剣士は優しい

 ケッツを奴隷にした俺だが、別に酷い扱いをしようなどとは思っていない。


 いきなり他人に殴り掛かったり罵詈雑言を与えたり。

 そんな真性のクズである彼が、俺の奴隷として社会に貢献できる真人間になってくれれば俺は満足なのだ。


 奴隷に対してひどい扱いなんて、俺は決してしない。


「――とりあえず、5割にしましょうか。ケッツさんの稼ぎからもらう俺の取り分は」


「あ? ふざけたこと言うな殺すぞ」


「ふむ。やっぱり、6割にしますね」


「お、おい!? お前何言ってやがる! 俺の金はすべて俺のだ! 魔法を使えねえクセに調子に乗りやがって!」


「7割」


「おい! 話聞けやこの無能野郎!!」


「8割」


「!? ク、クソ……!!」


 よし、文句を言わなくなったのでどうやら納得してくれたみたいだ。


 ケッツは奴隷のくせになかなか口が悪いクズなのが困るが、こうしてお互いの意見をすり合わせることでちゃんと分かり合えることができる。


 こうやって少しずつ、真人間になってくれればと俺は思う。


「……この奴隷契約がなくなった瞬間、地獄を見せてやるからな。今は契約で縛られて攻撃できねえが、いつか絶対殺す」


「ではケッツさん。9割で決定でいいですね?」


「!!!??!!?!!?」


「あ、あと手持ちの資金が無いので、貯金からも9割もらいますね」


「!!!!!????!??!!????!!」


「返事は?」


「わ、わかった……!」


 顔を真っ赤にしながらすごい形相をしているが、俺の提示した条件に満足してくれたみたいだ。


 よかった。

 俺は奴隷の扱いなんてわからないので、どれくらい奴隷の上前をはねるべきか悩んでいたのだ。

 しかし、こうしてお互いに納得できる条件ならそれがベストというもの。


 人によっては奴隷の稼ぎを全部自分のものにしようという人もいるだろうけど、さすがに俺はそんな酷いことはできないからな。


「あ、安心してくださいね。俺は奴隷をぞんざいに扱うことなんてしませんから。奴隷だって、人間ですからね」


「嘘つけ!」


「嘘ではないですよ。たとえ犯罪者だとしても、真人間を目指して懸命に社会に奉仕するのであれば俺は敬意を払いますから」


「ぐ、くそっ!」


 そう、犯罪者。

 実はこのケッツという男、犯罪者なのである。


 この沸点の低さと滲み出る人間性の欠如からもしやと思った俺は、絶対服従の奴隷契約を利用して今までの犯罪歴を語らせたのだ。


 すると、出るわ出るわの犯罪経歴。

 殺人、暴行、強盗と何度も犯罪を行なっては巧妙に隠し続け、さらには盗賊団との繋がりもあるという。


「ケッツさんに下す命令は、3つ。俺に不利益や危害を与えること、それに準ずる行為の禁止。悪人以外の他人を肉体的、精神的問わず自衛以外で傷つけることの禁止。善行を働いて、積極的に社会に貢献すること」


 ケッツは本来なら牢屋にぶち込まれるべき人間だ。

 だけど牢屋の中で税金飯を食いながら罪を償うよりも、今までの悪行を上回る善行をして社会に貢献する方が人々のためになる。


 なので、ここは勝手な判断だが俺の奴隷として人々に奉仕してもらうことにした。


「善行だあ? ふざけんな、んなもんやってられっかよ。人を助けろだの社会貢献だの、頭お花畑すぎて反吐が出るぜ」


「ケッツさんの意思は関係ないですよ。もう命令したので、奴隷契約に縛られるケッツさんは俺の命令に反することはできません」


 と、そんなとき。

 街を駆ける1人の少女が、ケッツの目の前で転びそうになる。

 しかし少女が転ぶことはなかった。

 なぜなら、ケッツが迷いのない動きで少女を助けたからだ。


「おっと、危ねえぜ嬢ちゃん。あまり街中を走るもんじゃねえぞ」


 そんな優しい言葉とは裏腹に。

 ケッツの顔は鬼のような形相で、自身の善行に対して怒髪天をつく怒りを感じている様子が見てとれた。


「あ、ありが――ひいいいいいいい!!」


 ケッツの顔を見た少女は全速力で走り去っていく。


「はあ、ダメですよケッツさん。それじゃあ、人を助けたとはいえません」


「クソ! クソ! クソ! 体が勝手に動きやがったッ!!! 冗談じゃねえふざけやがって!! 善行するくらいなら死んだほうがマシだ!!!」


 真っ赤な顔でぷるぷると怒りに震えるケッツ。

 今にも周囲に当たり散らしそうな雰囲気だが、それは俺の命令で禁じられているのでできない。


 まったく、これだから真性のクズは。

 俺はため息を吐いて、新たな命令をケッツに下した。


「ケッツさん。笑顔です。笑顔を浮かべてください。あなたの顔は社会貢献をするにはいささか不向きなので、これからは一生死ぬまで常に笑顔を浮かべるように」


「ぐ、ぐぎぎぎぎぎがががががが!!! か、顔が勝手にい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙!!!」


 にっこり。

 俺の命令によってケッツはそれはもう、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


 これには俺もにっこり。

 この見事な笑顔ならきっと、さっきの少女も怖がることはなかっただろう。


「いいですね。その調子、いい笑顔です」


「殺す」


 にっこり。


「あっと、俺以外に汚い言葉を使ってはダメですよ。多少のストレス発散は認めるので、俺に言うだけなら構いませんけど」


「殺す」


 にっこり。


「それと、名前も変えましょうか。ケッツでは少し威圧感がありますし。……これからはかわいらしくプリケツと名乗るように」


「殺す」


 にっこり。


「では、プリケツさん。これからは俺の奴隷としてよろしくお願いしますね。あ、丁寧な言葉ももういいか。改めてよろしく、プリケツ」


「殺す」


 にっこり。

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