剣士なら魔法くらい斬れる

 ケッツの後をついていくと冒険者ギルドの裏手に出た。

 そこはどうやらギルドに所属する人用の訓練場らしい。


「観客はいくらいてもいいよな?」


「どうぞ、お好きに」


 俺たちについてきた冒険者たちが訓練場の周囲を囲む。

 この感じだと、ギルドにいたほとんどが来ているみたいだな。


「レ、レイスさん。やっぱりやめた方が」


 こちらもついてきたらしい受付嬢が不安そうな様子で俺を見る。

 しかし俺は首を振った。


「やめる理由はありません。俺が勝つので」


「じ、自信がすごすぎる。この人、魔法使えないのに!」


 それにしても、本当にこの世界は魔法至上主義的な価値観が根強いのだな。

 受付嬢は最初からずっと俺の心配をしてくれていたりと、どちらかと言うと俺の味方をしてくれている。


 だけど、魔法が使えないという点だけで俺の能力に疑いを持ち続けている。

 どれだけ剣で戦えると言っても、聞く耳を持たない。

 やはり、剣士である俺が冒険者になるには実力で認めさせるしかないのだ。


 ケッツと決闘をする選択を選んだのは正しかった。


「おい、無能野郎。お前はこの決闘に何を賭ける?」


「無論、命を。剣に生きると決めた以上、剣で負ければそれは死と同義です」


「!!??!!!!?」


 受付嬢が白目を剥いて倒れた。

 かわいそうに、ぴくりとも動かず気絶しているようだ。


「へえ、威勢がいいじゃねえか。哀れな身の程知らずもここまでくると痛快だな。お前の首なんていらねえが、せっかくだし街の広場で無様なさらし首にしてやるぜ」


「いいぞ、ケッツさん! そんなやつやっちまえ!!」


「殺せ!!」


「冒険者をナメた無能に鉄槌を!!」


「ご自慢の剣をへし折ってやれ!!!!」


 周囲の観客が騒ぎ立てる。


「それで、ケッツさんは何を賭けるんですか? あっと、俺が命を賭けたからって、同じものを賭ける必要はないですよ。安心してくださいね」


 俺はケッツを気遣って笑いかけてやる。

 剣士として生きている俺は命を賭けることに対して抵抗ないけど、普通はそんなの嫌に決まってるからな。


 しかし、なぜかケッツは血管をはち切れさせんばかりの怒りの形相を浮かべた。


「……上等だ。俺も命を賭けるぜ」


「あれ、いいんですか?」


「ハッ、問題ねえよ。俺が無能のお前に負けるわけがねえんだからよ」


 まぁ、ケッツがいいというなら別にいいか。


 ケッツが懐から、杖を取り出す。

 魔法の杖だ。魔法使いは魔法の補助のために、杖を使って戦う者が多い。

 つまり、ケッツは武器を抜いたということだ。


 俺もそれに応えて剣を鞘から引き抜いた。

 適当な店で購入した数打ちの安物剣だが、かつて鉄を斬った俺の愛剣だ。


「本当に剣で戦うんだな。命を賭けた決闘だというのに、剣で戦おうなんて本物の馬鹿だよお前は」


「俺は剣士ですから」


「ハッ、仕方ねえから脳の足りねえお前に教えてやるよ。いかに剣士がクソザコで、魔法が最強なのかということをよ」


 そう言って、ケッツは語る。


「今、俺とお前との間には距離がある。15歩分くらいの距離だ。お前が剣を俺に届かせるのに必要なのは、この距離を埋めるだけの時間。だがな、それだけの時間があれば俺は魔法を5発は撃てる」


「……」


「つまり俺を斬る前にお前は、5発の魔法をどうにかしなければならない。ああ、ちなみに1つでも当たれば死ぬぞ。戦いの経験がないお前みたいなガキは知らないだろうが、魔物と違って脆い人間は低級魔法が1つ直撃するだけで簡単に死ぬ」


「……」


「でだ、そんな距離を頑張って詰めたとして。剣の攻撃なんて魔法使いには効かねえ。魔法使いには敵の攻撃に対して、自動的に発動する『魔法防御』という盾があるからな」


 ケッツは大仰に手を広げると、俺を嘲るように笑う。


「ここまで説明してやれば、脳の足りない身の程知らずの無能でもわかるだろ? 魔法使いに勝つには、同じ魔法使いであることが大前提。剣士なんて、魔法使いにとってはただの的。とっくの昔に戦場から消えた過去の遺物なんだよ」


 ケッツは手に持つ杖を俺へと向ける。


「根本的に魔法使いとそれ以外の人間とじゃ生物としての格が違う。お前はどれだけ頑張ったところで、俺には絶対に勝てない。この世とサヨナラする覚悟はできたかよ」


「いいぞー!!!」


「わざわざ説明してやるなんてケッツさん優しすぎるだろ!!!」


「殺せー!!!」


「魔法使いの強さを無能のカスに思い知らせ!!!」


 ケッツの言葉は、たしかに正しい。

 この世界において魔法使いという存在は絶対的強者だ。


 人間同士の争いはあるが、それはあくまでも魔法使い同士によるもの。

 魔法使いに非魔法使いが立ち向かったところで、ケッツの言う通り勝ち目などないとされている。


 だけどそんなのは関係ない。

 俺の憧れた剣士たちは、魔法使いに負けるのか?

 ――否。


「魔法使いが強いからって、それは俺が剣を鍛えることをやめる理由にはならない。普通の剣士が魔法使いに勝てないというなら、俺は勝てるまで努力をするだけです」


 剣を構える。


「ハッ、頭の中お花畑すぎて反吐が出るぜ。いいさ、お望み通り殺してやるよ!!!!」


 動くのは同時だった。

 俺が駆け出し、ケッツは魔法を詠唱する。


 1歩、2歩、3歩――魔法が飛んでくる。


「【ファイアランス】!!!!」


 ケッツの魔法に対して俺が取る選択は迎撃。


「――弐の剣【霧払きりばらい】」


 高速でせまる炎の槍へと剣を振るう。

 すると、炎の槍は俺の剣によって斬り捨てられ霧のように消え去った。


「!? チッ! 【ファイアランス】!!!」


 7歩、8歩、9歩――2つ同時に飛んできた炎の槍を、歩みを止めないまま回転しながら【霧払】で斬り飛ばす。


 10、11、12、13。


 距離をすべて埋めるまでもない。

 ここまでくれば、俺の剣は十分に届く。


「クソがッ!!! 魔法を斬るわ足もはええわふざけやがって!! だが、それでも魔法使いの魔法防御を剣ごときで破れるわけねえだろうがよ!!!!」


魔法防御それは、鉄よりも硬いのか?」


 剣を大上段に。

 両手に全身全霊を込め。

 構えた剣を、ただ振り下ろす。


「――壱の剣【斬鉄】」


 ケッツを守るように展開された半透明の障壁が、ガラスのような音を立てて崩れ去った。


「は?」


 あぜんとするケッツの首筋へ返す刃を突きつけて。

 そして、言い放つ。


「――剣士の勝ちですね」

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