剣士は獣人少女を鍛える
適当な宿に宿泊し、次の日。
俺はロロを連れて朝から冒険者ギルドにやってきていた。
目的は、ギルドにある訓練場を借りるため。
「レイスくん! 今日はよろしくお願いします!」
「ああ、ビシバシ鍛えるぞ」
「がんばるよ!」
むんと気合いを入れるロロ。
俺たちがここに来た理由は、彼女を鍛えるためだ。
種族的に魔法が使えない獣人。
そんな境遇に産まれたロロは、昨日俺が魔法を使わずにオーガやベイクドを倒してみせたことに感動したという。
魔法が使えなくても強くなれる。
そんな可能性を目の当たりにしたロロは、俺に鍛えて欲しいと申し出てきたのだ。
「まずは、何にしても体づくりだ。とりあえず筋トレと体力強化からやるぞ」
「地味だけど、大事だよね」
「ああ。魔法が使えない俺たちは、いきなり強力な魔法のような必殺技は得られない。だからこそ、基礎だ。基礎を固めに固めまくって、とにかく鍛える。それが大事だ」
俺の言葉に、ロロはふんふんと頷く。
「あんなに強いレイスくんが言うんだから、間違いないよね。よし、やるよ!」
そう言って、ロロはさっそく筋トレを始める。
俺は適宜彼女に指示を出して、よりよい筋トレになるように調整していく。
そうしてしばらく、一心不乱に筋トレを続けた。
やがて一区切りついたところで、俺が終了の合図を出すとロロは疲れたように体を地面へと投げて倒れる。
「ふーっ、ふーっ……筋トレって、きついね」
「きつくないと意味がないからな。だけど、ロロは素質がある。今まで体を鍛えたことがないのに、初日から腕立て腹筋スクワットをそれぞれ100回もできるなんて相当なものだぞ」
「そう言うレイスくんは、あっという間に10000回ずつこなしちゃったけど。わたしは休みながらだけど、レイスくんはずっと休まずだったし。やっぱりすごいなあ」
もちろんのことだが、俺はロロの筋トレを隣から指示して見守っていただけではない。
俺は俺で、ロロの横で自分の筋トレをこなしていた。
「俺は慣れてるからできるだけだ。それに、俺が初めて筋トレをやった日は100回ずつもできなかったぞ?」
「そうなの?」
「ああ。人間と獣人っていう種族差はあるだろうけど、素質は間違いなくロロの方が上だ」
俺が初めて筋トレしたときは、前世まで含めるとかなり昔すぎてうろ覚えだ。
だけど、筋トレの初級みたいにネットで紹介されてた腕立て腹筋スクワットそれぞれ10回3セット。
それすら満足にできなかったのは何となく覚えている。
やはり、種族の差はある。
獣人は魔法がまったく使えない代わりに、身体能力が人間よりもかなり高いのだ。
魔法至上主義の世界では「それがどうした?」で終わる特徴ではある。
しかしいざこうして鍛えようとなると、その才覚をひしひしと感じるな。
「筋トレを続けていれば、俺は単純な身体能力ならそのうちロロに負けるだろうな」
「そ、そうかな?」
「ああ。まあ、身体能力で負けたとしても剣では絶対に負けないけど」
これだけは、絶対だ。
世界最強の剣士を目指す俺は、剣では絶対に誰にも負けるつもりはない。
というか身体能力に限った話をするなら人間は獣人以前に、そもそも強力な魔物に勝てない。
これはどうあがいても揺るぎない事実だ。
しかしそれを埋めるのは、技術。
2つの器用な手と、たったの2足で他のどの生物よりも自由に動くことのできる天性の体幹、あらゆる知と技を駆使することのできる卓越した頭脳。
それが、人間の強さにして許された特権。
俺が剣という技術で他の誰よりも何よりも――どんな魔法使いよりも、魔物よりも強くなる。
それこそが、俺の目指す最強の剣士なのだ。
「さて、休憩はこれくらいにしようか。次は、体力を鍛えるぞ。走り込みだ」
「ん。まだまだ頑張るよ!」
筋トレの次は、走り込み。
これもまた重要な基礎鍛錬だ。
力と技術と体力。
魔法使いではない俺たちが為すべきことはとにかく、この3つを高め続けるだけだ。
迷うこともないシンプルさで、とても良い。
それから俺たちは、日が暮れるまでひたすら繰り返し鍛錬を続けた。
極限まで追い詰めた全身が悲鳴を上げ、心地よい疲労感に包まれる。
そんな中、疲れ切ったロロが不思議そうに言った。
「そういえば、ここってギルドの訓練場なんだよね。朝からずっといるけど、他の人全然見ないね。なんでかな」
「何人か来てたけどな。多分、後輩の俺たちに気を遣ってくれてるんだろ」
数人の冒険者がここにやってきた姿は見えた。
しかし、その誰もが俺と目を合わせるとくるりと背を向けてダッシュで帰っていくのだ。
昨日冒険者になった俺と、今朝登録したばかりのロロ。
きっと、このギルドでもっとも新人な俺たちに対する気遣いなのだろう。
この訓練場を広々と使えるのでとてもありがたい。
ちなみに、帰っていった冒険者たちの顔と名前はすべて記憶している。
というのも、そのほとんどが昨日のプリケツとの決闘でヤジを飛ばしてきていた人たちだから。
その際に顔を覚えておいたし、名前は後からプリケツに聞いた。
つまり俺は、いつでもどこでも彼らにお礼ができるということ。
俺は他者に言われたことやされたことを絶対に忘れない男だからな。
絶対に。
っと、そんな中。
今日初めて、俺たちの方へと1人の冒険者が歩いてくるのが見えた。
「レイスくん、誰か来たよ? すっごい笑顔のおじさんなんどけど、知り合い?」
「ん。プリケツか」
「レ、レイスくん!? プ、プリ、ケツって?」
「あいつの名前だ」
「す、すごい特徴的な名前だね……?」
ロロが困惑した様子で言う。
俺はこちらへとやってきたプリケツに、手を上げた。
「やあ、プリケツ。昨日ぶりだな」
「死ね」
にっこり。
「え!? 今この人すごいこと言ったよ!? 笑顔なのに! めちゃくちゃ笑顔なのに!! 世界で1番笑顔が似合わない言葉を満面の笑顔で言った!!」
「ああ、反抗期なんだ。昨日の今日だし、仕方ない。そのうち反抗するのも飽きるだろ」
「は、反抗期???」
ロロが首をかしげる。
「プリケツ、ロロに挨拶しろ」
「よお、俺はプ、プププププ――ゲホンゴホン! よろしくな、嬢ちゃん」
「おい、プリケツと名乗れと言っただろう。何を誤魔化そうとしてるんだ」
「グベッ」
俺の命令に抵抗しようとするプリケツのケツを蹴り飛ばす。
「レ、レイスくん!? お尻押さえて地面ごろごろしてるし、すっごく痛そうだよ!?」
「っと、ロロには説明してなかったな。こいつは俺の奴隷なんだ。ベイクドの時と似たような流れで奴隷になってな。もちろんこいつもベイクドに負けず劣らずのクズだから、心配しなくていいぞ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、良いのかな? 元奴隷として複雑だけど、でも悪い人みたいだし……」
そういえば、早いところこいつと繋がっている盗賊団を殲滅しに行かないとな。
プリケツのようなクズによる被害者はできるだけ防がないと。
よし、今日の夜とかに行くか。
「それでプリケツ、何の用で来たんだ?」
「殺す」
そう言って、プリケツは布袋を俺に手渡す。
中を確認すると、そこにはそれなりの金が入っていた。
「お、今日の分の稼ぎか。なかなかのものだな、よくやった」
「死ね」
「レイスくん、それは?」
「ああ、奴隷契約でプリケツの稼ぎの9割を徴収するようにしてるんだ。これは今日の分の俺の取り分だな」
「きゅ、9割!?」
ロロが目を見開いて驚く。
「さ、さすがに9割は多くない?」
「でも、人によっては奴隷の稼ぎを全部自分のものにする主人もいるだろ。それにこいつはクズのゴミで救いようのない悪人だから、金があったらロクな使い方しないだろうし」
「そうかな……そうかも……よく考えたら、わたしはベイクドさまから一銭も貰えたことないかも」
「やはり、ベイクドはひどいやつだな」
「ごめんね、レイスくん。数字の大きさに思わずびっくりしちゃったよ」
「気にするな。奴隷とはいえ、人間。俺は非人道的な扱いを奴隷にするつもりはない。これは、優しさの9割だ。プリケツ本人も納得してくれてるしな」
「!?」
プリケツが笑顔のまま器用に表情を変化させて、驚いたような顔を作り俺を見る。
「プリケツさん、レイスくんみたいな優しいご主人さまでよかったですねっ!」
「や、優しい? 9割……9割だぞ? 何だこれは、俺がおかしいのか?」
「プリケツがおかしいのなんて、そんなのあたりまえだろ。クズなんだから」
「殺す。お前は、俺が絶対的に殺す。いつか必ず、殺す」
「ふむ、10割にしようかな」
「――えへへ。ご主人様は強くて優しくて最高だぜ。よっ! 最強の剣士! 剣の達人!」
媚びたような声で言うプリケツ。
俺はこの世界に転生して今までで1番の怖気を感じた。
「きっしょ。やっぱ12割にしよう」
「限界突破してるよ!!?!??!?」
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