剣士は救出する

「う、嘘だろ……? キレジーに勝ちやがった」


 プリケツが青い顔をする。

 変わらぬにっこりとした笑みだが、その声音からは彼の驚きようがありありと伝わってくる。


「そんな、驚くほどなのか?」


 たしかに強かったとは思う。

 俺はあまり苦戦しなかったけど、キレジーの魔法は威力や発動速度が十分で、その上視認することができない。


 間違いなく強力な魔法だった。

 俺は五感を鋭くさせる特殊な訓練を子どもの頃からしていたので、なんとかなった。

 しかし、もし五感を鍛えてなければ俺は死んでいた。


 とはいえ。

 だとしてもプリケツの様子は尋常ではない。

 真っ青な顔でぶるぶると震え、なぜか過呼吸状態のように息を切らしている。


「お、驚くに決まっているだろうが! キレジーは元Bランク冒険者だが、その中でも実力は間違いなく最上位だった男だぞ!? 素行の悪ささえなけりゃあ、冒険者の最高位Aランクにもなれると言われたやつだ!!」


「なるほど……?」


 変わらぬ笑顔。

 しかし、目を血走らせながら尋常ではない様子でプリケツはまくしたてる。


 しかし俺は、そんなこと言われてもあまりピンと来なかった。


 だって別に有名な冒険者とか興味ないし。

 この世界に転生してから鍛えるばかりだったせいで、その辺のことは何もわからない。


 今冒険者やってるのだって、強ささえあれば良いという条件がちょうど良いからだ。


「まあ良いだろ」


「よくねぇよ! 俺、なんて奴に喧嘩売っちまったんだ……魔法が使えないクセにここまでやれるとか詐欺だろ。悪質すぎる。やべえよ」


 ガタガタと震えるプリケツは何を思ったか、突然声を高くして猫撫で声で俺に媚び始めた。


「ご主人様ぁ? 肩でも揉みましょうかぁ?」


 にっこりとした笑顔で、揉み手をしながら猫撫で声で媚びる30代の大男。

 ドン引きである。


 気持ち悪すぎて、気持ち悪かった。


「きっしょ。殺すぞ」


「そんなぁ! ご主人様さまぁ! なんでもしますからぁ!」


「死ね」


 俺はプリケツのケツを、思いっきり蹴り飛ばした。





「これで全員だな」


 キレジーやウコンを含む盗賊たちを縛り上げる。

 総数50人近い大規模な盗賊団だったが、こうして広場に集まるとやはりその数には驚く。


 全員杖を取り上げた上に口を塞いだので魔法を使うことはできない。

 しかしそれでも、脅威を感じるような光景だ。


 いったいどれほどの罪のない人達に迷惑をかけてきたのか。

 こいつらにはしっかりと罪を償ってもらわなければな。


「プリケツ、見張っておけ。俺は捕えられている人を助けてくる」


「殺す」


「よし、戻ったな。見張りは任せたぞ」


 いつもの調子に戻ったプリケツに安心する。

 さっきまでのプリケツは、あまりにも気持ち悪かったからよかった。


「なかなか広い洞窟だが……すでに盗賊はいないはずだ。順番に回っていくか」


 この洞窟はとにかく広い。

 通路があり、その最奥にある大きな部屋がさっきまで俺がいた大広間。

 さしずめ、盗賊たちの宴会場か。


 さらに通路は複数の部屋に繋がっていて、それぞれの部屋に役割を割り振っているようだった。

 この様相はただの洞窟じゃないな。

 おそらく、もともとあった洞窟を盗賊たちが使いやすいように拡張したのだろう。


「まるで、アリの巣だな」


 洞窟を歩きながら呟く。


「ん、ここの部屋は……」


 そこは、鉄格子がはめられた部屋だった。

 鉄格子の向こうに見えるのは、うずたかく積まれた金貨に銀貨。

 さらに、装飾品や美術品など価値があるものばかりが山のように集められていた。


「宝物庫か」


 剣を振る。

 宝物を守るためのものであろう鉄格子を斬り開いて、中へと入った。


「ずいぶんとため込んでいるな」


 宝の山を見て呆れてしまう。

 盗賊が蓄えているものなんて、そのほとんどが盗品や表に出せないような出自の物品ばかりだろう。

 言うなれば、この宝の山は盗賊の悪事の結晶だ。


「ん? これは、魔法鞄か……!」


 それは、空間拡張の効果がかかった魔道具だ。

 見た目以上に中の容量が大きくなっていて、相当な量の物を入れられる優れものだ。


 前世のアニメやラノベなんかでよく登場した便利アイテム。

 この世界に転生してから、いつかは欲しいと思っていたものだ。


「あまりにも高価すぎて手が出なかったが、まさかこんなところで巡り会うとは」


 盗賊を討伐した場合、その持ち物の所有権は基本的に討伐した人間へと移る。


 これは元の持ち主が所有権を主張したところで、その真偽を確かめることはできないからだ。

 そもそも盗賊に襲われた人は、そのほとんどが死ぬので生きているケースがかなり少ない。


 そんな諸々の理由があって、盗賊の所有物は基本的に懸賞金の一部みたい扱いとして討伐者へと与えられるのだ。


 何が言いたいかというと、つまりこの魔法鞄はすでにキレジー盗賊団を壊滅させた俺のものだということ。


「最高だ。これは俺のものにしよう」


 これは、とんでもなく良い拾い物ができた。

 俺は周りの金貨や銀貨に装飾品など、入るだけ物を魔法鞄へと詰め込んでみる。


 宝物庫のものをすべてとは言えないが、半分ほどは入ったので容量は十分すぎるほどだな。

 これが手に入るだけで、今日ここに来た価値があった。


「っと、早く捕えられている人を助けなきゃだった。喜ぶのは後にするか」


 魔法鞄を前に少し我を失ってしまったが、気を取り直して再び洞窟を回っていく。


 それからすぐに、俺は捕らえられた人たちがいる部屋へとたどり着いた。

 宝物庫にあったものと同じ鉄格子。

 その中には、10人ほどの人が閉じ込められていた。


 全員、女性と子どもだった。


「だ、誰ですか?」


 目が合った1人の女性が、問いかけてくる。

 気丈に振る舞ってはいるが、怯えている様子だ。


 俺はできるだけ怖がらせないように、安心させるようににっこりと笑って彼女に答えた。


「俺は盗賊を討伐しにきた冒険者です。さきほど、ここにいた盗賊は全員捕らえましたのであなたたちをもう自由ですよ」


「ほ、本当ですか!?」


「はい。安心してくださいね。今から鉄格子を壊します。危ないので、少し離れていてください」


 俺はそう言って、剣を振りかざす。

 彼女たちを閉じ込めていた鉄格子を斬り裂いて、バラバラにしてやった。


 これで、彼女たちは自由だ。

 俺はにっこりと微笑みかけた。


「俺についてきてください。街に送ります。そのあとは、領主に保護をさせますので」


「て、鉄格子が……! ありがとうございます! よかった、私――私、やっと帰ることが……っ!」


 彼女はそう言うと、涙を流す。

 この洞窟でどれだけつらい日々を送ってきたのか、俺には想像もつかない。


 だけど、助けることができてよかった。

 女性や子どもたちの涙を見て、俺はひとえにそう思った。

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