剣士なら盗賊団くらい殲滅できる

 ウコンを倒した俺は洞窟をさらに奥へと進む。


 やがて、たどり着いたのはひらけた空間。

 30人ほどの盗賊が集まっており、その中心には1人の男がいた。


「チッ、ウコンはやられたか」


「お前が、この盗賊団のボスだな?」


「ああ、俺がキレジーだ。そう言うお前は?」


「Dランク冒険者、レイス」


 キレジーは大きなソファにふんぞりかえりながら、値踏みするようにこちらを見る。


「Dランク? 魔力を全く感じねえし、雑魚にしか見えねえけど。つうか、後ろにいるのはケッツか?」


「こいつはプリケツだ」


「そ、そうか。知り合いに似てる気がしたが、あいつはそんな風に気持ち悪く笑わねえし人違いか。というか、変な名前だな」


「俺もそう思う」


 キレジーに同意すると、プリケツがにっこりと笑いながら俺を見た。


「殺す」


「おっと、随分と威勢がいいやつみたいだな」


 プリケツの言葉に反応したキレジーは、ソファに座ったままニヤニヤと笑う。


「どうやって俺たちのアジトを知ったかわからねえが……ここがバレている以上生かしては帰さねえ。悪いが死んでもらうぜ――やれ、お前ら」


 キレジーが言うと、周囲を囲んでいた30人の盗賊たちが同時に魔法を発動する。


 全方位から降り注ぐ30の魔法。

 炎が、水が、氷が、土が、風が一斉に襲いかかる。


 その危機の只中で、俺は心を落ち着けて剣を構えた。


 五感のすべてを使い魔法の軌道や脆弱点、敵の視線に表情に表れる感情まで読み取ることで、この危機を避けるための最適解を導き出す。


 そうして頭の中で導き出されたその解を、あとは己の肉体で再現するだけ。


「――見えた」


 降り注ぐ魔法を最小限の動きで躱し、避けきれないものは【霧払】によって魔法の核を破壊し。


 そうして俺は同時に放たれた30の魔法。

 さらに、その2波、3波と続く波状攻撃のすべてを無傷で乗り切った。


「な、何をしたお前……」


「何って、頑張って回避した」


 あぜんと固まるキレジーに適当に返す。


 周りを囲む盗賊たちは、青い顔をして俺を見ている。

 どうやらこれ以上の追撃はないらしい。


 プリケツの方を見ると彼は頭を抱えて丸くなっていた。

 全身がボロボロだが大きな傷はなさそうなので、無事に防ぎきったのだろう。


 さて、次は俺の番だな。


「――ふっ」


 俺は剣を構えたまま駆け出す。


 反撃の魔法をいなし、殺さないように手加減しつつ。

 順番に30人の盗賊たちを倒していく。


 俺は派手な範囲魔法みたいな技を使えないし、遠距離を攻撃できる【風斬】では手加減が効かない。

 だから地道に倒していくしかないのだが、このくらいの数ならなんとでもなるな。

 

 やがて俺は瞬く間に30人の盗賊を倒しきる。

 これでこの場に残るのは俺とプリケツ、そして驚愕の表情を浮かべるキレジーだけだ。


「お、お前、魔法使いじゃないよな? 魔力を感じねえし、その動きも魔法じゃねえ」


「見ての通り、剣士だよ。魔法は使えない」


 俺が答えると、キレジーは信じられないものを見るような目を向けてくる。


「魔法の使えない無能者が、30人の魔法使いを圧倒するだと? ありえねぇだろそんなの」


「鍛えたからな。魔法使いに負けないように」


「チッ、理由になってねえよ」


 キレジーは立ち上がると杖を取り出した。

 俺もそれに応じて、剣を構える。


「まあいいさ。お前はどうせ俺には勝てねえ。元Bランク冒険者『血道のキレジー』。冒険者やってるなら名前くらいは聞いたことあるだろ?」


「いや、知らないけど」


「あ、そ、そうなのか」


 有名人なのだろうか。

 元Bランクだと言うのは事前にプリケツに説明されていたが、それ以外のことは特に聞いていないから知らない。


 この世界に転生してからはひたすら鍛えてばかりだったし。


 というか、興味も特にない。


「――通り跡には獲物の残す血道のみ。知らねえなら教えてやるよ、その体にな!」


 威勢よく吠えたキレジーは魔法を発動する。


「っ!」


 次の瞬間、危機を感じた俺は体をずらす。


 見ると、俺がさっきまで立っていた場所、その地面には深い亀裂が刻まれていた。


「ほう? よく避けたな。運が良いやつだ」


「これは……不可視の斬撃か」


「ハハハ! 怖いだろ? これが俺の魔法だ! 俺の敵は自分が何をされているかもわからないまま、無数の不可視の斬撃に切り刻まれて血溜まりへと姿を変える!」


 キレジーは両手を大仰に広げて自信に満ちたような声で笑う。


「故に『血道』。お前も木っ端微塵の血溜まりにしてやるよ!」


 そう言って、キレジーは再び魔法を発動した。

 襲いかかる無数の斬撃。


 そのどれもが目に見えず、そして威力も十分。

 油断すればたちまちに切り刻まれて殺されてしまうだろう。


 なるほど、厄介な魔法だ。


 まあ、これくらいならなんとでもなるけど。


「な、なぜ当たらない……!?」


 不可視の斬撃を躱し続ける俺に、キレジーは目を見開いて驚く。


「斬撃が見えないとしても、は見えるだろ」


「――は?」


 たしかに斬撃は見えない。

 だけど、斬撃によって生じる空気の揺らぎや風の変化。それに加えてキレジーの視線に、魔法発動のタイミング。


 これだけの情報があれば、斬撃自体が見えずとも躱すことは可能だ。


「最初は少し戸惑ったが、もう慣れた。お前の魔法じゃ俺には勝てない」


「バ、バカな! こんなことがあって良いはずがないだろ!! 魔法を使えない無能が、俺の魔法を攻略するなんてふざけるな!! 俺は元Bランクの上級冒険者で『キレジー盗賊団』ボスだぞ!?」


「そんなの、知らんし」


 キレジーがどこの誰かなんて関係ない。

 今ここにあるのは、俺とキレジーという2人の戦いに身を置く者だけだ。


 肩書きなんて戦いには無意味。

 意味があるのは、強いか弱いかという現実だけ。


「終わらせよう」


 きっとこいつには手加減など必要ない。

 俺は剣を構えて駆け出す。


「ひ! く、来るな!!」


 乱舞するように襲いかかる不可視の斬撃を、走りながら回避する。


 そうして剣が届く距離へと詰める。

 あとは、ただ斬るだけ――


「あ、ああああああああ!!」


「――壱の剣【斬鉄】」


 大上段から繰り出される俺の剣が、キレジーの魔法防御を粉砕し――


「――陸の剣【鈍打にびうち】」


 剣の向きを調整するように握り直し、柄頭を前に向け。

 キレジーの腹へと叩きつけた。


「ぐおっ!?」


 吹き飛び、洞窟の壁に激突するキレジー。

 そのままぴくりとも動かない様子から、俺の思惑通り気絶したのだろう。


「終わりだな」


 洞窟の広間に立つのは、俺とプリケツだけ。

 盗賊はこれで全滅だ。


「さっさと捕えられている人を助けて帰るか」

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