剣士なので追放されても問題ない

「レイス、お前を我がノータリン男爵家から追放する!」


「あ、はい」


 この世界に転生して15年。

 晴々とした快晴の空が眩しいある日、そんな感じで俺は追放された。


 貴族でありながら魔法の才能がない俺を、ついに見限ったということなのだろう。


 金も何も持たされることなく、着の身着のまま放り出されてしまった。


「まぁ、剣と服だけあればいいけど」


 持ち物は適当な店で買った安物の直剣だけ。

 服は貴族らしいものはすべて没収され、どこからか持ってきたボロボロの服を着させられた。


「しかし、ちょうど良かった。貴族として生きるのは嫌だったし、これからは好きに剣が振れるようになる」


 家では剣を振っていると、家族や使用人からバチボコに怒られることがあった。

 あいつらの言い分では魔法は高貴なもので、剣は魔法を使えない無能者が身を守るために使用する下賎なものらしい。


 うるせえ○すぞ……と何度思ったことか。

 しかし、俺は前世日本人として分別を弁えているので犯罪者でもない人間を斬るつもりはない。

 だけど仮にあいつらが犯罪を犯したら、そのときは責任を持って俺が真っ先に斬りに行く所存だ。


 もちろん顔と名前はすべて記憶してある。


「さて、まずは冒険者ギルドか」


 冒険者ギルドというのは、主に魔物を倒して生計を立てる冒険者という職業の組合組織だ。

 戦闘力さえあれば金を稼ぐことができる仕事なので、剣士である俺に相応しい職業と言えるだろう。


 前世オタクだった俺としては、とても聞き覚えのある組織で馴染み深い。


 無一文で放り出された文無しの俺にはぴったりだ。


 しばし街を歩き冒険者ギルドへとたどり着く。

 両開きの大きなドアを備えた建物に入ると、さっそくとばかりに受付へと向かった。


「冒険者になりにきました」


「では、こちらの書類に記入をお願いします。字が書けなければ私の方で代筆をいたしますが」


「字は書けるので問題ないです」


 そう断って書類を受け取る。

 この国の識字率は日本ほど高くないが、一応貴族だったのでその辺はしっかりと教育を施された。


 名前や年齢などをさらさらと書く。

 それから『得意魔法』という欄があったのだが、俺は魔法なんて使えない。


 しかし、冒険者になるのは魔法使いであることが前提かのような感じで腹が立つ。

 本当にこの世界は魔法魔法とうるさい。剣士は冒険者になってはダメなのかと。


 むかついたので大きく『剣』と書き殴ってやった。


「ご記入ありがとうございます。……あの、この得意魔法欄の『剣』というのは」


「剣は剣です」


 受付の女性が訝しげに尋ねてくるが、俺はきっぱりと言い放つ。


「えっと、剣魔法とかそういうことでしょうか?」


「いや、剣です。ただの剣。逆に聞きますが剣魔法なんてあるんですか?」


「え、ええとどうでしょう」


 受付嬢はあたふたとしながら首をかしげる。

 何をそんなに慌てているのか、俺も一緒になって首をかしげた。


「つ、つまりレイスさんは剣を使うということで……?」


「最初からそう言ってますよ」


「し、失礼しました。あの、ところで魔法の方は」


「使えません」


「!?」


 俺の言葉に、受付嬢は目を見開いて驚いた。


「……使えないって、冒険者になるのにですか?」


「そうです。俺には剣があるので、魔法は必要ありません」


「そ、それは魔法が必要ない理由にならないのでは……」


 ナチュラルに剣を見下す受付嬢。

 仕方ない。この世界では剣の価値は低く、魔法の価値が剣の3000倍くらい高いから。

 しかし、それはそれとしてむかつきはする。


「何か不都合はありますか?」


「え」


「魔法が使えないと、冒険者にはなれないと。そういったルールなどがあるのでしょうか」


「そ、それはありませんが」


「なら、問題ないですよね」


 俺が言うと、受付嬢はくわっと目を見開く。

 さっきまでのおどおどした様子から一転、バンと受付の台を叩くと身を乗り出して声を張り上げた。


「問題ですよ! かなり問題ですよ! 魔法も使えないのに冒険者になんてなったら、死んじゃいますよ!? 魔物と戦うんですよ!!??」


「大丈夫です。魔法は使えないけど剣は使えるので」


「それは理由にはならないって言ってるんですって!! もー!!!!」


「うーん……」


 思ったよりもこの世界の魔法至上主義的な価値観はすごいみたいだ。


 俺は魔法が使えなくても、剣さえあればそこらの魔法使いに負けることはないと自負している。

 なにせ、俺は鉄を斬れるので。


 しかし、この受付嬢にそれをわかってもらうのはなかなか難しそうだ。

 心配してくれているのはわかるのだけど、俺は剣で鉄を斬れる人間なのでその心配は無用なのだが。


 どうしたものか。


「おいおい兄ちゃん。聞いてたぜ」


「ん?」


 ふと、後ろから声をかけられたので振り向く。

 そこにいたのは顔に傷跡のあるいかにも歴戦の雰囲気が漂う大男だった。


「……」


 俺はくるっと受付嬢の方へと向き直る。


「あの、早く冒険者登録済ませてもらってもいいですか?」


「あ、あわわわわわわわわわわわ」


「オイィ!! 無視すんじゃねぇ!!!」


 む、殺気!


 後ろから殴りかかってくる男に対して、俺は鞘に収まったままの剣を掲げて迎え撃つ。


 男の拳を鞘で受け止めた俺は、彼に問いかける。


「なんですか。いきなり殴りかかってくるなんて非常識ですよ」


「ケッ、身の程知らずのガキがよ。魔法も使えない無能者が、冒険者になるなんて笑わせるぜ。大体なんだよ、剣って。ふざけるのも大概にしやがれ」


 別にふざけてないのだが。


「剣なんて、クソ雑魚カス武器だろ。そんなもん振り回して強くなった気でいるなんて、これだから魔法の使えないやつは救いようがねえ。なぁ! お前らもそう思うだろ!!」


「そうだそうだ!!」


「剣士が冒険者なんてふざけるな!!」


「遊びじゃねえぞ!!」


「クソ雑魚野郎が! 粋がってんじゃねえ!」


「魔法が使えないなら村に帰って畑でも耕してりゃいいだろ!!」


 男が呼びかけると、ギルド内にいた連中が同調の声を上げ始める。


 俺はギルド内を見渡し、同調している奴らの顔を1人1人記憶していく。

 いや、俺は社会貢献は大事だと思ってるからさ。

 いざというときにゴミをゴミ箱に捨てやすいように今から分別の準備をだな。


「ところで、この男の冒険者ランクは何ですか?」


「え!? ガン無視! 後ろがすっごく騒がしいのにこの人ガン無視してる!??!!?」


「いいから、教えてください」


「は、はい! えっと、プリーズ・ケッツさんのランクはCランクです。上から3つ目の等級で、ケッツさんはこの街に常駐している冒険者の中では1番高いランクを保持している1人です」


「ふむ」


 どうやら、このプリーズ・ケッツという男はかなりの強者らしい。


 なら、ちょうどいいか。


 俺は背後のケッツへと向き直り、とある提案をした。


「ケッツさん、俺と決闘しませんか?」


「あ?」


 瞬間、ギルド内の空気が凍る。


「ちょおおおおおおおい!! ちょいちょい待て待ってーーっ!! 私の話聞いてました!? ケッツさんCランクって、私ちゃんと言いましたよ! 言いましたよね!? なんで喧嘩売ってるんですか!??!? 強いんですってこの人!!! 決闘なんてしたら普通に死にますよ!!??!??」


 受付嬢が俺の肩を掴み、血相を変えてぐわんぐわんと揺すってくる。


「いや、この人倒せば実力認めてもらえると思いまして。魔法使えないと冒険者にはなれないみたいですけど、Cランク倒せばさすがにいけるかなと」


「え!? あれ、これってもしかして冒険者登録させなかった私のせいだったりする!!??」


「うん」


 受付嬢がガーンっとした顔をして固まる。


「おい、兄ちゃん。てめえみたいな魔法も使えない無能クソゴミカスオブカッスの雑魚野郎が、俺に決闘を挑むだと? 正気か?」


「はい。俺が冒険者になるには、あなたを倒して実力を示すのが手っ取り早そうなので。もちろん、受けてくれますよね?」


 俺の言葉に安いプライドを傷つけられたのか、ケッツは顔を怒りに染めて答える。


「ああ、お前のお望み通り殺してやるぜ。この俺様をナメ腐ったその綺麗な顔面、ぐちゃぐちゃにしてから丁寧に四肢を1つずつ破壊して苦しませながら殺してやる」


「あ、あわわわわわわわわ! やばい、やばいです! ギルドマスター呼ばないと……!」


 真っ青な顔で慌てる受付嬢を無視して、ケッツはギルドの奥へと歩みを進める。

 そして振り返り、俺に言い放った。


「着いてこい、お前の墓場に案内してやるよ」

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