第3話 霊力 後

 瞳美達が5周走り終える前に、涼花と夏樹は6キロ走り終え、水分補給をしていた。

 2人は自分達の半分以下のペースで走る御厨と瞳美を観ながら近くの階段に腰を下ろした。


「夏樹、あいつの事どう思う?」


 水の入ったペットボトルをそばに置き、涼花が膝に肘を乗せ、両手で頬を突きながら夏樹に聞いた。


「瞳美ちゃんのこと?」

「それ以外に誰がいる」

「あはは⋯⋯僕はいいと思うよ。御厨ちゃんが連れてきたんだし」


 夏樹は瞳美への期待を膨らませていた。


「それに1人でも仲間は居る方がいいでしょ」

「それはそうだが⋯⋯」


 煮え切らない様子の涼花を横目で見ながら夏樹は笑みをこぼした。


「涼ちゃんはある意味優しいなぁ。最初のうちは僕達が守ってあげたらいいんだよ」

「ある意味ってなんだ」

「んー? それはあれだよ。ツンデレだから」


 涼花はニコニコしている夏樹に思わずため息を漏らした。


「私はお前のその性格が羨ましいよ」

「えへへ。でも心配しなくても大丈夫だよきっと」


 2人が話していると、走り終えた御厨と瞳美が戻ってきたが、瞳美はとても疲れているようだった。


「守る⋯⋯か」


 小声で呟いた涼花は立ち上がり、清々しい顔をしていた。


「そうだな、私達が守ってやるか」

「⋯⋯うん」


 夏樹も立ち上がり、2人のもとへ向かった。


────


「もう本当やだ⋯⋯今からでも撤回したい」


 3キロ走り終え、既に私の体力は底をつきかけていた。

 あまり走ることの無い距離に、様々な緊張、そして致命的な寝不足も相まって、いつも以上に体力を削られていた。


「瞳美、大丈夫?」


 御厨さんは心配そうに私の顔を覗いた。

 私とは違い、御厨さんは随分と余裕そうだ。

 身体能力が違いすぎるから当然と言えるが。


「大丈夫です⋯⋯大丈夫です」


 息を乱し、体をふらつかせているせいで、余計に御厨さんに不安を与えてしまう。


「部活とかやってないの?」

「ソフト部でしたけど、下手過ぎて補欠だったので去年辞めました」

「あ⋯⋯そう」


 なにか察したかのように、御厨さんは目を細めた。

 この人は結構失礼なところがあるらしい。

 しかもそれがまだ出会ったばかりの私にも分かるくらいにははっきりとしている。


「まあ霊力を肉体に活用できるようになれば、すぐにあの2人くらい出来るようになるから」

「それなら一安心です⋯⋯」


 大きく何度か深呼吸し、体力が持ち直した。

 そのまま私達は白詰さんと万年青さんのいる場所へと向かった。 


 4人が集まり、御厨さんがそれぞれに指示を出しす。


「じゃあ涼花と夏樹はいつも通り2人で。瞳美は、今から霊力の使い方を教えるわ」

 

 御厨さんの指示に私は黙って頷いた。

 いよいよ私も厨二デビューだ。いや、実際に使えるようになるのだから少し違う。


「頑張ってね」

「は、はい」


 万年青さんに声をかけられ返事をすると、すぐに2人は体育館の中に入っていき、外に私と御厨さんが残った。

 御厨さんは体育館の2階へ続く外の階段の下から2段目に私を座らせ、私の正面に立った。


「色々説明する前にとりあえずやって見ましょうか。ほら瞳美、これを持って」


 御厨さんが先程のと同じ札をくれると、私の両肩に手を乗せた。


「うん。じゃあまずはその札を浮かせるの」

「はい⋯⋯え?」


 もういちいち驚いていても仕方がないが、それでも平常心は保てない。顔を上げると、御厨さんは至って真面目な顔をしている。


「浮かすって⋯⋯どうやって。投げればいいんですか?」

「なわけないでしょ⋯⋯。私も出来る人はひとりしか見たことないから分からないけど、霊力が強ければ念じるだけでその札を操れるらしいのよ」


 そう言われ、胸の前で札を両手で握った。


 浮かせる。そんな非現実的なことが出来るなら私は今頃スーパースターで大金持ちだろう。

 雑念が混じりながらも、私は札を凝視し、力を込めた。

 力を込めると言っても、腕に力を入れたり、肩を力ませる訳ではなく、人に力強い視線を浴びせるかのように、札に力を浴びせた。

 10秒ほどして、札が不自然に揺れ始め、さっきも感じた、いわゆる霊力というものが身体に伝わった。

 揺れは次第に強くなり、強風に煽られるように音を立てた。


「今よ。手を離して」


 頭上からの御厨さんの声で手を離すと、確かに札は中に浮き、何も無い空中で静止した。


「すごい⋯⋯」


 思わず目の前の光景に感動してしまった。

 周りに人が入れば私はすぐにネット世界の中心に立っていたであろう。

 それだけじゃなく、エスパー少女としてテレビにも出演し、数々の誹謗中傷が送られることになっていただろう。

 今も力をこめた札は、あまりにも非現実的な姿で目の前に存在している。


「で、出来ました御厨さん!」


 顔を上げると、御厨さんは満面の笑みを浮かべていた。


「1回で成功するなんて凄いわ瞳美」


 御厨さんに褒められ顔が熱くなると、札は急にヒラヒラと舞い、地面に落ちた。


「今貴方が札に込めたのが霊力よ。残念ながら私やあの2人はこれは出来ないの」


 御厨さんは地面に落ちた札を拾い、私に手渡した。


「そ、そうなんですか」


 そして御厨さんはジャージのズボンを伸ばし、隣に座った。


「ええ、私や涼花達は体内には霊力があるけれど外側、まあ体の周りね。そこには極小量しか霊力がないの。霊力を扱える人間でも、外に溢れ出るほどの霊力を持つ人間は限られているの。私はあの2人より身体能力で劣るから、大量にある内側の霊力を一気に消費して昨日みたいにするんだけど、瞳美は所持する霊力の量が多いから側に溢れ出てるのよ。で、この札を扱うには外側の霊力が必要で、私達の外側にある霊力じゃ全く足りないってわけ」


 自分の両手を眺めたが、外側に霊力が溢れているという実感が湧かなかった。

 それでも、昨日の御厨の姿と、さっきの光景でもう疑う気持ちはなくなっていた。


「てことは体内にも十分な霊力が流れているから、身体能力も上がるってことですか」

「そういうこと」


 御厨さんは頷き、私の手を握った。

 なんだか、随分とスキンシップが激しい気がするが、それは置いておく。


「じゃあ今度はさっきの容量で右手に力を込めてみて」

「はい」


 私は右手を凝視し、先程のように力を込め始めた。

 しかし、30秒経っても右手から霊力は伝わってこず、さらに30秒経過した。

 変化が起きた気配がない。そこから更に1分が経過したが変化は無い。

 札には確かに霊力を感じたのに、右手には何も感じない。


「だ、駄目です……」


 私は落胆して肩を落とした。


「ほ、ほら、霊力が集まってるけど分かりずらいだけかもしれないから」


 御厨さんは頬に汗を伝わせながら笑ってみせた。

 そして立ち上がり階段を降り、左の手のひらをこっちに向けた。


「とりあえず瞳美、私の手のひらにおもいっきりパンチしてみて。こっちも霊力で守りを固めてるから平気よ」


 私は立ち上がり、息を吐いた。

 階段を降りると、御厨さんも3歩後ろへ下がった。

 そして咄嗟に思い浮かんだ嫌いな女性タレントの姿を思い浮かべた。


「絶対裏ではクソ野郎でしょ!」


 心の中でタレントへの怒りをぶつけ、私は右手に力を込めて御厨さんの左手を殴った。


 ──ペチン。


 びよんびよんで使い物にならなくなったパジャマのゴムを引っ張って手にぶつけた時のような情けない音が鳴った。

 ど素人でも霊力を込めるのを失敗していることがひと目でわかる。


「まあいきなりそう上手くはいかないわね。さあ、もう1回やってみましょ」


 御厨さんは切りかえて私を励ましたが、個人的に今の失敗とはあまり関係の無いところでショックを受けた。

 霊力以前の問題で、私のパンチはどうやら幼稚園児ほどの力らしい。

 無論、相手が御厨さんだからといって加減などしていない。

 むしろ少しでも痛がる素振りを見たいから頑張ったくらいだ。


 その後、何度もやり直し挑戦した。

 右手以外にも左手、両足、更には頭でも試したが1度も上手くいくことは無かった。

 試しにまた札を浮かせてみると見事に1発で成功した。

 私は溜息をつき、小石を蹴った。


「まあ1日で出来るようになる人なんてそうそう居ないから気にしなくていいわよ」


 御厨さんは私の肩を撫でて励ましてくれる。

 私は目を細めながら、頬を膨らませた。


「でもお札はすぐに浮かせませたよ」


 不貞腐れながら言うと、御厨さんは右手を頬に当て、首を傾げた。


「そうなのよねぇ。外で霊力を使うのは上手なのに内側で使うのが出来ないなんて、前例がないから」


 その言葉を聞き、目を見開きながら苦い顔になった。

 それだけ聞くと自分が物語の主人公のように思える。

 私は落ちこぼれの立場で、最序盤に痛い目を見るがその後覚醒する役柄なのだろうか。

 とりあえずそのことは置いておいて背筋を伸ばし振り向いた。

 眼鏡を1度外し、レンズに着いた埃を息でとばした。

 ちょうど6時を知らせる放送が周囲に鳴り響いた。


「あらもうそんな時間」 


 御厨さんは呟き、空を見上げた。

 上空では時刻を知らせるかのように、カラスが鳴きながら飛んでいる。


「まあとりあえず着替えましょうか」


 そう言われ私は体育館の更衣室に入り、元の服装へ着替えた。

 着ていたジャージを御厨に返し、外へ出た。


「じゃあ瞳美、今夜またお願いね。時間はまた連絡するから」

「わかりました」

「あところで瞳美、家に自分の部屋はあるの?」

「ありますよ」

「じゃあもし寝てた時は電話するから、少し部屋で休んでなさい」

「ありがとうございます」


 軽くお辞儀し、自転車置き場へ向かった。


 ──


 御厨が瞳美に小さく手を振っていると、その後ろに涼花と夏樹が汗を滲ませながら立っていた。


「あら、いつのまに」

「今来たところだ。ところでどうなんだあいつは」


 涼花は首にかけたタオルを持ち、御厨に尋ねた。


「半分は想定内。もう半分は想定外って所かしら」


 煮え切らない御厨の答えに、涼花は顔を引きつらせた。

 その隣で涼花の顔を見た夏樹が手で口元を抑えながら笑った。


「で、私達より強いのか」


 引きつった表情のまま、苛立ちを交えながら涼花は言った。

 御厨はその言葉に対して神妙な面持ちになり、様子の変化に涼花も夏樹も驚いた。


「それは間違いないわ。保証する」

「そうか。まあいい」


 そう言うと涼花は体育館へ足を運んでいった。


「僕も瞳美ちゃんが戦うところ早く見たいなあ。仲良くなれるかなぁ。何が好きなんだろう」


 瞳美に対する期待で高揚感を高めながら、夏樹はスキップして涼花の後を追った。


「相変わらず涼花は面倒臭いし、夏樹は緊張感無さすぎて怖いわね」


 御厨は呆れた様子で息を吐きながら首を横に振った。


「まあいいわ。私も帰りましょ」


────


「ただいま」


 先に御厨さん達と離れ、疲れた足で自転車を漕ぎ、家に着いた。

 家に入ると、キッチンで既に帰ってきていた母が夕飯の支度をしていた。


「おかえり瞳美。どこ行ってたの」

「ちょっと友達のところ」

「あなたねぇ。受験生なんだから勉強しなきゃだめよ。それに今テスト期間でしょ」

「分かってるよ」


 母の小言を聞きながら、私は冷蔵庫からお茶を取り出して乾かしてあったコップにそそいだ。

 コップいっぱいに入ったお茶を一気に飲み干し、母の手元を覗いた。


 器に漬け込まれた鶏肉が入っていることから、夕飯が好物の唐揚げが夕食と解り、少し元気が出た。

 2階の自室へ入り、渡された札を取り出した。


 札の束を机の中にしまって、1枚手に取った。


 ──浮け。


 心の中で言いながら力を込めると、札はまた中に浮いた。

 これだけでも信じられないほど感動的だったが、一体これ以外に何ができるのだろう。

 夜への緊張感を高まらせながら、ベッドに転がった。

 窓の外へ目を向けると、幼馴染の寿磨は勉強机にむかって集中していた。

 ダラダラとしながら真面目に勉強している親友を見るのはなんだか忍びない。

 窓へ近づき、カーテンを閉めた。


「今度は私が守ってみせるからね」


 姿の見えなくなった幼馴染へ向かって決意を固める。

 少しして母から呼ばれ、夕食の準備を手伝っていると、父が帰ってきて3人で夕食を食べた。

 運動したせいか、いつもより食事量が増え、両親は不思議がっていた。

 夕食後、風呂に入り自室へ戻ると、御厨さんからメールが来ていた。


『今夜12時に昨日の公園へ来てください。お札は忘れずに』


 簡潔に書かれたメールを読み、一言わかりましたと書き、メールを送った。


 動きやすいように黒の生地にピンクのラインが入った市販のジャージを椅子にかけ、ベッドに寝転がりアラームを約束の15分前に設定した。

 受験生ながら一日全く勉強していないことに不安もあったが、今はそれ以上に今夜のことで頭がいっぱいだった。

 それに眠たくって仕方がない。

 襲いかかる睡魔に抗うことなく、私は眠りについた。

 


 

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