剣士は理不尽に憤る
オーガを倒した俺は振り返ると、襲われていた少女に声をかける。
「オーガは倒したからもう安心だ。怪我はなかったか?」
「は、はい! 剣士さんのおかげで!! 助けていただき、本当にありがとうございます!!!」
少女はキラキラとした目で俺を見て、興奮した様子の真っ赤な顔で礼を言う。
改めて少女の姿を確認する。
手入れされた茶色の髪は肩ほどまで伸びており、前髪は目元が隠れるほどに長くなっている。
服はボロボロで、足元は素足に足枷という装いからおおよその境遇は推察できる。
そして特徴的なのは、頭頂部付近にあるまるで犬のような2つの耳。
この少女は、どうやら獣人のようだ。
「わ、わたし、ロロって言います! 剣士さんのお名前を聞いてもいいでしょうかっ!」
「ああ、俺はレイスだ。よろしく、ロロ」
「はいっ!」
俺が名乗ると、ロロは花の咲くような笑顔で元気よく返事をしてくれた。
「レイスさん本当に強くてすごかったです! レイスさんが素敵すぎて、わたし……」
ロロが熱に浮かされたような真っ赤な顔でそわそわとする。
ふむ、どこか体調が悪いのだろうか。
本人は怪我はないと言っているし、見た目にも怪我は見当たらない。
だけど、本人でも見た目でも気づけないこともあるし。
「失礼」
「へ!?」
ひとこと断ってからロロの前髪を上げておでこに手を当てる。
なるほど、熱はなさそうだが。
「熱はないか……ロロ、前髪上げた方がいいぞ。水色の綺麗な目もかわいい顔も台無しだ」
「か、かわ!? あわわわわわわわわ」
なぜだろう。
熱はないはずなのにもっと真っ赤になってしまった。
「っと、初対面で無遠慮だったか。悪いな」
「い、いえ、だいじょぶです! むしろ、あの、その……」
いや、失敗だった。
前世ではロロくらいの年頃の妹がいたから、ついそのときの感覚で熱を測ったりしてしまった。
初対面でやったらそりゃあ嫌がられるよな。
「ところで、ロロはなぜこんなところに?」
ここは魔物の出る森で、ロロのような戦う力を持たない人が来ていい場所ではない。
俺が尋ねると、彼女は顔を暗くして答える。
「え、えっと。……レイスさんはお察しかもしれませんが、実はわたしは奴隷で。主の魔物討伐に連れてこられたんです。それで、オーガに遭遇してしまって囮に」
「置いてかれたのか」
ロロは、こくりと頷いた。
「ひどいな。奴隷だからって、やっていいことと悪いことがあるだろ」
奴隷だって人間だ。
こんな人を人と思わない扱いをするなんて、そいつの顔を見てみたいものである。
人間性を疑う。
しかし、獣人の奴隷か。
「……ロロはもしかして、奴隷狩りにあったのか?」
「はい……いきなり捕まえられて、わけもわからないまま奴隷にされてしまって」
「つらいことを聞いたな」
じわりと涙を浮かべるロロの頭を撫でてやる。
こんなことで彼女の慰めになるとは思えないが、少しでも気休めになればいい。
「それにしても、やはり違法奴隷か」
奴隷は、大雑把に分けると2種類ある。
1つが犯罪を犯した者が奴隷となって償う犯罪奴隷や、支払えない借金を鉱山労働などで返す借金奴隷といった正規の奴隷。
もう1つが、奴隷狩りなどで本人の意思を無視して強制的に奴隷にされる違法奴隷。
これは当然国に認められたものではない。
身近な例で言うとプリケツは決闘の正当な代償として奴隷になったので正規奴隷になるが、ロロの場合は言わずもがな違法奴隷だ。
とくに奴隷狩りの標的にされやすいのがロロのような獣人。
なぜなら獣人は種族的な特徴として魔力を持たず、魔法が使えない劣等種とされているから。
「さすがに見過ごせないな」
決めた。
ロロのことは俺がなんとかしよう。
俺は聖人ではないから、世界中の困ってる人を全員助けてやろうなんて大志は抱けない。
だけど、目の前で理不尽な目にあっている女の子1人を助けるくらいの善意はあたりまえに持ち合わせている。
そして、悪を許さない剣士としての矜持も。
「ロロ、安心してくれ。お前は俺が奴隷から解放してやる」
「レ、レイスさん……助けてくれるんですか?」
「任せろ」
「うわーん! レイスさん!!」
「おっと」
感極まったように涙を流すロロが抱きついてきたので、とっさに受け止める。
罪のない小さな子どもが奴隷なんて、本当に反吐が出るほど理不尽な話だ。
やはり、悪というのは度し難い。
「さて、そろそろか」
少し前から聞こえてきていた足音。
音の重さから、おそらく成人男性のもの。同時に衣擦れの音などもするので、魔物ではなく人間だ。
鋭敏な聴覚でそれを感知していた俺は、その足音のする方へと視線を向ける。
すると、少ししてその男は現れた。
「! レイスさん……」
男を見た瞬間、ロロは怯えた様子で俺の背中に隠れる。
その反応で確信した。
こいつがロロの主で、彼女をオーガの前に囮として置いていったやつなのだ。
しかし、まさかこいつだったとは。
俺はその男に見覚えがあった。
「んん? なんで君がここにいるんだい、出来損ないの能無しレイス君?」
「そうか、兄さんだったか……」
そこにいたのは――ベイクド・ノータリン。
ノータリン男爵家長男であり、俺の実の兄でもある男だった。
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