剣士なので奴隷を手に入れる

 静寂が、場を支配する。


 ややあって、最初に口を開いたのはケッツだった。


「み、認めねえ! 認めねえぞ! 俺が、お前なんかに……魔法を使えねえ無能なんかに負けるわけがねえ!!!」


 首をぶんぶんと横に振り、必死に目の前の現実から目を背けようとするケッツ。


「ですが、俺の勝ちですよ」


「んぐ!?」


 喉に突きつけた剣を少し押すと、ケッツは青い顔をして口をつぐんだ。


「さてケッツさん――この世にサヨナラする準備はできましたか?」


「!?!!??」


 青を通り越して真っ白な顔で、ハアハアと過呼吸気味に息を切らすケッツ。


「あ、わ、悪かった! 馬鹿にして悪かった!! 俺が全部悪かった!! お前の強さはよくわかった! お前に対する今までの言葉はすべて撤回する!! すまん!! 本当にすまん!!!」


 ケッツはその場で地面に五体投地をして、俺への謝罪の言葉を口にする。

 土下座である。

 この世界にも土下座の文化があるんだなと俺は思った。


「そうですか。俺や剣に対して謝罪すると。それはありがとうございます。おかげで、少し気が晴れましたよ」


 俺自身に対する罵倒はともかく、剣や剣士に対するものはかなり苛立っていたのだ。

 謝ってくれるのなら、多少は胸が空くというもの。


「じゃ、じゃあ!」


 俺が謝罪を受け取ったことで、ケッツの顔がパァッと明るくなる。

 とても嬉しそうな笑みだ。

 何かいいことでもあったのだろうか。


「――では、賭けの対象になったケッツさんの命についてですが」


「!!?!?!!???!!!?」


 俺が言うと、ケッツは驚愕の表情を浮かべる。


「え、あれ!? 謝った、謝ったよな俺! なあみんな! 俺今ちゃんと謝ったよな!!??」


 ケッツがそう言って周囲の観客に視線を向けると、彼らは青い顔をして頷いた。


「ほ、ほら! みんな俺が謝ったって言ってるぞ!!」


「そんなの、知ってますけど」


 謝ったなんて、別にアピールされずともわかる。

 土下座してたし、俺はそれをちゃんと見ているし。


「な、なら! 俺の命も助けてくれるだろ!? だって、謝ったじゃねえか!?」


「いや、それは別の問題ですよ。決闘による賭けは絶対。そんなの、常識じゃないですか。謝るとか謝らないとか、関係ないです」


「わ、わあ……あ……!」


 泣いてしまった。

 大の男が。

 歴戦っぽい顔に傷のあるCランク冒険者の大人の男が、衆人環視の中でみっともなく泣いてしまった。


「ハァ」


 俺がため息を吐くとケッツはびくぅっと体を震わせた。


「死にたくないならなんで命を賭けたんですか?」


「そ、それは勝てると思って……」


「話にならないですね」


 俺は土下座の体制のまま跪くケッツの首元に、剣を突きつける。

 すると、ケッツは絶望したような表情を浮かべた。


「あ、ああ……」


「うわ。失禁してる」


 汚い。とても汚い。

 仮にもこのギルドのトップ冒険者の1人なのに、こんな衆人環視の中で失禁までするなんて。

 そんなの、俺だったら恥ずかしくて切腹する。


 ケッツを見る周りの観客の目は、それはもう汚物を見るような凍えた視線となっていた。

 仮に俺がこいつをここで見逃したところで、もう居場所なんてこのギルドにないだろうな。


「あ、あの、レイスさん。その辺でいいんじゃないでしょうか……」


「受付嬢さん、起きたんですね」


 話しかけてきた受付嬢へと応じる。


「えっと、実は途中から起きてて。あと、私の名前は受付嬢ではなくルネッタです。……そ、それでその、ケッツさんもすごく反省しているみたいですし――」


「――おっと、失礼」


 最後の抵抗なのだろう。

 俺にバレないように蚊のような小さな声で魔法の詠唱を始めたケッツの口の中に、靴をぶち込むことで封じる。


 まったく、油断も隙もないな。

 やはり、こういう当たり前のように他人を罵倒し傷つけるクズは信用ならない。

 謝罪なんてただのポーズで、本心では反省など1ミリもしないのだ。


 見ろ、ケッツの手を。

 絶対離してなるものかと言わんばかりに、魔法の杖を握りしめまくっているではないか。


「それで、何の話でしたっけ」


「あ、あはは。何でもないです……」


「? そうですか」


 さて、さっさと終わらせるか。

 実力は示せたから冒険者になることはできるだろうし。


 俺が冒険者になるために役立ってくれたケッツには感謝して、せめて痛みを感じることなく終わらせてあげよう。


 と、そこで。

 ギルドの建物の方から何やら小太りのオッサンが急いだ様子でやってきた。


「ギ、ギルドマスター!」


 受付嬢、改めルネッタさんがホッとした様子で言った。


 ふむ、こいつがこの冒険者ギルドの代表か。

 おそらく50代くらいの男だ。

 禿げ上がった頭には申し訳程度の髪の毛が残っていて、鼻の下にはちょび髭を生やしている。


 ぜえはあと息を切らし、ハンカチで汗を拭う小太りの男は俺の前にやってくると口を開いた。


「はあはあ、君がこの騒ぎの……はあ、元凶だね?」


「騒ぎとか元凶とか人聞きが悪いですね。これは決闘です。神へと捧げた、神聖なる決闘ですよ」


「け、決闘!? はあはあ、あいやすまないね。まだ事態を把握しきれていなくてね」


 男はしばし息を整えると、再び口を開く。


「申し遅れた。私はこのギルド――『冒険者ギルド・タリン支部』支部長のハゲッタ・バーコードという。見覚えがないのだが、君はいったい?」


「レイスです」


「そ、それだけ?」


 そんなこと言われても、俺は家を追放されたので家名なんてないのだ。

 名乗れる名前なんて他に無い。


「ギルドマスター、私が説明します」


 ルネッタさんがそう言うと、今のこの状況についてハゲッタに説明を始めた。

 話を聞く限りその説明は客観的で、事実を端的に言っているようだ。

 俺やケッツのどちらかに肩入れせず説明しているあたり、彼女の有能さがわかる。


 まあ、この事態になったそもそもの原因はルネッタさんが俺を冒険者にするのを渋ったことだけど。

 それも俺を心配してのことだったわけだし、別に恨んではいない。


「な、なるほど。――え、話を聞いてもよくわからないんだけど」


 ハゲッタは困惑した様子で言った。


「あいやとにかく、問題になっているのは決闘の賭けの内容だね。剣士が魔法使いに勝ったとか信じがたいけど、この現場を見る限り真実みたいだし」


「別に問題じゃないですよ」


 お互い合意した上で成立した決闘による賭けだ。

 ケッツは何やらごねているようだけど、すでにこいつの命は俺の手のひらの上で確定している。

 問題になるようなことじゃない。


「あいや、その通りなんだけどね。いやあ、ケッツ君は実はこのギルドの中でもかなり優秀な人材でね。ちょっと、死んでしまうと困るというか……」


「でも、ケッツさんの命は俺のものですよ」


「そ、そうなんだけどね。別に、命を取るまでしなくていいんじゃないかな? ほら、言うことを聞いてもらうとか。いろいろあるだろう?」


「ふむ」


 ハゲッタの言葉に、たしかにと思う。

 別に俺は人を嬉々として殺すような人間ではない。

 ケッツにはむかついたが、別に進んで殺したいとまでは思わない。


 ただ、決闘で決まった賭けを手っ取り早く遂行しようとしただけ。

 他に有効な使い道があるならそれに越したことはない。


 俺は少し考えてから、口を開いた。


「なら、ケッツさんの冒険者ランクを俺にください」


「え!?」


「そもそも、冒険者になるための実力を示すための決闘だったわけですし。実力を示した今なら冒険者登録を断られることはないでしょうけど、どうせなら高いランクから始めたいと思いまして」


 たしか、ケッツのランクはCランク。

 上から3つ目だ。どうせなら1番下から始めるよりCランクから始めたい。


「あいや、それはちょっと。冒険者ランクの制定は厳正なもので、私の一存では決めかねる」


「なんだ。ギルドマスターって言っても大したことはできないんですね。所詮は支部長か」


 がっかりである。


 何やらハゲッタが顔を真っ赤にしてぷるぷる震えだしたが、病気だろうか。

 もうかなりの歳みたいだから、少し心配だ。


「でもランクをもらえないなら、やっぱりケッツさんを殺すしか……」


「あいや! あいや待たれい! Dランク! Cランクは無理だがDランクなら私の権力で何とでもなる! 最下級のGランクから始めるよりは良いだろう!? 頑張って1つ上げればCランクだし!!」


「まあ、それなら」


 Cランクが欲しかったけど、Dランクをもらえるというならそれはそれでいいか。


 俺が納得の様子を見せると、ハゲッタは安堵の息を吐いた。


「――さて、そろそろ殺そうかな」


「あええええああえ!!? あいや、あいやいやいや! ちょっと待て! それ無しって、それは無しってことになったじゃん!! そういう話だったよな!? 幻聴? 幻聴アンド幻覚!? さっきまでの会話はなんだったんだ!!???!!!?」


「?」


「いや! あいや! 首をかしげてる場合じゃないだろ!! 首をかしげたいのはこっちなんだが!!??」


 ハゲッタは唾を飛ばしながらめちゃくちゃに騒ぎ出す。


「なんで!? なんで殺すの!? なんで殺すことをやめようとしないの!? 君は殺人大好き人間なの!!??」


「人聞きが悪いですね。別に、殺したくて殺すわけではないですけど」


「意味わかんない! なおさら意味わかんない!! なんなんだこいつ話が通じなさすぎるだろ!! Dランクにしてあげるから殺すのやめてって話だっただろ!?!??」


「それは俺の実力に対するギルドからの正当な評価ですよ。なにより、それだけだったらケッツさんは何もしてないじゃないですか」


「あいやたしかに……! 言われてみればそうかも!!」


 どうやらハゲッタも納得したようだ。

 Dランクをもらうだけでは、決闘の敗北に対するケッツの代償が何ひとつ履行されないままだ。

 それでは神聖な決闘を汚してしまう。


「そ、それでもケッツを殺すのはダメだ! 禁止! 絶対的に禁止!」


「そうですか」


 これだけ頑なに言われると、まあ殺さなくてもいいやという気になってくる。

 本当に殺したいわけではないのだし。


 それならばと、俺は少し考えて思いつく。


「わかりました。それなら代わりに――奴隷にします」


 うん。これだな。

 殺してはダメ。かと言って、殺さずにそのまま野放しにすればいずれ報復してくるかもしれないから危険だ。


 となると俺の命令に服従する奴隷にするのが無難だ。

 それに、これなら『命を賭ける』という賭けの内容にも合っている。

 奴隷にすることで命を握るわけだからな。


「うーん、まあ。それならいいか? 奴隷とはいえ冒険者のままなら仕事はできるだろうし、ギルドの戦力も減らない。その上この剣士もまあまあな戦力になりそうだし。戦力が増えれば本部からの私の評価も上がるし。……あいや、むしろ私にとってメリットしかないのでは?」


 俺の提案に、ハゲッタも納得した様子で頷く。


「あいやわかった! それでいこう! ケッツ君は今日から君の奴隷だ!」


「話がまとまってよかったです」


 俺はハゲッタと笑みを浮かべて笑い合う。


 そしてその隣で、ルネッタさんが信じられないものを見るような目で叫んだ。


「いや! 普通そうはならないですよね!!??!?」

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