3.タクトの『テイム』、その特異性。







「これって、要するにピンチってやつか?」

「あぁ!? なんだぁ、てめぇ!!」



 俺が新しい仲間を探しに酒場へ向かうと、見知った顔がトラブルに巻き込まれていた。その少女――シルヴィアは力なくへたり込み、勝気な瞳に涙を湛えている。

 それを見ていられずに声をかけたのだけれど、相手方の男たちは何やら興奮している様子だった。怒りというより、なんていうか馬っけのような怪しさがある。

 なんだ、こいつらロリコンか……?


「何しにきたのよ、くそ雑魚ナメクジ! アンタなんかじゃ、こいつらの相手なんてできるわけない!!」

「えー……シルヴィア、そんな状態でそれ言うか?」

「なによ、泣いてないわよ!!」

「泣いてるって」


 俺が思案していると、少女は謎の抗議をしてきた。

 あるいは彼女なりに『逃げろ』と警告しているのかもしれないが、今さら尻尾を巻いて場を去るわけにもいかない。男たちはすでに目の色を変え、こちらを標的にしていた。

 つまるところ、もう俺は逃げられない。

 逃がしてもらえない、ということになるのだが――。


「まぁ、その必要もないな」

「アンタ……なに、言ってんの?」


 こちらがそう口にすると、少女はあからさまに眉をひそめた。

 ただ状況から考えるに彼女の言葉が正しい。そのように思うのは、当然だった。

 見るからに戦闘慣れした男が三人。対してこちらは腰の抜けた女の子一人に、くそ雑魚ナメクジこと最底辺テイマーの俺だけだった。


「けっけけけけ! とんだ王子様がいたもんだな!!」

「おい、こいつも意外に可愛い顔してるぜ!!」

「ぐふぐふ。オレ、いけるぞ」

「う、わ……マジかよ」


 三人の男は、こちらを見て舌なめずりをしている。

 俺はそれにドン引きしつつ、床に座ったままのシルヴィアのもとへ向かった。そして彼女を助け起こしながら、このように訊ねる。



「なぁ、シルヴィア。お前の力って、たしか『テイムした相手を従順になるまで躾ける』ってやつだったよな?」

「人聞きの悪い言い方しないで。……『調教』よ、それがどうしたの」

「いや、あまり大差ないけど。まぁ、いっか」

「…………?」



 俺は一つ頷くと、少女にあることを耳打ちした。

 すると――。



「はぁ!? ばっかじゃないの!?」



 当然のように、シルヴィアは声を上げるのだった。







「アンタ、本当にそんなことできるの?」

「さぁ、やってみないと確信は持てないけど」

「やってみる価値はある、ってこと? ……ホントに、馬鹿みたい」

「あはは、言うなぁ」



 さすがに店内で戦うのは迷惑が過ぎる。

 そのため街の大通りに出て、俺たちは二手に分かれて相対していた。そして戦闘が始まるという直前に、シルヴィアは不安げに問いかけてくる。

 しかしながら、こちらも自分の『力』に確証はなかった。

 だけど、不思議と心は穏やかだ。だから、


「心配するなよ、シルヴィア」

「え……?」


 俺はあえて笑顔を浮かべ、元気づけるように少女の頭に手を置く。

 そして、こう告げるのだった。


「俺とお前の力があれば、きっと大丈夫だ」――と。


 俺の『テイム』と少女の『調教』が、突破口を開くはずだ、と。

 するとシルヴィアはポカンとして、しかしすぐに真剣な表情に戻った。


「ホントに、腑抜けた笑い方ばかり……! でも、仕方ないわね――」


 その上で、鞭を構えて言うのだ。



「行くわよ、タクト!!」

「おう!」



 すると、そんな俺たちの声を合図にしたか。

 男たちはいっせいに、こちらへ踊りかかってきた。


「手練れらしいけど、意外と動きは直線的だな。これだったら……!」


 俺は意識を集中させて、狙いを先頭の細身の男に定める。

 そして、あの言葉を口にするのだった。



「くらえ、テイム……!」

「なっ……!?」



 すると直後、男の身体は硬直してしまう。

 仲間たちも何事かと立ち止まり、彼の強張った表情を見ていた。その姿を見て、俺は確信を持つ。どうやら俺のテイムは魔物に効果はないが、代わりに『人間特効』なのだ、と。

 まだ使いこなせていないのか、動きを止めるまでだけど。

 それでも、これさえあれば十分だった。



「いまだ、シルヴィア!!」

「わ、分かった!!」



 その隙を突いて、行動を起こしたのはシルヴィアだ。

 彼女は得物である鞭を解放すると、それで強く男の身体を打った。悲鳴が上がり、しかし直後になって彼の視線は目の色を変える。

 そして――。



「お、おおおおおお、お前なにやってんだ!?」

「寝返った……いや、そんなはず……!!」



 ゆらり、とした動きで。

 細身の男は腰元からナイフを取り出し、残り二人との距離を縮めた。

 味方だと思っていた相手の思わぬ行動に対して、動揺を隠せない彼らは尻餅をつく。これで状況は逆転し、俺たちが数的優位に立った。

 そのため俺は、ゆっくりと二人の男に歩み寄って告げるのだ。



「どうだ? 降伏するなら、今だぞ」――と。




 彼らに選択の余地はない。

 あまりの事態に、二人は冷や汗を流しながら頷くのだった。



 

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