第5話 初陣 後
翌朝、大きな欠伸をしながら学校へ行くため大きな玄関の扉を開けると、寿磨が待っていた。
「また眠たそうだな」
寿磨は私の姿を見るなり、溜息を漏らしながら言った。
「うん。ありがとう」
「なんでありがとう?」
「⋯⋯なんでもない」
寝ぼけてたのか、朝から恥ずかしい目に会いながら、並んで学校へ向かって歩き出した。
「なあ」
「なに?」
「昨日の9時からやってたバラエティースペシャル見た?」
寿磨の質問に、私は首を横に振る。
「ううん。昨日のその時間は寝てたから」
「え、9時に寝てたのに今眠たそうなの」
「そ、それは⋯⋯」
この幼なじみはいつもは鈍いのに時々鋭い。
なんてごまかしたらよいか、私は寝ぼけた頭で考えた。
「逆に早く寝すぎて夜中に目が覚めちゃったの」
「ああ、そういうことね」
寿磨はそれ以上はなにも聞かず、何とかごまかせたと、心の中で小さくガッツポーズしながら歩いた。
だがそれとは別に、その番組の内容が気になって仕方がなかった。
「で、どんな内容だったの」
「ああ、今人気の俳優が何人か出てたんだけど」
「あー、番宣ね番宣」
バラエティ番組に俳優が出ると聞くと、それだけで見たいと思っていた気持ちが遠のいてしまう。
あまりドラマや映画を見ない私にとってバラエティに出てくる俳優ほど邪魔なものはなかった。
「一番面白かったのは
と、つい今まで思っていたが、今の内容は実に興味深い。
お母さんが録画していることを祈るしかないが、恐らくその可能性は低い。
内容を聞いて、昨日見られなかったことを悔やんだ。
「結構体張ってるんだね」
「ああ、ほかにも面白かったぞ。例えば……」
寿磨から昨日の番組の話を聞きながら、私達は学校につき、それぞれの教室に入った。
自分の席に座り、カバンから教科書を取り出しながら、物思いにふけった。
受験生だというのに、勉強に関する事が考えられない。
今日もまたあのトレーニングをしなければならないと思うと、今から憂鬱だ。
今から放課後のことに憂いながら、腕を枕に顔を伏せ、眠りについた。
しかしすぐに予鈴が鳴り、目が覚め、意識を朦朧とさせながら先生の話を聞いていた。
殆どは何を言っているのか分からなかったが、来週のテストに関する話題だけはしっかりと耳に入った。
「進路にかかわってくるからしっかり勉強するように」
出席票と余ったプリントを教卓の上で整え、担任は教室を出て行った。
先生が教室からいなくなると、クラスが騒がしくなった。
「進路どうする?」
「昨日のテレビ見た?」
中学生の世間話が、私の周りで繰り広げられた。
耳をふさぐように顔を伏せると、頭に何度も触れられる弱い感触が響いた。
顔を上げると、前の席に座る
「どうしたの愛花ちゃん」
私は目をこすりながら大きなあくびをした。
「いや、進路考えてるのかなぁって」
愛花は随分と真面目な話を私にふってきたが、果たして私が真面目に考えているように、見えるのだろうか。
いや、むしろ彼女は私のことを心配して聞いてくれているのかもしれない。私は愛花の顔を凝視した。
相変わらずの整った容姿と髪を2つ纏めたお下げの姿は、出会った小学生の頃から男子に人気があった。だが今はそんなことはどうでもいい。
愛花がどんな気持ちで私に質問してきたのか、それが知りたかったが、表情からは読み取れない。
「まだ全然、愛花ちゃんは?」
結局私は、安牌に逃げた。
「私は
「えー。もっといい所行けるんじゃないの」
「そんなことないよ。あそこの進学クラスは良さそうだし。制服も可愛いもん」
「確かにあそこの制服はいいよね」
愛花と話していると、ふいに寿磨の事が頭によぎり、顎を手に乗せた。
寿磨は一体どこに進学するのだろう。
出来れば一緒がいい。
同じ学校なら朝起こして貰えるし、忘れ物があっても直ぐに借りられる。
お互いあまり友人の多い人種では無いので、ギブアンドテイクでいいと思う。
そんなことを考えていると、目の前の愛花がにやりと笑った。
「今三椏君のこと考えてたね」
「なんでわかったの⋯⋯」
友人のテレパシー能力に戸惑いながらも、私は冷静を装った。
あくまでも声のトーンを抑えながら対応する。
「瞳美ちゃんわかりやすいもん。嘘つけないし」
「そんなことないと思うけどなあ。顔に出やすいのかな」
「顔というより雰囲気かな。小学校の時から思ってたけど付き合っちゃえばいいのに。それとも転校しちゃった姫百合君のほう?」
由貴の名字を耳にした瞬間、私の体は硬直した。
「そんなんじゃないよ」
笑顔を取り繕いながら、首を横に振った。
表向きには、由貴は転校したことになっていた。
あの日のことを知っているのは、当事者の私達と突如現れた男だけだ。
寿磨の傷は野犬に嚙まれてできたものとされ、同じ時期に由貴は誰にも別れを告げずに転校したことになった。
別に変な意識がある訳では無いが、事情を知らない者から由貴の名が発せられると、どうしても体が強張る。たとえそれが心を許せる友人でも。
「恋愛的に好きとかそんなんじゃないんだよね、そもそも寿磨の好みって……」
言いかけたところで、口が止まった。
「どうしたの」
「いや、私とはかけ離れてるなって」
「そうなんだ」
がっかりしたように愛花が言うと、ちょうど授業始めのチャイムが鳴った。
「あ、来たね」
数学教師が教室に入ってくるのを確認すると、愛花は私に背を向け、周りもみな静まりかえった。
学級委員の号令で挨拶をし、私はさっそく顔を伏せ、眠りについた。
────
「おい、瞳美」
1時限目が終わり、チャイムの音で目を覚ましてもなお顔を伏せていると、寿磨が体操着姿で立っていた。
「どげんしたとね」
寝ぼけていた私はまず口にした事の無い言葉を口にした。
「まだ寝ぼけてるな⋯⋯。体操帽貸してくれ」
「あーうん。珍しいね、わかった」
カバンの中に手を入れ、適当にそれっぽい感触のものを取り出すと、帽子がでてきた。
基本的に私の方が忘れ物をするので、寿磨が借りに来るのは数える程しかない、
「はい。でも普通は男子から借りるんだよ」
「残念ながら物を借りられるほど親しい男友達なんて他のクラスにいないんだな」
「情けないねえ。悲しいよ私は」
溜息を吐きながら言い、寿磨の左腕に目を向けた。
傷を隠すためか、長袖の体操着を着ているその姿は精神的に悪い。
途端に、全身が小さな霊力を察知した。
たしかに今身体に感じたのは、御厨さんが発したものと同じようなものだった。
クラスの誰かが無意識に漏らしたのだろうか。
キョロキョロと見回すが霊力はとっくに消えていた。
「悪かったな」
そんな私に気づかないまま、ばつが悪そうに寿磨は帽子を受け取った。
すると私達の元に、愛花がやってきた。
「ねえ、三椏君は高校どこ行くの」
愛花が接近し、寿磨は赤面すこし照れくさそうにしている。
その様子を見て、私は先ほど会話の中で言いかけた言葉を頭の中でつぶやいた。
「愛花ちゃんみたいな子がタイプだよ」
なんとなくその言葉を心の中で思い浮かべた自分が嫌になった。
寿磨は昔から女子には人気があったし、男子とも仲良くしていた。
その寿磨が私以外の友達と距離を置くようになった要因はきっとあれのせいだ。
「まだ別に何も考えてないけど、滝川は?」
「私は雨宮かな。今のところは」
愛花がそう言うと、寿磨が一瞬私に目を向けたのを見逃さなかった。
「なんか意外だな。それじゃあ」
右手を挙げ、寿磨は教室から去っていった。
「三椏君、やっぱりあの腕は見られたくないのかな」
愛花は寿磨が去っていった扉へ目を向けながら、表情を曇らせた。
「そうなんじゃないかな」
私はあまり余計なことを考えないようにした。
「本当に犬に噛まれただけなのかな」
小声で愛花が言ったが、私は何も答えなかった。
何も知らない人間の無邪気な発言が、とても気に入らなく思えた。
──
何事もなく学校を終え、家でジャージに着替えて夕方、1人で初広公園へ向かった。
到着すると、御厨さんが体育館横の階段で座っていたが、ほか2人はまだ来ていなかった。
御厨さんは階段に座り本を読んでいる。
私はその姿に思わず見蕩れてしまい、御厨を遠くから見つめていた。
「かっこいいなぁ」
場所に関係なくただ存在しているだけで絵になる御厨さんに私は何度目か分からないが心を奪われかけた。
「何がかっこいいんだ」
突如背後から声とともに肩に手を置かれ、驚きのあまり体が大きく跳ね、声が漏れた。
「ひゃっ、なんでもないです。なんだ⋯⋯涼花さんですか。こんにちは」
後ろには涼花さんと、その後ろに夏樹さんが立っていた。
2人とも同じ制服を来ており、それがどこの高校の制服かすぐに分かった。
「あ、2人とも雨宮だったんですね」
「そうだ。瞳美も来年うちに来るか」
「あはは、考えておきます」
涼花さんと話していると、涼花の背中から夏樹さんが顔を覗かせた。
「いいねいいね。瞳美ちゃんもうちの学校に来なよ」
夏樹さんは昨日と同じような笑顔で私を勧誘し始めた。
「うちは校則緩いから楽だし、来年から御厨ちゃんが教員で入ってくるんだよ」
「え?」
私は御厨さんが教員になるという発言で脳が満たされ、向こうで本を読み続けている御厨に目を向けた。
「御厨さんが。ということはもしかして、あの人大学生なんですか」
「そうだよ。あれ、知らなかったんだ」
御厨さんがまだ学生だという事実に苦笑いした。
御厨さんの雰囲気や佇まいから、完全に社会人だと思っていたのだ。
大学生なら、なぜあの人はいつもキャリアウーマンみたいな格好をしているのだろう。
あれでは、女の人が最も嫌いな実年齢より歳上に見られてしまうという事態は避けられない。
どこか腑に落ちないと頭を捻りながら、2人と共に御厨さんの元へ向かった。
途中、御厨さんが私達に気が付き、立ち上がり手を振った。
合流するとすぐにふたりは体育館に入っていき、私と御厨は軽く準備運動を行い、ランニングに入った。
昨日の疲れと寝不足で体の状態はあまり良くないが、昨日よりも楽に走ることが出来た。
霊全想真と書かれた札をお腹に貼り、自分の肉体を感覚的に軽くした。
半信半疑で試して見たが、効果は十分実感できた。
残念ながら実際に軽くなる訳では無いので痩せたりは出来ないが、昨日よりも速いペースでランニングを続けた。
「今日はいい調子じゃない。何かあったの」
途中、隣を走る御厨さんが声を掛けてきた。
余談だが、走る速度が速くなったといってもそれは人並みのこと。途中、遅れてスタートした夏樹さんと涼花さんに呆気なく抜かされていった。
「なんか⋯⋯霊力の使い方を覚えた事ですかね」
若干自慢げに言うと、御厨さんは目を細めて私を注視した。
「札の力を使ったわね」
一瞬、御厨さんに睨まれて身体が石となったが、すぐに持ち直した。
御厨さんは聞こえるようわざとため息を吐いた。
「まあいいわ。どうせ霊力を肉体に取り込めるようになるまで本格的なトレーニングをさせるつもりはないから」
私の力は強大だと言っても、肉体に秘められた霊力で身体能力を向上させるという、霊力があれば誰でも簡単にできる事を昨日は全くできなかった。
涼花さん達からすこし遅れ、私達は6キロ走り終えて少し休憩していた。
昨日はそれだけで死にかけていたのに、今日は大分と余裕がある。
霊力というものの有り難さと、この力をくれたかもしれない母に心の中で感謝した。
家から持ってきた水筒の水を飲み込むと、いつの間にか涼花さん達の姿は無くなり、御厨さんが目の前に立った。
「じゃあ瞳美、昨日と同じように」
私は大きく頷き、両手を握りしめた。
これ以上は恥ずかしい。必ず今日で成功させる。
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