剣士なら命を賭ける
「ふむ。近々お前を追放すると父上が言っていたけど……今日だったか」
ベイクドがニヤニヤと小馬鹿にするように笑う。
「はい。今朝、家を出て行けと言われました」
「そうか。いや、よかった。ノータリン家に非魔法使いの無能がいるなんて、醜聞でしかないからね」
それで、とベイクドを俺の背後にいるロロへと視線を向ける。
「なんで僕の奴隷が、君の後ろにいるんだい?」
「ひっ」
ベイクドに視線を向けられたロロは小さく悲鳴を上げて小さくなる。
かわいそうに、よっぽどひどいことをされたのだろう。
俺はベイクドの視線を切るようにロロの前に立つ。
「兄さん。いくら奴隷でも、魔物の囮として置いていくなんてありえないですよ。奴隷だって人間だ」
「へえ、言うね」
「それに、こんなに怯えさせて。ロロにいったい何をさせたんですか?」
俺が尋ねると今までニヤニヤしていた表情が一変して、慌てた様子で口を開く。
「べ、別にそんなのどうだっていいことだ! き、君には関係ない!」
「レイスさん……あの、わたしにマ――」
「――言うな! ロロ、それについては何も言うな! これは命令だ! いいな! 絶対に言うなよ!!! 絶対だ!!!!」
「っ!」
何かを言いかけたロロだったが、奴隷契約によって無理矢理黙らされる。
慌てた様子だったベイクドは、ロロが口を閉じたことで落ち着きを取り戻した。
「はぁはぁ……とにかく、君は僕たちとは関係ない。ロロを返してくれ。死んだと思ってたが、生きているならそれは僕のものだ。というか、オーガはどこに行ったんだ?」
「オーガなら、俺が倒しました」
「は? 君が、オーガを? 魔法の使えない無能のレイスがCランク魔物のオーガを? あはははははは!!!!」
俺の言葉に、ベイクドは堪えきれないと言った様子で腹を抱えて笑い出す。
「冗談きついね。君がオーガに勝てるわけがないだろう? さすがにその冗談は無理があるよ」
「本当ですよ。オーガの魔石はここに」
俺はオーガから回収した大きな魔石を取り出す。
体が魔力によって形成されている魔物は、核となる魔石を取り出されると霧散して消えてしまう。
そのためオーガの亡骸を見せることはできないが、Cランク魔物の大きな魔石を見せれば証明になるだろう。
そう思って魔石を見せたのだが、ベイクドは違う解釈をしたらしい。
「嘘をつくな。オーガは魔法を使えない無能が倒せる魔物じゃない。どうせ、オーガは立ち去っただけだろう? その魔石も街で買ってきたものだ」
それなら、どうして囮として取り残されたロロが生きているのかが疑問になるが。
ベイクドの中では俺がオーガを倒したという事実よりも、オーガがロロを見逃して立ち去ったという妄想の方が現実的なのだろうな。
「それより、僕はそろそろ帰りたいんだ。高貴な僕にこんな土臭いところは似合わない。父上に言われて来たが、もううんざりだ。行くよ、ロロ」
ベイクドの言葉に、ロロはびくりと震える。
俺は彼女の頭を安心させるように撫でて、立ち去ろうとするベイクドを呼び止める。
「兄さん、ロロは奴隷狩りにあった違法奴隷です。奴隷なんて境遇にいていい存在ではない。解放してください」
俺の言葉に、ベイクドは面倒くさそうに答えた。
「はぁ……別に、そいつが違法奴隷だってことくらい知ってる。そういう店で買ったからな。というか、そんなことどうでも良くないか?」
「どうでもいい、ですか?」
「そうだ。だって、誰がどこで奴隷狩りにあって望まぬ奴隷になったとして、それで僕に何か悪影響があるのかという話だ。むしろ、普通は出回らないような良い奴隷が買えるんだから良いことじゃないか」
ベイクドは平然と、当然のことを言うように語る。
そうして俺を嘲るように笑った。
「解放なんて、するわけない。ロロは僕のものだからね。レイス、部外者の君は黙っていてくれ」
「そうか……」
どうやら、説得は意味がないらしい。
話し合いで解決できるならそれが一番良かったけど、そうじゃないならやるべきことはひとつだ。
「なら、兄さん。決闘しましょう」
「え?」
俺が言うと、ベイクドは呆気に取られた顔をする。
「き、君……正気か? 非魔法使いのレイスが、ノータリン男爵家の後継であるエリートのこの僕と決闘? 無能で役立たずの弟だとは知っていたけど、さすがにここまで馬鹿だとは思わなかった」
「本気です。俺が求めるのは、もちろんロロの解放」
「ふうん。それで、君が負けたらどうするの?」
「俺は命を賭けます。兄さんが勝ったら、俺のことは煮るなり焼くなり殺すなり好きにするといい」
「!? レ、レイスさん! わたしのために命を賭けるなんてそんなのダメです!」
「心配ない。任せろ」
青い顔で声を荒げるロロの頭を撫でる。
「……ははは、くくくくくくく……あははははははははは!!!!! 馬鹿だ! 馬鹿がいる!!!!」
俺の言葉を聞いたベイクドは、面白くてたまらないといった様子で腹を抱えて笑い出した。
「君、忘れたのかい? 今まで僕と君は何度も戦って来たじゃないか! その結果は、1000戦1000勝! 当然僕の全勝だよ。そんなんで決闘を挑むなんて、馬鹿すぎるにも程がある!!」
「それで、受けてくれますよね?」
「ああ、もちろん受けるよ。エリートの僕が決闘を挑まれて断るなんてつまらないことはしないさ! もっとも、このエリートの僕がチンケな棒きれを振り回すだけの君に負けるわけがないけどね!!」
ベイクドはそう言うと、杖を取り出す。
「君が命を賭けるなら、当然僕も命を賭けるよ! エリートとして当然の矜持だ! もっとも、勝ちの決まった決闘で命を賭けたところで意味なんてないけどね!! はははははは!!!」
ベイクドが杖を構えたので、俺も鞘から剣を抜く。
「さあ、行くよ! いつもみたいに、君を僕の素晴らしい魔法の実験台にしてあげよ――」
「――
嬉々として無駄話を語るベイクド目掛けて、空を斬るように剣を振る。
剣は届くはずもない距離。
しかし、俺の斬撃は衝撃波となり――ベイクドの魔法防御を砕いてその先の彼の杖を斬った。
「え?」
手の中の杖が短くなりあぜんとするベイクド。
発動媒体となる杖がなければ、魔法使いは魔法を発動できない。
杖を必要としない優れた魔法使いもいるが、ベイクドがその領域の魔法使いでないことなどよく知っている。
「え、な、なんで? これ、杖……僕が、1000回勝ったのに……?」
「そう言えば、お礼を忘れてたな。兄さん、わざわざ毎日、飽きることなく1000回も付き合ってくれてありがとうございました」
「は、え、は???」
「――兄さんの魔法の威力はちょうどよくて、俺の魔法への耐久力を高める鍛錬にちょうど良かったですよ」
呆けた顔で固まるベイクドに俺はにっこりと笑いかけた。
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