第5話 花子 vs 天狐

向かい合う花子と天狐。

二人は静かに闘志を燃やし、お互いの様子を見合っている。

どちらかが動けば、今にも戦いは始まるだろう。


しかし、そんな時、リング外から騒ぎを聞きつけた教官が止めに入る。


「おい、お前達、何をやっている!」


周りに集まる大量のギャラリーと目についた凶器。

その教官はまだリングに誰が上がってるか分かっていない状態で止めに入った。

が、リングに上がっている2人を見て、思い止まる。


何故ならそれは上から直々に“要監視”と名の挙げられた2人だったからだ。


「っ、お前は天狐……とハナコ……か?」


「あっ、教官来ちゃった。

でも、今いいところだから邪魔しないでくれる?」


教官に気づくも、そう言って一蹴する天狐。

その目にはもはや目の前にいる花子しか写っていない。


「い、いや、だが、」


上から要監視という指示があった時は警戒すると共に重宝しろという意味も込められる。

とはいえ、この施設内での殺し合いは御法度。

教官は判断に迷い、言葉を詰まらせる。


「大丈夫。今、身体の主導権は完全に花子にあるみたいだけど、

この子に僕以外を攻撃する意思はないよ」


「…………………………………………。」


判断を誤れまれば自分の首が飛びかねないこともあって、

教官はどうすることも出来ず、黙りこくる。

すると、その時、


「総司令から許可は降りました。組織はコードネーム《天狐》と《ハナコ》の戦いを承認します」


突然、リング上に現れたフードの人物によってそう告げられる。


「っ、総司令から!?」


「はい。ただし、総司令は場所を変えるようにと仰せです」


「えー、めんどくさー。いいじゃん、ここで」


久しぶりに気持ちが昂り、今にすぐにでも戦いたい天狐はその命令に対し苦言を呈す。

しかし、フードの人物はその意見を認めず、却下する。


「それが認められないというのであれば、戦いも認められないと」


「ちぇー。で、何?人目がつかないところにでも移動すんの?」


「いえ、あなた達の戦いを見るのは他の者達にとっても良い機会になる。

だから、特に隠す必要はないとのことです。なので、もう少し広い場所に移動します」


「ふーん。まっ、確かにここじゃちょっと狭いか」


天狐は不満を漏らしながらも納得した様子を見せる。


「花子さんもそれで構いませんね?」


「…………………………………………。」


フードの人物の質問に無言を貫く花子。

それを見た天狐が代わりにこう答える。


「いいってさ」



◇◆◇◆



「なんだ、なんだ?何か始まんのか?」

「あぁ。あの天狐とえーっと、ハナコ(?)みたいな名前の奴が戦うらしい」

「ハナコ?なんだ、その名前」

「いや、それより、ただその2人が戦うだけでこんな人が集まってんかよ」


天狐と花子がリングからバレーボールコートほどの大きさがある場所へと移動すると、

騒ぎが騒ぎを呼び、その場所を取り囲むように約2000人近い人間が集まってくる。


さっきと同じように向かい合う天狐と花子。

その間にはフードの人物が立っている。

フードの人物は両者の準備が整ったことを確認するとルール説明を始める。


「この試合は特別ルールを設け、この試合においてのみ、組織非公式の武器を使用可能とします。

また試合時間は10分とし、制限時間にどちらかが倒れるか、制限時間が過ぎた時点で、

私の判断で勝敗を決めさせていただきます。

それと、念の為、釘を刺しておきますが、コードネーム《天狐》はさっき言ったことを厳守するように」


「はい、はい。分かってるって」


「それでは試合開始です」


そういうとフードの人物はその場から一瞬で消え去る。


その瞬間、合図とほぼ同時に花子が動き出し、ハサミを持って天狐に襲いかかる。

低い重心の走りから的確に天狐の首元を狙って振るわれるハサミ。

天狐はそれを後ろに下がりながら回避する。


「ハハッ!やっぱり速い!…………けど、」


天狐はそういうと花子の攻撃を見切って、花子がハサミを持つ方の腕を掴んで止める。

そして、そのまま流れるように花子の胴体に蹴りを入れた。

花子はその蹴りを左手で防ぐが、蹴りの威力で後方に後退させられる。


「速いだけで工夫はないね」


「……………………………………。」


「そんなもんじゃないでしょ。本気できなよ」


期待も込めて花子を煽る天狐。

それに対して、花子は持っていたハサミを天狐の顔目掛けて思いっきり投げる。

が、天狐は顔を傾け、これを余裕で躱した。


しかし、


「っ!」


次の瞬間、さっき投げたはずのハサミが再び、天狐を襲う。

天狐はこれも躱わすが、その表情を見ると驚きが隠せていない。


(ハサミがもう一本?いや、)


更に立て続けに花子から投げられるハサミ。


(一体、何本あるんだ?)


花子の手数の多さを見て全てを避け切るのは困難と判断した天狐は、

コートを広く使い、走りながら襲いくるハサミを回避する。

1秒前まで天狐が立っていた地面に刺さるハサミ。

それは少し経つとまるで魔法のようにその場から消え去る。


「っ!」


(消えた……?)


「…………なるほど。そういうことか」


天狐は自分なりに今起きてる現象に答えを出すと、

今もなお投げられるハサミを回避しながら花子に向かっていく。

そして、花子のすぐ側まで接近して、最後のナイフをジャンプで躱わすと、

そのまま花子の背後をとってこう告げる。


「武器の生成。それが君の能力ってわけだ」


「っ!」


花子は背後からそう囁かれると、背後にいる天狐に向かって振り向きざまにナイフを振るう。

しかし、それをしゃがんで躱わす天狐。


「君のターンは終わりだよ。次は僕の番」


そう言うと天狐はしゃがんだ状態から花子の腹部目掛けて蹴りを入れる。

今度の攻撃は花子も防ぐことは出来ず、

蹴りが低い体制から入ったというのもあって花子の身体は宙を舞う。

しかし、天狐はそこで攻撃の手を止めず、宙を舞った花子に合わせて自分も跳躍した。


「今、君の中で眠ってる人は僕の能力を心を読む能力って思ったらしいけど、

君はどう思う?…………同じだと思うか、それとも、違うと思うか」


「っ!」


空中で身動き取れない花子に対して、そんな質問を投げかける天狐。

しかし、当然、今の花子にそんな質問に答える余裕も、答えるつもりもない。


「はい、時間切れー。正解は、」


そう言うと、天狐は両の手を合わせて拳を作り、それを花子に叩きつける。

それをまともに受けてしまった花子の身体は強く地面に叩きつけられた。


「半分ハズレで半分アタリでしたー。残念」


天狐はそう言いながら花子を叩きつけた後で余裕を持って着地する。


「っ…………、」


身体に傷をつけながらもゆっくりと立ち上がる花子。

天狐は追撃を加えることも出来たが、その様子を静観していた。


「まっ、流石に立ち上がってくるよね」


花子は再び、ナイフを出現させ、それを手に握ると天狐に襲いかかっていく。

しかし、花子が何度腕を振っても当たらない攻撃。


「首、首、突き刺す。それを読まれることを読んでそのまま右に一閃。

そして、それを僕が読んで躱わすと」


天狐は花子が次起こす行動を口に出しながら全ての攻撃を避け切る。

だが、花子はそこで諦めず、再び、攻撃を再開した。


「いくら心を読んでいても戦闘中に全ての攻撃を避け切るなど不可能。

…………うん、僕もそう思うよ。

特に君みたいにどんどん攻めてくるタイプだと対処が間に合わない」


花子の攻撃を躱わしながら花子に喋り掛ける天狐。


「じゃあ、どうして君の攻撃は僕に掠りもしないのか。

答えは簡単。『百聞は一見にしかず』だからさ」


「っ?」


天狐は花子の動きを先読みし、回避と同時に花子の死角に入ってしゃがみ込む。

花子は一瞬、天狐を見失うが、声が聞こえたことでその声がした位置にハサミを投げた。

が、また天狐はいなくなり、花子の視界から天狐が消える。


「百聞は一見にしかず。これは他人から何回話を聞くより一回実際に見ちゃう方がいいって意味ね。

まぁ、僕の場合は本人から直接、聞いてるわけだけど。

それでもこれから起きることを聞くより見る方が100倍早いし、正確。

…………もうここまで言えば、僕が何をしているか分かるよね?」


姿の見えない天狐から投げられる質問。

それに対して花子は心の内で答える。

すると、突如として今まで消えていた天狐が花子の目の前に現れた。


「そう、正解。僕の能力は心を読むのと同時に未来を見る。

次に君が起こす動作も、次に僕に訪れる出来事も僕には手に取るように分かる」


「っ…………!」


天狐が姿を見せたのと同時に迷いなく襲いかかる花子。

それに対して、天狐は何かを起こす様子はなく、突っ立っている。


「つまり、これが指し示すことは、」


花子がすぐ側まで接近すると、天狐はゆっくりと片足を上げ、

花子がハサミを差し出したタイミングで足を伸ばす。


天狐の身体横を通過する花子の腕とその先にあるハサミ。

一方で天狐がゆっくりと伸ばした足は花子の鳩尾部分をしっかりと捉えている。


「この先、君の攻撃が僕に当たることは一回もないってこと」


蹴り自体に威力はなかったが、自分がかなりスピードを出していた分、

花子はその反動でダメージを喰らい、ゆっくりと地面に膝をつく。


「僕と君の宿主に絶対、埋められない差があるように、

君と僕の“カルマ”の間にも絶対に埋められない差がある。

…………そろそろ理解したかな?“僕達”と“君達”の間にある圧倒的な実力差を」


「…………………………………………。」


天狐の言葉に対して、

花子は膝をついたまま俯いて黙り込む。


戦意喪失。

天狐が心を読むまでもなく、花子の行動はそれを示していた。


「はぁ、終わりかー。まぁ、思ったより楽しめたけど、やっぱ、期待はずれだったかな」


天狐はそういうとストレッチをしながらフードの人物の方を向く。

そして、時計の表記が6分32秒となっているをの確認すると、口を開いた。


「まだ10分経ってないけど、どっちかが倒れたら終わりだったよね?

…………花子は完全に戦意を失った。僕の勝ちだよ」


「「「「「………………………………………。」」」」」


驚きのあまり、言葉を失うギャラリー。

天狐の発した言葉に天狐の目の前いるフードの人物が答える。


「私が言ったのは『どちらかが倒れた終わり』ではなく、『どちらかが倒れたら私が勝敗を決める』です」


「…………は?だから、もう終わりでしょって言ってんだけど?」


天狐はフードの人物の意味不明な答えに対して疑念を抱く。


「いえ、まだこの試合の勝敗は決していません。

コードネーム《ハナコ》の攻撃はまだ続いている」


「?」


言葉の意味が分からず、更に疑念を深める天狐。

だが、それも当然だろう。

彼の目にはあれから花子が動く様子も動くであろう様子も見えていない。


しかし、次の瞬間、天狐の脳裏を過ぎる自分の身体に複数のハサミが突き刺さる未来。


「ッ!!!?」


(攻撃……!?)


天狐は慌ててバク転で距離を取り、その場から離れる。

すると、さっきまでいた天狐がいた地面に集中して突き刺さる複数のハサミ。

あの場にいたら天狐は見えた未来通り、間違いなくやられていただろう。


(な、なんだ、今の攻撃…………。花子には動く様子も動いた様子もなかった。

なのに、いきなり攻撃が飛んできた。一体、何が…………、)


天狐は今起こった現象が理解できず、ここにきて初めての戸惑いをみせる。

すると、その隙に花子はゆっくりと立ち上がり、次の瞬間、

さっきの現象を説明するように自分の周りに数十、いや、数百本のハサミを出現させた。

そのハサミ達は花子の手に繋がれているわけでもなく、ひとりでに宙に浮いている。


「っ!!!!」


戸惑いから驚愕へと変貌する天狐の表情。

しかし、その表情は目の前に起きている現象に対してのものではなかった。


花子は天狐に対して掌を翳すように腕を上げる。

すると、その直後、ひとりでに宙に浮いたハサミ達が一斉に天狐へと襲いかかった。


あらかじめその未来を見ていた天狐は全速力でコートを逃げ回る。

が、さっきのように投げられるだけとは違い、逃げても逃げてもしつこく追ってくるハサミ達。


「ッ!!」


流石の天狐でもこの攻撃全ては避け切れず、

腕にハサミの刃が掠り、この試合初めての傷を負う。


(僕が傷を……!?)


攻撃を避けるという分野において絶対の自信があった天狐は、

その小さな擦り傷をこの場の誰より重く受け止めた。


(…………ダメだ。このまま避け続けても埒があかない。

おそらくこのハサミ達は花子が操ってる。だから、花子を叩けば、)


天狐は目的を回避から反撃へ変えて、向かってくるハサミを回避しながら花子へと向かっていく。

まるで一つ一つのハサミが意思を持ったかのようにあらゆる方向から天狐を襲うが、

天狐は負う傷を最小限にとどめて花子とあと数メートルというところまで迫った。


しかし、そこまで行ったところで天狐の目には恐るべきものが映る。


…………笑っていたのだ。あの花子が。


天狐はそれを目にした瞬間、自分の能力が発動するより前に予感する。

自分は嵌められたのだと。


それがどういうことか説明するように脳裏を過ぎる自分が死ぬイメージ。

それは今までとは明らかに違う、確実な死。


今まで避けてきたハサミ達がいきなり一気に結集し、

逃げ場を防いで全方位から襲ってくる。


「っ、」


(マズい。このままじゃ…………、)


ハサミを操作して、天狐の行動を制限し、タイミングを見て仕留める。

天狐は完全に花子の罠に掛かった。


そして、それを見ていた誰もかがこう確信しただろう。

《ハナコ》の勝ちだと。


しかし、


「ハハッ。ごめん、ごめん。はっきり言って舐めてたよ。

同類とはいえ、宿主がまだ未熟な上に『トイレの花子さん』だからね。

期待ハズレなんて言ったけど、本当は元々、期待なんてしてなかった」


聞こえてくる討たれたはずの天狐の声。

その天狐は白い何かに覆われている。

そして、それは天狐に襲いかかったハサミ達を防いでいた。


「…………けど、前言撤回だ。まさか、“尾”まで出させるられるなんて」


天狐がそういうと、その白い何かが動いて、天狐の姿が露わになる。


約3000人にまで増えたギャラリー。

普通、3000人もいれば、戦闘中に見る視点はバラけることだろう。

だが、その瞬間だけは3000人いる人間のうち3000人の目線がある一点に注がれた。


さっきまであったはずの天狐の傷に?

いや、違う。

ぼとぼとと床に落ちては消えていく花子のハサミに?

いや、違う。


全員の目線が注がれた先にあるものは、

天狐の後ろでゆらゆらと揺れる4本の白い尾だった。


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(おまけ)


フードの人物は施設に入る時以外、殆ど姿を現さない。

が、規則が破られたり、何かイレギュラーが起こると現れる。

ちなみにみんな、最初にフードの人物の顔を見ているらしいが、

人によって美女だったとか、イケメンだったとか、普通の人だったとか意見が分かれているらしい。

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社会不適合者のハナコさん 蒼く葵 @aokaoi

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