第6話 敵意 前
「⋯⋯」
結果は撃沈。
強く意気込み、学校の授業よりも遥かに集中して取り組んだが、一向に霊力を肉体に利用することが出来なかった。
札に霊力を込める要領で体に力を込める。
それだけでいいと御厨さんは言うが、何度やっても成功する気配すらなかった。
さすがに想定外だったのか、御厨さんは顎に手を当てて考え込んだ。
出来が悪い子を諦める時の顔に似たそれは、私の心臓を深く抉った。
そんな中、私は現実逃避するかの如く、空を見上げていた。
空が夕日に染まりかけてる。空はいい。
私は生まれ変わったら雨雲になりたい。雨雲になって嫌いなタレントの家に雷を落としてやるんだ。
天を統べる雷神となった私はきっと人々から畏怖され、いつしか化学の力によって消されるのだろう。
⋯⋯ネガティブの時は妄想の中ですらネガティブになってしまう。
物騒な事を考えながら、棒立ちしていると、顔を引き攣らせながら御厨さんが目を向けていた。
「ノーコンもそうだけど、瞳美って人並みの体力はあるけど運動神経プッツリ切れちゃってる系の人?」
無礼な御厨さんの物言いに、顔が引き攣ってしまう。
一部の女性に罵倒されたりすることが趣味の男でも、今の言葉では快感など覚えないだろう。
「なんですかそれ、失礼ですよ。大体ソフト部時代も投げるのが下手なだけで打つ方はそれなりだったんですよ」
語尾を強めながら凄んだ。
「そ、そう。ごめんなさい」
御厨さんは、またすぐ顎に手を当て90度体を左に向けた。
その傍で、私は自分の左手を握ったり開いたりしながら考えた。
「実際、霊力が溢れているはずなのにそれが使えないって、どういうことなんですかね」
「前例がないからさっぱりね。とりあえず一旦保留にしましょう」
「保留ですか」
「ええ、それよりその札をもっと有効活用できるように色々考えましょう」
御厨さんや涼花さん達のように動くことに憧れていた私にとって、一旦諦めるというのは残念な提案だったが、受け入れるしか無かった。
まだ始めて2日、そう考えれば諦めるには早いように思えるが、おそらく御厨さんの物言いからして、こんなことに時間を取られることが普通はないのだろう。
その後は2人で札の使い方を話し合い、私の手数を増やす算段を練った。
しかし私も御厨さんも、札の力を完全に理解している訳では無いので、あまり捗らない。
それに、周りの一般市民に見られるわけにもいかないので、この場ではいくかの案を出すだけに留まった。夕暮れ、私はまたも先に家に帰り、シャワーを浴びた。
「冷たっ!」
シャワーの最中、暖かいはずのお湯が一瞬冷たくなり、身体が強ばった。
シャワーを止め、溜息をつきながら風呂場のドアを開けた。
バスタオルで身体の水滴を拭き体に巻いてドライヤーで頭を乾かした。
「あー」
着替え終えると、自室のベッドにうつ伏せになった。左手で枕を手繰り寄せ、顎を上に乗せる。
ちょうどその時、玄関の開く音が聞こえ、母の声が響いた。
私は目を閉じ、玄関に意識を集中した。
母の足音と共に、買い物袋が擦れる音がする。母はそのまま、リビングへ入っていった。
「今日のご飯はなんだろう」
かなりお腹が減っているからか、腹を鳴らしながら唸った。
ベッドから体を起こし、勉強机に顔を向けると、乱雑に置かれたノートや参考書があった。
夕食までの気晴らしにと、机に向かい、勉強を開始した。
自分でも意外な程に集中でき、気がつくと母が夕食だと呼ぶ声がした。
「サバか……」
テーブルに配膳された塩サバを見て、私は呟いた。
サバは決して嫌いではなかったが、今はもっと腹に溜まるものが食べたかった。
例えば唐揚げとか。
両親と静かに夕食を食べ終えると、私はリビングのソファに座り、テレビを見始めた。
特に面白いわけでもなかったが、暇つぶしに眺めていると、携帯の着信音が鳴った。
電源を入れると、昨日と同じ文面のメールが、御厨さんから届いていた。
時計に目を向けると、時刻は9時を回ったばかり。私は仮眠をとるため自室に戻り眠りについた。
12時前にセットしていたアラームが耳元で鳴り響き、目を覚ました。
すぐにジャージに着替え、札と靴を持って窓を開けた。
窓に足をかけた時、動きを止めて振り返った。
先程まで肌にかけていた毛布が潰れ、ベッドに密着している。
このまま外に出たら、誰か部屋に来たら居ないことが露見すると思い、札を1枚取り出した。
札を枕元に置き、力を込めた。
すると不格好だが、人型のマネキンが現れた。
大してイメージして造らなかったせいか、顔も髪の毛もない服屋のマネキンよりも酷い粗悪品か出来上がった。
明るいところで見られたら一発で気がつくだろうが、暗がりからなら全く分からない。
それにしても、この札とは本当に凄いものだ。
不安はありながらも、約束の時間が迫っているので、窓を乗り越え、家の敷地から出た。
昨日と同じように公園に到着し、皆の姿を探したが、御厨さんの姿が無かった。
「こんばんは。涼花さん、夏樹さん」
涼花さんと夏樹さんはそろってブランコを囲む柵に腰かけていた。
相変わずふたりは別々の理由で補導されそうな格好をしている。
「来たか」
「やっほー」
先に到着していた2人の元へ駆け寄り、御厨さんのことを尋ねた。
「御厨さんはまだですか」
「あいつは諸事情で遅れるとな」
「諸事情⋯⋯」
「ああ、一体何があるって言うんだろうな」
少し苛立った様子で涼花さんが言った。
涼花さんと対照的に夏樹はいつも通り微笑んでいる。
考えてみると、私は夏樹さんの笑い顔以外を見た覚えがない。
昼間はともかく、これから亡者を倒しに行こうという時まで、笑顔でいる夏樹さんは頼もしさと共に不気味さも感じさせる。
「どうしたの瞳美ちゃん?」
無意識のうちに私は夏樹さんを見つめていて、それを不審に思われたみたいだ。
「あ、なんでもないです」
「そっか。まあいいや」
夏樹さんはすぐに納得し、表情ひとつ崩さなかった。
そんな私と夏樹さんを放って、涼花さんは一人歩き出し、振り向いた。
「おい、行くぞ。瞳美、とりあえず今日は私達についてこい」
「はい」
「夏樹は瞳美を守ってやれ。瞳美、お前に私の力を見せてやろう」
私が頷くと、涼花さんはフッと笑い、走り出した。
そして夏樹さんが肩を叩いた。
「じゃあ行こ、瞳美ちゃん。実は涼花ちゃんずっと楽しにしてたんだよ。瞳美ちゃんに格好いいところ見せるの」
夏樹さんが耳打ちすると、妙にくすぐったかった。
普段の雰囲気の割に、男子小学生みたいなことを考える人だなと、失礼ながら思った。
夏樹さんに手を引かれ、私達は公園を出て商店街のある方へ向かって走った。
「なんか意外でした」
途中、私のペースに合わせて走る2人に目を向けながら、おもむろに口を開いた。
「何がだ」
涼花さんが振り向いた。
「なんかお2人は忍者みたいに屋根や壁をつたって移動したりしそうだったので」
「お前それは私達をなんだと思ってるんだ」
涼花さんは苦笑いしながら、正面を向いた。
案外、見かけによらず冗談が通じるのかもしれない。
「まあ出来るけど近所迷惑だからね。あ、瞳美ちゃん、あそこにほら」
いや出来るんかいと心の中で突っ込んだ。
夏樹さんが話している途中、何かを見つけたのか立ち止まって右方向を指さした。
「あれは⋯⋯」
私も足を止め、示された方向を見ると、数十メートル離れた空を4体、人型の亡者が漂っていた。
ただ浮遊している亡者は、知らない人が見たら叫んで逃げ出すが写真を撮ってSNSにアップするかのどちらかだろう。
前方を走る涼花さんも立ち止まり、目を凝らしている。
「遠いな。瞳美、頼んだ」
涼花さんに言われ、私は黙って頷くと、ズボンのポケットから札を4枚取りだし、力を込めた。
「哀れな魂よ黄泉へ還り給え」
そう小さく呟き、同時に4枚の札を投げた。
札は4枚重なった状態で、ピンと張ったまま亡者に向かって飛び、途中で4つに別れた。
別れた札はそれぞれ亡者に向かって行ったが、3枚は標的をはずれ、1枚が亡者の体に張り付いた。
張り付いた札からは煙が立ち、亡者は煙と共に姿を消した。
格好つけた台詞も吐いたというのに、結構な出来である。
もし今のセリフを人に聞かれていたとしたら、恥ずかしさで卒倒していただろう。
私は2人の顔を見られなかった。
少しして意を決して2人をみると、呆れ返った顔で、私を凝視している。
その顔は哀憫を漂わせ、もし今目の前に死神が現れれば、私は喜んでこの首を差し出すだろう。
「外れた札ってどうするんだ」
「さあ、まあ回収できるんじゃない? でなきゃ見つけた人が腰抜かすよ。不気味だもん」
2人は顔は私に向けたまま、目だけ合わせて会話している。
それにしても、無敵の力なら自動追尾機能くらいあっても良さそうだが、イメージ力が足りないのだろうか。
「まあ残りは僕がやるよ」
「頼んだ夏樹」
私の尻拭いをかってでた夏樹さんはその場で首を左右捻った。
「ほっ」
強く息を吐くとともに、夏樹さんはその場から大きく跳躍した。
眼前のコンクリート壁に乗り、そこから更に飛んで屋根を渡っていった。
「凄い! 速い!」
夏樹さんの姿をなんとか目で追いながら、興奮が止まらなかった。
「おい瞳美、声を抑えろ」
「あ、すみません」
涼花さんに言われ、声量を抑えた。
というよりこれ以上声を出さないように口を押えた。
夏樹さんは屋根から飛び、亡者に接近すると何処からか取り出したナイフを両手に、亡者を斬り裂いた。
そのまま奥の屋根へ着地し、すぐに私達の元へ戻ってきた。
「まあ失敗もあるよ瞳美ちゃん」
「そうだ。まあ遠かったし仕方ない」
2人の手が私の肩に乗った時、自然に肩が下がった。
「いいんですよ慰めなくて。こんなものです私なんて。あ、札は回収するんで」
札を1枚顔の前に取り出し、強く念じた。
手に取った札が揺れると、勢いよく外した方向から3枚、そして亡者を消滅させ落ちていった1枚がそれぞれ手元へ帰ってきた。
「凄いな。そんなことも出来るのか」
「初めて試しましたけど、本当になんでも出来るみたいです」
感心する涼花さんを横目に、札を全てしまう。
実際、念じるだけでものを操れるなんて魔法みたいなものとしか思えない。
また3人で走り出し、しばらくして大きな国道へ出た。
既に道沿いの店の明かりはほとんど消えていて、1部の店だけが妙に明るい。
数は少ないが車も時々通っていて、ここで戦う所を人に見られると困る。
「こんな所で戦うんですか」
「もちろん奴らがいればな」
辺りを見回しながら涼花さんが言う。
「まあこういう所は瞳美ちゃんに任せたいかな。僕達もそろそろ人目に気づかれそうだし」
「ぜ、善処します」
腰に差したナイフをシャツの裾で上手く隠しながら、夏樹さんは私達から距離をとった。
「ここは僕が見つけたら教えるから。2人は路地を探しなよ」
夏樹さんはすぐ側の飲食店の室外機に登り、さらに屋根に登った。
「本当に忍者みたいだなあいつ」
「涼花さんもできるんじゃないですか」
「私も出来るが⋯⋯やりたくはない」
「そうですか⋯⋯」
あっという間に夏樹さんの姿が見えなくなった。
身をかがめているのか、どこかへ移動してしまったのか。この暗がりじゃ眼鏡をかけていても視認できない。
「じゃあ行くぞ瞳美」
私達はちょうど青に変わった信号を渡り、向かいの路地へ入っていった。
古い民家の立ち並ぶ路地を進むと、目の前に亡者が2体現れた。
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