魔法至上主義の世界で無能と呼ばれた転生剣士、魔法を使えないのにうっかり世界最強になる
秋町紅葉
剣士なら鉄くらい斬れる
俺は剣士に憧れていた。
ただの剣士じゃない。
鉄を斬り、斬撃を飛ばし、巨大な獣を真っ二つにし、飛んでくる銃弾を斬り裂き。
あるいは、千の軍勢をたった一人で打ち破る。
そんな、漫画やアニメに登場するようなファンタジーの剣士に憧れていたのだ。
憧れた理由なんてもはや覚えていない。
ただひたすらに剣士への憧れだけが俺の心を支配した。
そして憧れはやがて、俺自身もそんな剣士になりたいと夢へと変わっていく。
しかし、現実は非常だ。
この世界にファンタジーなんてなく、人間の力ではどれだけ鍛えても鉄を斬ることはできない。
いや、嘘だ。
実は鉄を斬ったことはある。だけど、それは薄っぺらい鉄板の話。そんなのは鉄ではない。
俺が斬りたいのは、ぺらぺらの鉄板ではなく鉄の塊だ。岩のような鉄塊を真っ二つにしたいのだ。
しかし、剣士という役職はとっくの昔に廃れて久しく。
今となっては競技やスポーツの世界にしか存在しない過去の産物となっている。
剣道やフェンシングには興味がなかった。
なぜなら、あれらを極めたところで鉄は斬れないから。
それは俺の求める剣士ではない。
俺がなりたいのはどんな困難な状況でも、どんな強大な敵でも、どんな危険な戦場でもたった1つの剣ですべてを乗り越える英雄譚の剣士。
あるいは漫画やアニメの世界のファンタジーな剣士。
もちろん鉄だってスパスパと斬れる。
そんな存在になりたかったのだ。
「おい! 危ねえぞ兄ちゃん!」
ふと、声が聞こえる。
その言葉にハッとして気づく、どうやら赤信号を渡ってしまうところだったらしい。
自覚がないまま、上の空になっていたみたいだ。
「まったく、気ィつけろや」
悪態をついて去っていく見知らぬ男に感謝しながら頭を下げる。
「さすがに、疲れが溜まってるな」
今は学校が終わった後、近所の山にこもって七時間も全力の修行をしてきた帰りだ。
芯に鉄の入った重たい木刀を担ぎながら、山道でのランニング20キロのウォームアップ。
それから素振りを3000回。
素振りの後は各種筋トレだ。回数はそれぞれ腕立て1000回、腹筋1000回、スクワット1000回。
今日はそれに加えて熊とも遭遇したので、戦う羽目になったがなんとか撃退することに成功した。
「熊との戦いがなければ、疲れはここまでじゃなかったが。まぁ悪くない戦いだったがな」
俺はほぼ毎日欠かさずこのような修行を続けている。もちろん学校が休みの日は、この3倍は最低限こなす。
それもこれも、すべて俺が夢見るファンタジーの剣士に少しでも近づくため。
「だけど、まだ鉄は斬れない」
ため息を吐く。
振っているのが木刀だからなんて言い訳はしない。そんな言い訳、銃刀法の前では無意味だ。
そもそも俺の目指す漫画やアニメの剣士たちは、たとえ木刀であろうとも見事に鉄を斬って見せるはずなのだ。
得物を選んでいるうちは三流以下である。
「ん?」
ふと、俺の横を走り去る影があった。
小さな少年だ。塾帰りだろうか。それにしては遅い時間だが、近所の私立小学校の制服を着ている。
俺はそこで、ハッと気づく。
「――まずい!」
信号が赤のままだ。
まさか、少年は赤信号に気づいていないのか。それとも、早く帰宅するために急いでいたのか。
どちらにせよ無駄な思考をしている暇はなかった。
なぜなら、少年へと突っ込んでいくトラックが見えていたから。
「!」
瞬間。
俺は駆け出していた。
相棒である木刀を片手に、目の前にせまるトラックにあぜんと固まる少年の前に躍り出て。
少年を赤信号の横断歩道から引っ張り戻し。
ただ一人トラックの前に残された俺は木刀を両手で握った。
トラックを避ける余裕はない。
数瞬後の激突が約束されたトラックに対して、残された俺の選択は――迎撃。
「ここで斬れなきゃ、俺は――」
両手で握る木刀に、今までの修行によって積み重ねてきたすべてを乗せ。
「ハァッ!!!!!!」
せまるトラック――巨大な鉄の塊へと、俺は木刀を振り下ろした。
直後、衝撃。
全身の骨を砕かれるような感覚を覚えながら跳ね飛ばされ、何度もアスファルトに身を打ち据えられながら転がる。
過去に類を見ないほどの痛み。
熊に殴られ、あるいは猪に跳ね飛ばされたときをも超える激痛。
死を予感する苦痛の中で、俺の関心はただ1つだった。
「て、鉄……」
血に染まる視界。
そんなものに構わず、俺に引導を渡したトラックへとただ一心に視線を向ける。
トラックの姿を確認した俺は、愕然とする。
俺の全身全霊をかけた一撃もむなしく、トラックという鉄の塊を斬ることができなかったのだ。
「クソ……このまま俺は、死ぬのか?」
嫌だ。それは嫌だ。
だって俺はまだ、一度たりとも鉄を斬ることができていない。
未練がこれでもかと押し寄せてくる。
だが俺の思いとは裏腹に、体は冷たくなっていく。
死の足音がすぐ耳元で聞こえてくるようだった。
「ああ、生まれ変わったら――」
鉄を斬れるような、漫画やアニメの世界の剣士になりたい。
最期の瞬間に俺の脳を占めたのは、そんな透き通るほどに純粋な願いだけだった。
◇
どうやら俺は転生したらしい。
それも、魔法が存在するファンタジーの世界だ。
だけど俺がやることは変わらない。
今まで通り、ただ一心に剣を振り続けるだけ。
この世界は魔法の世界。
強力な魔法が戦場を支配し、戦いを仕事とする者たちはみんな魔法を使えることが前提だ。
貴族は魔法の強さがステータスとなり、逆に魔法を使えない者は馬鹿にされる。
そんな世界において俺は貴族の子どもとして産まれたが、魔法の才能は得られなかった。
日々、家族や使用人に馬鹿にされる日々。
だけど俺からしたら、魔法とか馬鹿にされることとかすべてどうでもいい。
重要なことは、この世界にも剣があること。
魔法が猛威を振るう世界で剣の扱いは悪い。剣士なんて、戦場ではただの的としか見られていない。
というかすでに戦場からは駆逐されて久しい。
しかし、そんな剣が軽んじられている世界でありながらも俺は歓喜した。
なぜなら、この世界の人間は地球人とは違うから。
見た目こそ同じだが、多分筋肉の構造が違うかもしくは謎のマジカルパワーが働いているのだろう。
鍛えれば鍛えるほど身体能力が上がっていく。
俺が自らを鍛え始めたのは体がある程度動くようになってすぐ。
たしか、3歳くらいの頃からだ。
少しずつ運動量を増やし、今では街の外周を1000周に腕立て腹筋スクワットを5万回ずつ。
さらに素振りを10万回するのが毎日の日課だ。
おかげで今の俺の身体能力は人間を超越した領域へと至った。
そんな日々を送る中、俺はそろそろ確信を抱き始めていた。
今の俺なら――
「――鉄を斬れる」
目の前には、鉄。
分厚く巨大な鉄の塊。その大きさは、前世の俺を葬り去ったあのトラックすら上回るほど。
貴族として与えられてきた小遣いをすべて使い、この巨大なただの鉄塊を購入したのだ。
かなりの金がかかったが後悔はない。
俺はこの鉄を斬ることで、初めて剣士としての人生をスタートさせることができるのだから。
「前世で生きた16年、この世界での10年。剣を求めて生きた、今までのすべてに捧げよう」
構えるは、大上段。
適当な店で買ってきた安物の数打ちの剣を両手で握り、全身全霊をこの一撃に注ぎ込む。
「――壱の剣【斬鉄】」
そして、振り下ろした。
「ああ、やっとだ。やっと、俺はここまで来れた」
ふっ、と肩の力を抜く。
憧れを、夢を叶える瞬間というのは意外にもあっけなく過ぎ去るのだと俺は知った。
だけどこの心を支配する高揚は、きっとこの先死ぬまで忘れることはないのだろう。
目の前の鉄に、ぴしと線が走る。
そして鉄は、刃物のような滑らかな切断面をさらしながら真っ二つに割れた。
「俺は、今この瞬間――剣士になったんだ」
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