剣士はドン引きする
「兄さんに対する命令としてまず2つ。俺の不利益になるようなことの禁止と、他者を意味もなく私利私欲だけで傷つけることの禁止」
奴隷にしたベイクドに命令を下す。
意図として、主人の俺へと反逆できないようにするためのもの。
加えて、悪事をしないようにという思惑の命令。
プリケツに命令したものと似ているが、あちらに比べるとあえて少し緩くしている。
あまりがんじがらめにすると貴族としての仕事に支障が出るかもしれないからな。
1から10まで清廉潔白では敵の多い貴族なんてやっていけない。
それくらいのことは俺だってわかるし、貴族として敵を蹴落とすくらいの悪事は仕方ないだろう。
もちろん、やりすぎるのはダメだが。
「あ、あの。赤ちゃんプレイは……」
「まっさきに気にすることが、それですか」
不安気な目で見てくるベイクドにため息が出る。
「相手が嫌がらなければいいですよ。ロロのように嫌がる人に対して、強制的に行うのは論外です」
「わ、わかった! よしっ」
ベイクドが嬉しそうにグッと拳を握る。
これがノータリン男爵家の未来の当主で、ここら一帯の領主になる男か。
俺はどうしようもない現実に遠い目をした。
「あと、ロロのような違法奴隷がまだいるなら全員解放してください。必要であれば解放後の保護や支援も」
「ああ、その通りにしよう。ロロに対する保護と支援は?」
「ロロ、いるか?」
「えと、しばらくの生活資金がもらえれば、それ以外は必要ないです。……ノータリン男爵家に保護されてベイクドさまと同じ屋根の下なんてもう絶っっっっっ対に嫌なので」
「そんな……マ、ママ……」
うるうると悲しそうな目をするベイクドを、ロロはゴミを見るような目で見下す。
「ママって呼ばないでください。本当に気持ち悪いです」
「ああ! その目も、イイ! 幼い少女にぞんざいな扱いをされ、見下され、罵倒され……ハァ、新しい扉が開いていく。今までのママは、みんな奴隷だったからこんな扱いされたことなかった。だから気づかなかったんだね。ああ、なんてことだ。僕はまた楽園に1歩近づいてしまったらしい――」
しまった、ベイクドは無敵だったようだ。
よくわからないが楽園とかいうものに近づいたらしい彼に対して、逆に俺とロロは揃って3歩くらい物理的な距離をとった。
「に、兄さん。ロロは俺が保護するから。あと、なるべくロロには今後近づかないように」
「わ、わたしはレイスさんと一緒にいたいので」
「ハァ、残念だよ。せっかく僕にとって、運命の相手が現れたと思ったのに」
じっとりと熱のこもった目でロロを見るベイクド。
ロロはさっと俺の背に隠れると、俺の背中にしがみついた。かわいそうに、その体はぷるぷると震えている。
しまったな、ベイクドがここまで異常者だったとは。
これは、奴隷にするとかせず普通に死んでもらったほうが世のため人のためだったかな。
今すぐ彼のお望み通り死後の世界という名の楽園に送り込んでしまおうか。
俺は、わりと真剣に悩み始めた。
「っと、そうだ。たしか、ロロの種族は『小犬族』という話だったね?」
「そ、それがどうしました?」
「ああいや、ちょっとね。しかし『小犬族』か。『小犬族』……じゅるり。おっと、すまないね。これは日頃の赤ちゃんプレイの癖でね」
よだれを垂らしながら、にちゃりとした粘ついた気味の悪い笑みを浮かべるベイクド。
あんなに必死に隠していたのに、いざ知られたら清々しいほどにオープンになりやがった。
なんてことだ。
「と、とにかく。兄さんに下す命令はとりあえずこれくらいです。あと、違法奴隷を扱っている奴隷商を潰しておいておくように。では、これ以上同じ空間にいたくないので、さっさと帰ってください」
そう言って、ベイクドを帰らせる。
彼は俺の奴隷となったが、基本的には今まで通りの生活を送らせる予定だ。
奴隷であることを公表する気もない。
奴隷商を潰すこともそうだが、俺の立場ではどうしようもないことがあればベイクドの次期領主という立場が役に立つからな。
そのままノータリン男爵家を継いでくれればいい。
「さて、俺たちも街に帰るぞ。っと、そういえば16歳のロロは歳上だったか。敬語とか使ったほうがいいか?」
「イヤです! 敬語なんて使われてしまったら、距離が離れちゃう感じがしますし……」
「そうか? じゃあ、このままでいかせてもらう。ロロも、俺に敬語を使う必要はないぞ」
「うん! えっと、レイスさん、じゃなくてレイスくんかな? 改めてよろしくね、レイスくんっ!」
ロロは嬉しそうに笑うと、俺の腕に抱きついてくる。
「歩きづらいんだが」
「だめ?」
「別に、ダメとは言わないけど」
「えへへ。じゃあ、このままで。レイスくん、ずっと一緒にいようね! 離さないからね……絶対に」
「あ、うん」
なんか今、背筋にすごい悪寒が走ったんだが。
キョロキョロと周囲をうかがうが、別に強力な魔物がいたりというわけではなさそうだ。
周りにいるのは、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら俺の腕に抱きついているロロだけ。
気のせいか?
まあ、気のせいだよな。
俺は気を取り直すと、俺は森を出て街を目指した。
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