけたのだろうか。
ただの幼子の癇癪も、時には役に立つのだろうか。
少なくとも、御厨さんを止める理由は私には無い。
それに私に協力出来ることがあると言うなら、私もただ全力を尽くすだけだ。
「わかりました。帰ってすぐ札をばら撒きます」
「ええ、気をつけてね瞳美」
電話が切れた。
するとさっきまで気が付かなかったが、自宅待機を促す放送がしきりに流れている。
それと共に、建物の上に亡者と思わしき姿を発見した。
だが今は札も持ってないし、中学校の生徒達に見られてしまうこの状況ではどうにも出来ない。
幸い、亡者はただ彷徨っているだけだから、私はさらに足を早め家に向かって走った。
家に着いた私は鞄を放り投げ、急いで2階に向かい、勉強机から札を取り出した。
御厨さんは亡者避けのと言っていた。
私はひたすらに祈った。
札に亡者から人を守ってくれと。
窓を開けて札を手放すと、札は四方に向かって飛んでいった。
札が無くなったので御厨さんに電話をかけたが繋がらない。
何も出来ないので、ネットを開くとすでに街の誰かが亡者の姿をアップしている。
バレてもいいのかと驚いたが、別に隠しておく必要は無いはずだ。
どうせ世間ではすぐに忘れられるだろう。人に被害さえ出なければ。
「駄目だ。このままじゃまた誰か襲われる」
私はジャージに着替え、御厨さんを探すため家を飛び出した。
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