剣士なのでまた奴隷を手に入れる
「さて、俺の勝ちでいいですよね」
「は! いや、待て! ここに予備の杖が!!」
「【
「あばあああああああ!!!!」
ベイクドは半分に斬り飛ばされた予備の杖を握りながら、ぷるぷると震えだした。
「う、嘘だ……エリートのこの僕が、無能のレイスなんかに」
「嘘じゃないですよ。現実です」
「ひ、ひい! く、来るな!」
俺がベイクドの方へと近づくと、彼は怯えた様子でへたり込んだ。
「では、決闘の代償を払ってもらいましょうか」
「い、嫌だ! 認めない! 僕は死にたくない!!」
まったく、ベイクドもか。
この反応はついさっき見た、プリケツのものとほとんど同じだ。
なんで揃いも揃ってこんな情けない姿を晒すのか。
決闘に命を賭けたのなら、自分から進んで切腹するくらいの気概は見せないとダメだ。
遊びじゃないんだから。
俺はため息を吐く。
「はあ。別に命まで取る気はありませんよ。別に兄さんを殺したいわけでもないし」
「そ、そうか! いや、良かった! やっぱり、僕たちは家族だからな! 家族の絆っていうのは――」
「――奴隷にします」
「……え?」
ベイクドは間抜けな顔をして固まる。
「レ、レイス? 今、なんて言ったんだい?」
「奴隷にする、と言いました」
「……み、認めないいいいいいいいい!!!!!」
俺の言葉を聞いたベイクドは、顔を真っ赤にして目を血走らせながら叫び出した。
「認めない認めない認めない認めない認めないいいいいいい!!!!! 僕が! この僕が! ノータリン男爵家嫡男のエリートたるこの僕が! 世界のゴミとも言える貴族の生まれでありながら魔法を使えない無能のレイスなんかの奴隷になんて!! 認めないいいいいいいい!!!!」
小さな子どものように地団駄を踏んで。
みっともなく現実逃避して喚き散らすベイクドに、俺はうんざりしながら言葉を返す。
「兄さん。決闘は神に捧げる神聖な儀式ですよ。その結果を認めないなんて、それは背神行為です。王国民として、貴族として、人間として、終わりですよ」
「あっ、ぐっ……くっ!!!」
俺の正論に、ベイクドは言葉を詰まらせる。
「だ、だけどね、レイス。矛盾してるよ? 違法奴隷のロロを解放するために始めた決闘で、僕を望まぬ奴隷にするなんてそれこそ意味がわからないよね?」
「いえ、兄さんは決闘に命を賭けた。その命の使い道を、勝者である俺が奴隷と定めた。であれば、これは兄さんが奴隷になることを自ら望んだということに他ならない」
「他なるううううう!!!! 絶対、圧倒的に、森羅万象の摂理として他なるううううう!!!!!」
まったく、頑なだ。
プリケツの方がまだ潔かったかもしれないな。
……そんなに変わらないか。
俺は1枚の紙を取り出して兄に見せつける。
「まあ、兄さんの意思なんて関係ない。さっさとこれにサインをしてください」
「魔法契約書!? なぜ持ってる!!??」
魔法契約書は、契約魔法が付与された魔道具の一種。
ここに書かれた事柄は、契約を結んだ双方が絶対に破ることのできない強制的な力を持つようになる。
奴隷の反逆を防ぐため、奴隷契約において一般的に用いられる代物だ。
「あらかじめ、用意しておきましたので」
「なんで!? そんなものあらかじめ用意しておくものじゃないよ!!!??!!?」
実はプリケツの一件があって、また似たようなことが起こるかもしれないと常備しておくことにしたのだ。
なかなか値が張るものだが、プリケツはCランク冒険者としてかなりの資産を貯め込んでいたので助かった。
まさか即日使う羽目になるとは思わなかったけど。
「い、嫌だ! イヤイヤイヤイヤ!! 書きたくない!」
「赤ちゃんみたいに駄々をこねないでください」
「あ、赤ちゃん!!!??!? ち、違う!! 僕は赤ちゃんじゃない!!!!」
「え、なんで赤ちゃんって言葉にこんな過剰反応するの……こわ……」
イヤイヤと首を振るベイクドの姿に、呆れを通り越してドン引きする。
口では赤ちゃんではないと言っているが、その姿はなぜかとても様になっていて気持ち悪かった。
「もういいですから、早くサインしてください。死ぬよりはいいでしょう?」
「ぐっ……くっ……!! わ、わかった! わかったけど、僕は赤ちゃんじゃないからな!! くれぐれもそれだけはよろしくッ!!!!」
「なんなのこの人……」
何はともあれ、ベイクドはしっかりと奴隷契約の文言を書き込んだ魔法契約書にサインしてくれた。
これで、晴れて彼は俺の奴隷になったということだ。
「では、さっそくロロを奴隷から解放してください」
「わ、わかった。ロロ、君を僕の奴隷から解放する! 君と結んだ魔法契約は、僕の意思のもとここに破棄させてもらう!」
ベイクドが宣言すると、ロロの体から魔力の塊のようなものが抜けて出ていく。
おそらく、この魔力塊が契約魔法の核のようなものなのだろう。
「どうだ、ロロ?」
「な、なんだか体が軽くなったような……? これで、わたしは奴隷じゃなくなったんですか?」
「そうだ。これからは自由だ」
「レ、レイスさん……! わたし……わたしっ!!」
ロロは感極まったように涙を流し俺に抱きついてくる。
平和に暮らしていたところいきなり奴隷狩りにあい、それ以来は奴隷として最悪の日々を送ってきたのだ。
彼女の苦労を考えると、奴隷から解放された歓喜はどれほどのものか。
涙を流さずにはいられないだろう。
「レイスさん、ありがとうございますっ! こんなわたしをオーガから守ってくれて、奴隷からも解放してくれて! レイスさんは、強くてすごくてかっこよくて……本当に素敵な人ですっ!!!」
「大げさだ」
「大げさなんかじゃないですよ! わたし、レイスさんには本当に感謝してて……」
ロロは俺に抱きついたまま花が咲くようにはにかんだ。
「えへへ、なんだかわたし、物語のお姫様になったみたいです。こんなに素敵な王子様に助けてもらえるなんて、夢みたい」
「俺はそんな大したものじゃないぞ。でもまあ、それだけ喜んでくれるなら助けた甲斐があったよ。これからは、今まで不幸だった分も幸せになってくれ」
「はい! わ、わたし、レイスさんと一緒にいられたら、それだけでこの先ずっっっと幸せでいられそうですっ」
顔を真っ赤にして、そんなことを口にするロロ。
俺といるだけで幸せなんて、変なことを言うんだな。
「まぁ、解放した責任もあるし。ロロが俺と一緒にいたいって言うなら、好きなだけ一緒にいていいぞ」
「! そ、それって、わたしとけっ――」
「――あ、あの」
嬉しそうな顔で何かを言おうとしたロロだったが、彼女が言い終える前にベイクドが声をかけてきた。
「兄さん、なんですか?」
「あ、いや、あの。感動的な空気の中割り込んでしまって申し訳ないんだけど、1つだけロロにお願いがあってね」
「……なんですか?」
さっきまでめちゃくちゃ機嫌良さそうだったロロだったが、ベイクドが声をかけてきた途端なぜかむすっとした様子になってしまった。
急転直下だ。
それでも話は聞くようで、ロロはベイクドに目を向けた。
「ええっと、お願いというのはね。ロロには、どうか黙っていてほしいことがあって。その、アレのことなんだけど」
「アレ?」
俺はその漠然としたな物言いに首をかしげる。
「ロロ、何のことだかわかるか?」
「……はい。多分ですけど。この人の奴隷として、わたしが強制的にやらされていたことだと思います」
「なんだと」
ロロはとてもつらそうな表情を浮かべる。
そうか。
何かわからないが、ベイクドが隠そうとしているそれが今までロロを苦しめていたことなのだろう。
「ロロ、嫌じゃなかったら話してくれ」
「レイス!!!!??!?!!?」
ベイクドが驚愕の表情を浮かべるが、無視する。
「ロロを助けた者として、お前の苦しみを知っておかないといけない。つらいことがあるのなら、それを和らげるために力を尽くさなければならない。それが、ロロを助けた俺の責任だ」
「レ、レイスさん……」
ロロはじわりと涙を浮かべると、心細そうな顔で俺を見上げた。
苦しそうな彼女の頭を慰めるように撫でる。
ややあって、ロロは意を決したように口を開いた。
「……えっと、赤ちゃんです」
「ん? 赤ちゃん?」
ロロの言葉に、俺は首をかしげた。
「あああああああああああああああ!!!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」
困惑する俺とは裏腹に、ベイクドはその場でジタバタと暴れながら叫び出す。
「兄さん、うるさいので黙ってください。暴れるのも禁止です」
「……! ……!!!??!!!!」
面倒くさいので、俺は奴隷契約の命令でベイクドを黙らせる。
そうして静かになったところで、俺はロロに続きを促した。
「えっと、赤ちゃんというのは?」
「実は、その。赤ちゃんプレイを強いられて……お前がママになるんだよって。わけわからないこと言ってきて……おむつとガラガラで……あの甘えてきて」
ロロのあまりにもひどい境遇に俺は涙が出そうになる。
「もう、いいんだ。ロロはもう自由だ」
「はい、はい……!! 怖かった、怖かったです……あの人、本当に意味わからないんですっ!!」
涙を流して嗚咽するロロを俺は抱きしめる。
俺はこの世の醜悪の権化とも呼べる、度し難い存在であるベイクドを睨みつけた。
「兄さん、さすがにこれは度がすぎますよ」
「はっ! 喋れる!! って、違うんだレイス!! 僕は、たしかに赤ちゃんプレイをした! ロロには僕のママになってもらった! だけど、手は一切出していないんだ! だって、小さな少女は無垢の象徴! その無垢性を損なう行為は万死に値する!!」
「いやもう、兄さんの存在の方が万死に値すると思いますけど」
手を出していないからといって許される行為ではない。
「ロロみたいな小さな子どもに、なんてことを……」
「いやいや! 小さな子どもだからこそだろう!? 幼い少女でありながら発される、母性! その不均衡さこそ、尊き天上の楽園というべきもの!! 僕は、ただ1人のちっぽけな男として、楽園を目指していただけ……これは幼い少女を愛する、どこにでもいる真の男としてだね――」
「――あ、あの。わたし、子どもじゃないですよ?」
「へ?」
開き直った様子で雄弁に語っていたベイクドは、ロロのひとことに呆気にとられたように固まった。
「わたし、『小犬族』という獣人なので成長が10歳の頃から止まってるだけで……もう16歳の成人です」
驚いた。
身長が140センチの半ばくらいだから子どもだと思ってたけど、普通に俺より年上である。
しかし、そんな俺の驚きとは比較にならないほど、ベイクドは衝撃を受けたらしい。
目ん玉が飛び出んばかりに驚愕し、彼は絶叫した。
「それを早く言えええええ!!!! 容姿が子どものまま大人になるなんて、そんなの最高すぎるじゃないかッ!!!! 手を出しておけばよかったああああああああああ!!!!!」
あまりにも気持ち悪すぎるその叫びを聞いた俺は、無言でベイクドのケツを蹴り飛ばした。
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