第15話 運命
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振り返ると、まだ十代の自分が割れたマジックラーの向こうから私をにらみつけていた。
「なにをやっている、だと?」
「そうだよ……なんで、なんで銀を止めようとしねーんだよ!」
私は肩をすくめるしかない。
「さっき言っただろう。ここで彼らを止めたところで、何も変わらんとな。そんなことをしても意味がない」
「はあ?」
私の言っている意味が理解できないらしく、過去の私は割れたマジックミラーを飛び越え、詰め寄ってくる。
「ここで彼の暴走を止めたところで、ここの研究員たちがよかったと胸を撫で下ろして安心するだけだ。より厳重なところで、より無惨な実験が行われるだけだ。ここで彼の力を抑え、施設の崩壊を防いだところで……そうなるだけでなにも変わりはしない。地獄が長引くだけのことだ」
「……」
「それでも止めたいと思うのなら、他人を責める前に自分でやりたまえよ。曲がりもなにも、君もまた天使なのだからな」
ちらりとモニターを見る。進行度は三十三パーセント。まだまだ時間はかかりそうだ。
「……私はあれに介入するつもりはない。が、君が介入しようとするのを止める気もまた、ない。銀の暴走を止めるべきだと思うのなら、試してみるがいいさ」
「くそっ」
鬼の形相で私をにらみつけてから、彼は瞳を蒼く輝かせ、両手を銀へとかざす。
「う、おおおっ!」
空間が葉巻和彦の意志で満たされ、銀の力を奪い、コントロールしようとしているのが分かる。
しかし、彼はあくまで蒼の……空間の余剰次元の力で干渉しようとしているが、銀の暴走は紅の、時間の余剰次元の力だ。
余剰次元を知覚するという行為は、数学的には積分するということである。空間に対する積分と時間に対する積分が全く違うことであるというのは、考えてみれば当たり前の話だ。前提も、用いられる数式も、代入される定数も違うのだから、同じ結果が出るわけがない。
その両者の致命的に違う力の性質を理解しないままにコントロールしようとあがいても、無駄なことだ。
……まあいい。
私も昔、全く同じ苦労を味わった身だ。彼も同じように苦労するのが筋というものだろう。
見れば、モニターの表示はようやく五十パーセントを越えたところだった。
「……」
内心で、やれやれとため息をつき、まだ若い――幼い――自分の奮闘を眺める。自分が手を出すのは、荒れ狂う“炎の剣”が燐も含めた私たちや機械類を切断しようとした時のみで十分だ。建物や他の子どもや職員を助ける気はない。
私は正義の味方ではないし、彼らを助ける義理もない。死にゆく者は死に、生き残るべき者たちは生き残る。
運命に委ねるというのは……私が取捨選択するよりはよほど合理的だ。
「あああああぁぁぁ嫌だあああぁぁぁっ! こんなところ、もう嫌だあああぁぁぁっ!」
「くそっ、落ち着け銀!」
過去の自分が声を張り上げて銀の力を抑えようとしているが、効果はない。破壊したマジックミラーの向こうの観察室では、過去の三峯燐が固まったまま、過去の私と幼い銀を呆然と見ている。
彼女なら銀の暴走を抑えることができるかもしれない。が……あの様子では、彼女もまともに力の行使などできはしないだろう。
五分か十分ほどの時間だっただろう。暴走が徐々に激しくなる中、ようやくモニターの表示が百パーセントになり、コピー完了というメッセージが現れる。
やっとか。
私は記憶端末を端子から抜き、懐に納める。
「う、ああああっ!」
過去の私はというと、銀に手をかざしたまま、銀の力をコントロールするどころか、彼の力に引っ張られ、蒼い瞳が紅く変遷しつつあった。
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