2.酒場での悶着。
――夜、冒険者ギルドの隣にある酒場。
誰よりも小柄でありながら美しい容姿をした赤髪の少女シルヴィアは、あからさまな苛立ちを見せながらカウンター席に腰かける。彼女が怒る原因はただ一つ、タクトのことだった。
「まったく、あの腰抜け。……少しくらい抵抗しろ、っての」
少女よりも一回りは年上の男性である彼は、彼女にされるがまま。
無抵抗で鞭に打たれていた。いかに戦闘技能に乏しいとはいえ、いい歳をした男なのだから、女の子一人くらいはどうにかできたはず。
あるいは、その意気地なしさにシルヴィアは苛立つのかもしれなかった。
「ホントに情けない。せっかく見つけたテイマーだってのに、根性がないもの」
少女はそう言いながら、店員に果実飲料を注文する。
そして、頬杖をつきながら舌を打って言った。
「テイムなんて下級魔法を真剣に修得している者は、少ない。いたとしても平々凡々な馭者になるか、家畜を育てるばかり。まして、冒険者になろうとするなんて……」
目の前にグラスが置かれる。
赤色をしたそれを手に、シルヴィアは一気にそれを煽った。
彼女の言葉の通り、冒険者という生死をかけた生業において『テイマー』というのは危険しかない。余程の実力者でない限り、テイムに失敗すれば即ち死に至るのだ。
したがって、冒険者の世界にテイマーという存在は極めて少ない。
仮にいたとしても今回のように、重度の世間知らず、という可能性が高かった。
「だけど、それにしたってタクトは雰囲気が変だったわね」
そこでふと、シルヴィアは彼の様子がおかしかったことを考える。
タクトはまるで世界の常識を知らなかった。会話は問題ないが、文字が読めない書けない。その他にも貨幣制度や、国の成り立ちなどにも極端に弱かった。
そのたびに彼は苦笑していたが、いったい何者なのだろうか。
そもそも、自分と離れて生活ができるのか……。
「…………ア、アタシはなんでアイツの心配してるのよ!?」
――そこまで考えて、シルヴィアは顔を真っ赤にした。
予想だにしない自分の思考に、誰に指摘されたわけでもないのに彼女は狼狽える。妙に喉が渇く感覚に陥って、グラスに残っていた飲料をまた流し込んだ。
そして一度に飲み過ぎたのか、手洗いに行こうと腰を上げた。
「いたっ……!」
その時だ。
偶然、そこを通過した冒険者と衝突したのは。
しかしどうやら、相手は彼女の存在にまったく気を払っていない様子だった。シルヴィアはそれが気に食わず、とっさに声を荒らげる。
「待ちなさいよ、どこに目をつけてんの!? この非常識!!」
「あん……?」
だけど、その直後に自分の過ちに気付いた。
何故なら少女が抗議した相手、それはギルドで――。
「テメェ、俺様に口答えするってのかァ……?」
「……アドス・ガイゴール!」
――最も悪名高い、荒くれ者。
アドスという冒険者は、Sランクパーティーのリーダーだ。本人の実力もさることながら、所属する者たちはみな精鋭揃い。しかし難点があるとすれば、そのいずれも貧困街上がりで粗暴だ、ということか。彼らの起こした問題は数知れないが、実力主義を掲げる冒険者の世界では力がすべてだった。
そのため、アドスの悪事は多くが不問とされている。
「なんだ、おい。……言いたいことがあるなら、言えよ」
「…………!」
それは例えば、対立した冒険者に致命的な傷を負わせたとしても。
身の丈二メートルはある強面の偉丈夫に見下ろされ、シルヴィアの威勢は完全に削がれていた。まるで大蛇に睨まれた雨蛙のように、少女はなすすべなく身を縮こませる。
このままだったら、間違いなく殺される。
そう考えたシルヴィアだが、そんな彼女の脳裏によぎったのは――。
「…………ちが、う。アタシは、あんな腰抜けとは……!」
腑抜けた笑みを浮かべて、自分の後ろをついてきたタクトの姿だった。
ここで逃げれば、自分は彼と同じになってしまう。
それは少女のプライドが許さない。
だから喉元まで出かかった謝罪の言葉は、呑み込むしかなかった。
「あァ!? 腰抜けが、なんだ……死にてぇのか?」
「ひっ……!!」
それでも、眼前に迫る脅威はなくならない。
シルヴィアは隠しようのない恐怖を愛らしい顔いっぱいに浮かべ、短い悲鳴を上げた。だがしかし、そこまで至ってなおも謝罪の言葉は口にしない。
いいや。あるいはもう、舌の根が乾ききって声が出ないのかもしれなかった。
「まぁ、いい。悪くない面してるからな、お前らで回せ」
「え……?」
だがそこで、アドスは思わぬ言葉を口にする。
そして姿を現したのは、彼のパーティーの男性たち。完全に酒に酔っている彼らは、いやらしい目つきでシルヴィアの姿を捉えていた。中には興奮し、呼吸を荒くする者もいる。
それはつまり、そういうことだ。
「や、やぁ……!」
先ほどまでとは異なる恐怖。
少女はついに、堪えていた涙を頬に伝わせた。このまま自分はただ怪我をするより、より大きな喪失感を受けることになる。それを察して、シルヴィアは尻餅をついて――。
「なにをやってるんだ。お前ら」
「…………え?」
その瞬間、どこか覇気のある知った声が聞こえた。
間違いないと思う。だが少女の耳にしていた彼の声は、このような色ではない。こんな活力はまずなかったし、そもそも誰かを守ろうとそれを発するなんてあり得なかった。
しかしシルヴィアは、不思議な確信を持ってその名を口にする。
「……タクト?」
「あー、ずいぶん弱ってるみたいだな。シルヴィア」
すると彼はまた、腑抜けた笑みを浮かべて頬を掻いたのだった。
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