2
「ウソだし……」
目前に、私の作品の登場人物――ヒルデガルド・ロートケップヒェンがたっていた。
偽物か本物かはわからないが、その凛々しさやうつくしさは私のイメージそのものだ。
「なに、ボォーっとしていまして?」
「いや、あんた誰だし? なんでヒルダの格好を……」
「そんなことよりも……」
ヒルダが指をさしたさきに、もう一匹のドラゴンがいた。
ドラゴンはこちらをむくと、牙をむいて咆哮をあげる。
「ボォ―しているヒマはありませんわ」
ドラゴンをさしていた指がこちらをむく。
「あなた、名は?」
「……十花」
「じゃあ、十花――」
突如として、虚空に黄金の鎖があらわれる。
そして、ヒルダの腕と指にまきついた。
「ちょ、ちょっとまって」それって。
――『大神産巣日(グレイプニル)』
つぎの瞬間、ヒルダにまきついた鎖が私へととんでいく。
鎖は私の胸に直撃すると、そのまま溶けるように体へはいっていった。
「……くッ!」
これはヒルダのスキル『大神産巣日』だッ!
『大神産巣日』は対象者をヒルダの下僕へとかえる能力。
つまり、私は……。
「あなたは、この瞬間から、私の下僕になりました」
……ヒルダの下僕になったのだった。
「では、『最強の』下僕」
ヒルダはたんたんと告げる。
「あのトカゲを殺してくださらない?」
「……!」
ヒルダがしめしたさきにいたのは、ドラゴンだった。
「……ウソでしょう? そんなのムリだし!」
言葉とは裏腹に、私の体は勝手にうごき、ドラゴンに直進していく。
「ちょ、ちょ、ちょっと、とめてぇ!」
「『大神産巣日』をうけて口答えできるなんて……けど、体はすなおなようで」
ヒルダがパンパンッと手をたたき、口角をあげた。
◇
ヒルダ。
傲岸不遜な性格で、自身のスキルで人々を奴隷のようにあやつる悪魔のような令嬢。
『災恋』の舞台である乙女ゲームでは、ヒロインの恋路を邪魔する悪役として登場する。
でも、実際は……。
◇
「ガチもんの悪魔だしぃぃぃ!」
私は涙をながしながら、ドラゴンにつっこんだ。
ドラゴンはこちらにきづくと、腕をむけてくる。
「はぁッ!」私の片手が、爪をうけとめる。
視界にうつる光景に、現実味をかんじられなかった。
これが『大神産巣日』のもうひとつの能力だった。
ヒルダの下僕となった者は、彼女の采配で無尽蔵に強化される。
つまり――彼女が最強といえば、私は最強になるのだッ!
「グゥオオォォォ!」
私のパンチで、ドラゴンの頭がグニャアとへっこんだ。
くずれるように、巨体が地面へころがる。
ドラゴンが事切れるのを見おくったあと、私も地面にたおれた。
くぅ、全身がいたくてうごかない。
たしかに私は、ヒルダ次第で無尽蔵に強化される。
だがしかし、自分以上の力を発揮すると、そのぶん肉体に負担がかかるのだ。
最悪の場合、死ぬ。
パンッ、パンッ――かわいた拍手がひびく。
「よくやりましたわ」
笑顔をうかべて、ヒルダが私を見おろす。
「……なんで私が戦わなきゃいけないしぃ!」
私は声をあらげ、ヒルダに抗議する。
「そもそも、 あなたが自分で戦えばいいじゃん!」
さっきドラゴンをまっぷたつにしたんだからさ。
「あたくしが?」ヒルダは嘆息する。
「……それでは意味がないんでしてよ」
ヒルダが一拍おいて、宣言した。
「なにせ、あなたこそが……エゼルウルフを殺す鍵なのですから」
◇
私が魔王エゼルウルフを殺す鍵?
「どういう意味だし?」
そうといただすのと同時に。
『はっはっはっ!』
――ビジョンにうつった魔王がわらいだした。
『序章もこれでクライマックスだ』
魔王が指をならすのと同時に、あばれていたドラゴンがきえた。
あれだけさわがしかった町が、ウソのようにしずかになる。
『いまいきのこっている者こそ、素質があるのだろう』
「素質……?」
魔王の言葉に、首をかしげる。
「あ、あれッ!」
周囲のいきのこりが、おびえるように天をあおぐ。
私も便乗して、空を見た。
「はッッ――はぁッ?」
空に、巨大な魔法陣がうかんでいる。
『さぁ、人間どもよ。おそれおののけ、そして絶望するがいい』
魔法陣が赤くかがやいたとおもったら、そこからバァッと火炎がふきだす。
そのおおきさは甚大ではなく、それこそ国をまるごともやしそうだった。
「十花ッ!」
ヒルダが私のうえに、おおいかぶさった。
私とヒルダの顔の距離が、いっきにちかくなる。
「ちょいちょい、なにを……?」
やばい、ちかくでヒルダの超美人顔なんか見たら……。
心臓がドキンドキンと音をたてる。
どうしよう、なんだかあまいかおりが……。
「ぎゃぁぁぁ!」悲鳴が私の思考を粉砕する。
オフィス街が炎につつまれていた。
ビルは溶け――人は黒炭になり――ただ断末魔だけがのこる。
これが地獄だと説明されても、なんの違和感をもたないだろう。
ふと、きがついた。
「私たち、無事じゃん……」
まわりが火の海になっているのに、私たちはもえるどころか、火傷すらしていない。
これは、もしかして、水属性の防御魔法……。
けど、ヒルダの得意属性は火のはずじゃ……。
「くっ……」
ヒルダがくるしそうな顔をして、歯をくいしばっている。
得意属性以外の魔法をつかうと、生命力と精神力を大幅に消費してしまう。
ふたりぶんの防御魔法となればさらに、消費がはげしくなる。
「このぐらいじゃあ、へこたれませんわ」
いまのヒルダの顔を見ていると、なんだか心苦しくなってくる。
「そんな……私をまもらなかったら、ここまでくるしまずにすんだのに……」
おもわずつぶやいた。
「バカにしないで、くださらない?」
私の声をきくなりヒルダは、余裕そうに顔をニヤけさせた。
「あなたをまもるぐらい、屁でもありませんわッ!」
ドキッと私の心臓がゆれる。
その台詞をきいたとき、目前の女が本物のヒルダであることを確信した。
ヒルダは最凶災厄の悪役令嬢だ。だが、しかし――
「こういうとき、平気で他人を優先する――」
人をあやつるのは、その人を一番にまもるため。
恋路を邪魔するのは、ヒロインにしあわせになってほしいから。
「いつも他人おもいな、いいやつなんだッ!」
天の魔法陣から物凄い量の光がはなたれる。
バッと瞳に光の洪水がながれこみ、私の意識がとだえようとしていた。
かろうじてヒルダの顔が……鮮明に見える。
目をほそめた、満面の笑み。
やっぱり、私、ヒルダのことがすき……。
そんなおもいが頭を支配するなか、私の意識は闇にとけていった。
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