剣士は勘違いされる

「レイスくん! 見て見て! どうかな?」


「ああ、すごく似合ってるぞ」


「えへへ! ありがとっ!」


 ロロはボロボロの服を着ていたので、新しい服を購入して着てもらった。

 行動を阻害していた足枷もすでに俺が破壊した。

 鉄を斬れる俺にかかれば、鉄製の足枷なんてどうとでもなるのだ。


 奴隷だったとはいえちゃんと食事は取れていたようで、ロロの体は不健康な細さではないし血色も良い。


 こうして身なりを整えれば、ロロのことをもう奴隷だと思う人はいなくなるだろう。


「でも、買ってもらっちゃってよかったの? 結構お金かかったけど。ベイクドさまからお金もらったし、そっちから払ってもよかったのに」


「それなりに手持ちはあるからな。気にしないでいいぞ」


「そうなんだ。ありがと、レイスくん。今度ちゃんとお礼するからねっ! 期待してて!」


 ロロがぐっと胸の前で両手の拳を握り、宣言する。

 いったいどんなお礼をしてくれるのか、楽しみにしておくとしよう。


「あ」


 ロロが何かを見つけたようで声を漏らす。

 その視線の先にあったのは、とある露店商だった。


「何か、欲しいものがあったか?」


「あ、えっと」


「ふむ、髪留めか」


 ロロの様子や視線から、露店に売っている髪留めが気になっているらしいことに気づく。


「店主、これをくれ」


 ロロの気になっていた髪留めを購入し、そのまま彼女に手渡す。


「ほら」


「あ、ありがと。も〜、レイスくんは本当に優しくてかっこいいよ〜」


 髪留めを受け取ったロロは、顔を赤くして笑う。

 それから、彼女は長く伸びた前髪を髪留めでまとめてみせた。


「えへへ。どう、かな? さっき前髪上げた方が良いって言ってくれたよね」


「ああ、そっちの方がかわいいぞ」


「わわわ! もう! そんなこと言われたら嬉しすぎて死んじゃうよ!」


 どうやら喜んでくれているようで、良かった。

 ロロの目は水色で綺麗だし、かわいい顔をしているから長い前髪は何とかした方がいいと思っていたんだ。


 真っ赤な顔で嬉しそうにして笑うロロの頭を撫でようとして、思いとどまる。


 危ない。

 ロロはこの見た目だけど俺の歳上だ。

 なんというか、妹に接するような感覚になってしまうからいけないな。


 しかし、俺が撫でようとして途中で止めた手に、なぜかロロの方から頭を押しつけてくる。


「えへへ、撫でて?」


「あ、ああ」


 よくわからないが、撫でてほしいというならロロの望み通りにしてやる。

 それにしてもロロの髪は髪質のせいなのか撫でていて楽しい。犬耳もあるし。


「な、なんかレイスさんが街中でちっちゃい獣人美少女とイチャイチャしてる……」


「ん?」


 ふと、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたのでそちらへと目を向ける。

 するとそこにいたのは、ギルドの受付嬢をしていたルネッタさんだった。


「あ、さっきぶりです。ルネッタさんは仕事帰りですか?」


「そ、そうですけど。……そっちの子は?」


「『小犬族』のロロです。さっきいろいろあって知り合ったんです」


「ルネッタさん、ですね。初めまして、レイスくんとこの先ずっと一緒にいることを約束したロロです」


 そう言って、ロロは俺の腕に抱きつく。

 気のせいだろうか。なんか、ロロの機嫌が少し悪くなった気がする。


「知り合ったばかり!? どう見ても今日知り合ったばかりの距離感じゃないんですけど!!??」


「たしかに」


 ルネッタの言葉に、俺も同意して頷く。

 ロロは人懐っこい性格なのだと思っていたけど、それにしても距離が近すぎるかもしれない。


 まぁ、いろいろあったし。

 奴隷として過酷な日々を送っていたロロだから、ある程度仕方のないことだとは思う。

 きっと、寂しいのだろう。


「そ、それにこの先ずっと一緒って……あの、レイスさんって、もしかしてそういう特殊な趣向なのでしょうか? ロロちゃん、どう見ても子どもなんですけど」


「わたしはこう見えても16歳です。見た目は種族的な特徴なだけで、もう結婚だってできる歳ですよ!」


「え、ええ? そんな種族いるんだ……」


 ルネッタさんは困惑した様子で首をかしげる。


「あの、じゃあずっと一緒にいることを約束したっていうのは……つまり、あの」


「そのままの意味ですよっ! ね、レイスくん?」


「え、うん。そうだな。それが、俺の負うべき責任だ」


 俺にはロロを奴隷から解放し助けた責任がある。

 すぐに故郷に帰るとか、ひとり立ちができるはずもないからな。

 それができる目処が立つまで、一緒にいたいと言うなら好きなだけいればいいと思う。


「せ、責任!? ずっと一緒にいる責任!!??!? それってつまり、あの――」


「――っと。ところでルネッタさんに聞きたいことがあるんですけど、この辺で良い感じの宿ってありませんか? 実は俺、この街の宿に泊まったことなくて。あ、風呂付きの宿がいいです」


「良い感じの宿!? 良い感じって、何ですか!? まさかの2回戦ってことですか!? お風呂付きの良い感じの宿って、そういう宿のことですかあ!?!??!?」


「2回戦? よくわからないですけど、今日はいろいろあって疲れてるんです。かなり激しく動いて汗をかいたので体も洗いたいですし」


「いろいろあって疲れてる!?!? かなり激しく動いて汗をかいた!!??!?!??」


 何だこの人、さっきからいちいち大げさに反応するのはなんでなんだろう。

 顔も真っ赤だし体調が優れないのだろうか。

 心配だな。


「ルネッタさん、大丈夫ですか? あの、薬屋とか場所を教えてくれたら買ってきますよ、俺」


「薬!? 薬って、いったい何の薬を買うつもりですか!? 夜の薬ですか!?!!??!?」


 言われてみると、何の薬だろう。

 ルネッタさんが赤いのは、熱でもあるのかと思ったから解熱剤とかか?

 もしくは様々な効能がある魔法薬を用意しておけば、とりあえずそれで済むかな。


 というか、夜の薬って何だよ。


「ああ、やっぱりレイスさんやばい人だった! 昼もすごかったのに、夜まですごいなんて! もうやだ、おうち帰るうううううう!!!!」


「あっ……行ってしまった」


 結局、宿の場所は教えてもらえなかったな。


「仕方ない。宿は歩きながら探すか」


「あ、あのレイスくん。ルネッタさん、ものすごい勘違いしてると思うよ?」


「え、なんか勘違いするようなことあった?」


「て、天然だよ。レイスくん、何となく察してたけどやっぱりすっごく天然さんだ。……わたしの言い方が悪かったところもあるけど」


 ロロがなにやらとぶつぶつ呟く。

 小さな声だが、俺の聴力は普通じゃないので余裕で聞き取れてしまった。


 しかし、俺は別に天然な性格じゃないぞ。

 前世でもとくにそんなふうに言われたことないし。

 いや、よく考えたら言ってくるような友達がそもそもいなかったか。


 学校でまともに誰かと話したことねえや。


 でも家族に言われたこともないから、やっぱり天然ではないぞ。


「まあでも、別に勘違いなんてどうでもいいだろ。何か不利益があるわけじゃないなら、ほっとけばいい」


 もしも不利益があれば、そのときに対処すればいいだけだし。


「う、う〜ん。まぁ、わたしとしては都合が良い勘違いかもだから、レイスくんがいいならいいんだけどね」


「なら、問題ないな。そろそろ陽が落ちるし、さっさと宿を見つけよう。とにかく風呂付きのやつがいい」


 幸いにもそれからすぐに宿を見つけることができた。

 とりあえず、これで野宿は回避できたな。

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