第19話 真実
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内閣府多次元時空保全委員会を、葉巻和彦が作った。
そう仮定してみると、私は驚くほど多くのことに簡単に説明がついてしまうことに気がついてしまった。
第四項対策室の面々は、多次元時空保全委員会のはっきりしない対応にいつもイライラさせられてきた。
私も五条錫の不満を聞いたことがある。
彼女の『委員会は、意志決定できる人がよくいなくなるわね』という言葉を私は覚えている。
当初は何を言っているんだと思っていたし、事実そういった対応を見せられた後は、この組織の存在理由に疑問を抱いたりもした。
しかし、私が作った組織だと仮定すれば、その対応は当然と言える。
私が結果の分かっている事態を前に、その時間軸に留まり続けているわけがない。委員会が私の作った組織であり、私の思惑通りに機能するなら、災害を止めようと第四項対策室が何を提案してきたとしても、ほとんど応じないようにしたはずだ。
私は神稜地区局部地震も、それに付随する轟銀が引き起こした損害も、一切止める気がなかった。それどころか、私にとってあの出来事はなければならない出来事ですらあった。
だからあの時、五条錫からの要請に委員会は応じず、また明確な指示を出さなかった。私なら五条錫の要請に応じるどころか、事前に斎藤美嘉と轟銀を隔離した上で、斎藤美嘉には安全な覚醒を促し、轟銀には三峯燐とのいさかいのない再会の機会を提供する。そんなことさえ造作もなかっただろう。
そうしていれば、神稜地区局部地震など起きず、高校も何の被害も発生せず、誰もが平凡な毎日を送ることができた。
しかし、私は被害の低下を望んでなどいなかった。
あれだけの被害を見過ごしてなお、あの事件は起きなければならないことだったからだ。
私はこれから、二十年ほど前の独立行政法人遺伝科学機構に関与し――それほど昔となると、もしかしたら機構の設立も私かもしれない――この遺伝科学研究センターを建てることになる。
そしてこの事件を経て、私は遺伝科学と物理化学の関連性を説き、また、これまでの物理化学をひっくり返す天使という存在を、世界に先駆けて調査研究を行うべきだとでも話を持ち上げるのだろう。
そうやって内閣府多次元時空保全委員会を設立させ、それに伴い第四項対策室という名の分室を設置。五条錫と五条沃太郎、三峯珪介と三峯燐の四人を配属したのも、神稜地区局部地震の起きるあの時あの場所で、私が彼らに会っていたからだ。
未来の私は、過去の私が体験したことを正確に再現しようとし……それは事実としてまったく同じ状況となった。
天原つかさが死に、過去の葉巻和彦が絶望するという、自らの過去を変えないために。
それによって……その出来事を皮切りに連鎖して起きたことを通して生じた、自らの意志を変えてしまわないために。
世界に絶望し、人類のあり方に絶望し、人類全体の平穏を望むが故に人類を滅ぼさなければならないと考えるに至った自分が、人類が生きることは素晴らしいなどという世迷い言を信じ、数多の絶望に目をつぶって多数の犠牲の上に成り立つ少数の平穏に騙され、人類の生存を望んでしまうことがないように。
そのために、多少の不可解さがあったとしても、未来の葉巻和彦は過去の葉巻和彦へとこの苦境をお膳立てしたのだ。
許せないと、間違っていると感じていた理不尽さが、当時の私には確かに必要だったのだと理解したから。
私自身が、私自身へのシナリオを用意したということ。
過去を変えないために。
自らの目的であると同時に、パラドックスを引き起こさないために。
……。
……。
……まあ、それもいいだろう。
当時の私なら激怒したことだろう。
なぜこんなことを、と。
そんなことのためにつかさを見殺しにしたのか、と。
だが、今の私はそうは思わない。
トロッコが五人を殺そうとしていて、犠牲を一人に減らせるというのなら、私は迷わず分岐器を操作して一人を殺す。
つかさは、必要な犠牲だった。
つかさは死ななければならなかった。
私が絶望するために。
そして、人類全体を平等に幸福に導くために。
そのために必要だというのなら、私は喜んで鬼にでも修羅にでもなろう。
他ならぬ、人類のために。
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