第4話 天狐
ネタバレになってしまうのであまり詳しくは言えませんが、
都合上、話の途中で視点が切り替わってしまいます。
小説において、話の途中で視点を変えるのはタブーだと理解していますが、
どうか寛大な心で許して頂ければと思います。
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「おい、あれ」
「あぁ。《天狐》だ」
「なんで、アイツがここにいるんだよ。もうスパーはいいって言われてたろ」
俺と白髪頭がリングに上がるとなんだか周りがざわざわしだす。
なんだ?もしかして、コイツ、有名なのか?
白髪頭が何故いきなり俺に試合を申し込んできたかは分からないが、
特に断る理由もないし、それに何より断るとなんかヤバい気がしたので、
俺は白髪頭の誘いに乗ることにした。
リングに上がり、白髪頭と向かい合うと俺はその白髪頭が防具をつけていないことに気づく。
「お前、防具はいいのか?」
「うん、いいよ。どうせ君の攻撃は僕には当たんないし」
「?」
当たんない?全部避けるってことか?
それは流石に無理があるだろ。
細すぎるってことはないが、とても太いとは言えない腕に脚。
身体だって小さいし、背も俺より低い。
多分、この白髪頭も俺と同じでここにきてまだ日が浅いんだろう。
ここに長くいるような人達はもっとムキムキだ。
それなのに、この自信ありげな態度。
あのプリンスフェイスも相まってちょっと、いや、かなりムカつく奴だ。
俺は白髪頭の言葉を受け、それに対抗して頭につけた防具を脱ぎ始める。
カッコよくすっと脱ぐことが出来ず、少し恥ずかしい思いをしたが、
そこは綺麗に脱げたということに記憶をすり替えておこう。
「お前がつけないなら俺だっていらん」
「フフッ、いいね。その気が冷めないうちに早く始めよう。ねぇ、君、合図出してよ」
白髪頭は楽しそうにそういうと、ギャラリーの1人にそうお願いする。
「あ、あぁ。それじゃあ、始め!!」
雑な合図で始まる試合。
まぁ、いつもこんなものだ。
俺は試合が始まってもすぐには飛び掛からず、様子を見ながら距離を保つ。
一方で白髪頭は一歩も動かず、不敵な笑みを浮かべていた。
なんだ、コイツ。やる気あんのか?
「どうしたの?早く掛かってきなよ」
「っ!」
コ、コイツ、俺より絶対歳下なのに、舐めがって…………。
俺はその挑発を挑発だと分かっていながら白髪頭に飛び掛かる。
半歩間合いを詰め、狙うは白髪頭の左脇腹。
しかし、俺のこのパンチはこれぞ空振りという見事な形で空を切る。
「っ!!」
「はい、残念ー」
俺が体制を崩して反撃できるはずなのに、
白髪頭は不敵な笑みを浮かべながらそう告げる。
そんな態度に更にカチンと来た俺は体制の悪い状態から左アッパーを仕掛ける。
しかし、これも軽々躱わす白髪頭。
だが、これを予測していた俺は敢えて左アッパーを振り切り、
白髪頭に背中を見せて油断させ、そこから回転して回し蹴りを繰り出した。
相手の不意をつく初見殺しの技。
これなら、
「っ!?」
俺が回し蹴りをしている最中に視界に映り込む白髪頭の姿。
その白髪頭は俺の回し蹴りを読んでその場にしゃがみ込んでいた。
「やっほー」
俺に向けてそう言いながら手を振る白髪頭。
「っ、にゃろう!!」
俺は白髪頭を視界に捉えると足の行き先を強引に切り替えて、
白髪頭の白髪頭に叩きつけるように踵を繰り出す。
が、これすらも看破。
白髪頭はひょいと後ろに下がって俺の踵落としを回避する。
「クソッ!まだだ!!」
そこからも続く怒涛の攻撃。
しかし、どれもこれも白髪頭には当たらず、全てが見切られた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
一方的に攻撃を続け、段々と息が上がってくる俺の身体。
しかし、白髪頭の身体には傷一つないどころか、息すら上がっていない。
な、なんでだ。なんで攻撃が当たらない?
白髪頭は試合が始まって殆どその場から動いていない。
例え、相手が格闘技のプロだとしてもこんな芸当、不可能だろう。
…………化け物か、コイツ。
「化け物かー。言い得て妙だけど、どちらかというと君もこっち側の人間でしょ」
「…………は?」
こっち側の人間?
コイツ、何言って…………、
「さぁーて、それじゃあ、そろそろ身体もあったまってきたし、僕もやるとするか……な!」
その瞬間、一瞬にして俺の懐に入り込む、白髪頭。
そして、白髪頭はそのまま俺の腹に対して、パンチをお見舞いする。
「ガァッ!!!」
その動作をただ目で追うことしか出来なかった俺はその攻撃をモロに喰らってしまう。
俺の身体が少し宙に浮くほど、腹を抉るように炸裂した強烈な右アッパー。
気絶してもおかしくないようなそのパンチを喰らった俺は膝をついて床に四つん這いになる。
な、なんつう威力…………。
その小さい身体で……、いや、そもそも人間が放てる威力じゃねぇだろ。
「…………あっ。じゅ、10、9、8、7、6、」
あまりに一瞬すぎたその一連の出来事にギャラリーはついていけず、
少し遅れてカウントが開始される。
時間は……あと2分半。
流石にこのままじゃ終われない。
俺はカウントが『3』まで回ったところでなんとか身体を起こす。
「おっ、立った。やっぱ、ものが違うなー」
俺が立ち上がったのを見て、お気楽そうにそう告げる白髪頭。
そこからは危機感のカケラも感じない。
俺を舐めているのが丸わかりだ。
「…………おい、お前、何歳だ?」
「えっ、歳?15だけど」
15、ね。
「やっぱ歳下じゃねぇか!!少しは先輩敬いやがれ!!」
俺はそういいながら白髪頭に襲いかかる。
しかし、これも擦りすらせず、軽々と躱される。
「ハハッ、僕に一発でも当てられたら敬ってあげるよ」
「いや、一発当てたらお前は明日から俺の手下だ!」
「別にいいけど…………、それって、逆にプライド傷つかない?」
「プライドなんて一年前に赤いワンピース買った時、捨てたっつうの!」
「え、何それ、超面白いじゃん。後で聞かせてよ」
話しをしながらも俺は攻撃を仕掛けるが、ことごとく俺の攻撃は躱される。
逃げ回られるわけでもなく、受け流されるわけでもなく、
ただ永遠と可能性すら感じさせずにギリギリのところで回避される。
さっきも言った通り、いくら相手がプロでもこうはならないはず。
となると、考えられるのは…………、
心を読んでいる。
もうそれしかない。
『なぁ、そうなんだろ?』
俺は敢えてそれを口には出さず、心の中で質問する。
すると、その直後、その顔にまたさっきとは違う笑みを浮かべる白髪頭。
その笑みは肯定という意味以外に受け取りようがなかった。
「っ、」
やっぱりそうなのか。
にわかには信じがたいが、コイツのそれは表情から読み取るとかのレベルを超えている。
戦う前から疑惑はあったが、戦ってみてそれが確信に変わった。
俺の心を読むことで俺の行動を先読みして、回避。
そんなの反則もいいところだ。
でも、
そうと分かればやりようはある。
俺は一度、白髪頭と距離を取り、頭の中を空っぽにする。
「おっ?」
この間に攻められたら終わりだが、
コイツは俺を舐めて攻めてこないので問題ない。
そして、
この白髪頭がどのレベルで心を読めるのかは分からないが、
ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ。
俺は白髪頭に心を読ませないよう常に頭の中でウンコを連呼する。
これならアイツもウンコが気になって俺の考えが頭に入ってこないだろう。
「フフッ。君、面白いね」
ちゃんと俺の考えが伝わったのか、そう言って笑う白髪頭。
よし。この状態で戦えば、
俺はなるべくウンコの考えを全面に出しながら攻撃を仕掛ける。
が、俺の努力を無にするようにさっきと変わらず、楽々攻撃を躱わす白髪頭。
クソッ。やっぱりダメなのか!?(ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ)
いや、俺の作戦は確実に効いてるはず。(ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ)
次の攻撃で(ウンコ、ウンコ、ウンコ、ウンコ)仕留める!(ウンコ!)
俺は強く一歩目を踏み出し、俺の出せる最強の技、必殺右ストレートを繰り出す。
防具をつけてないとか、相手が歳下とかは考えず、繰り出した俺の本気の一撃だ。
しかし、
「っ!!!!」
白髪頭は俺の渾身の右ストレートを左に身体をずらして躱し、
その状態から俺の腹部に蹴りを入れる。
俺の身体は再び、宙を舞い、今度はリングを囲むロープまで飛ばされた。
俺はその一撃で完全に意識を失い、ロープにもたれかかる。
「僕に心を読ませないようにする努力は認めるけど、
そっちに気が行き過ぎて、攻撃が単調になってる。
…………これならまださっきの方が良かったよ」
天狐がそう言ったところでちょうど試合終了のブザーが鳴り響く。
ロープにもたれかかって倒れる私と
汗ひとつなく済ました顔をする天狐。
結果は見れば明らかだ。
「あれ?もう終わりか。ちょっと期待外れだったかなぁー」
そう言ってリングから降りようとする天狐。
しかし、その行動を止める声が天狐の後ろから響く。
「『待て』」
「っ!」
後ろから気絶したハナコの声が聞こえ、天狐は驚きながらも反射的に振り返る。
すると、その目に映るのは立ち上がったハナコの姿。
しかし、さっきまでとは様子が明らかに違い、額にはさっきまでなかった傷が出現している。
それを見て天狐はすぐに現状を理解した。
「っ、君…………、さっきまでのハナコじゃないね」
そう言って天狐は笑みを浮かべながらも一気に気を引き締める。
「『選べ、天狐。お前、何で遊びたい?』」
「?」
突然、花子から訳の分からない質問をされ、戸惑う天狐。
すると、次の瞬間、ハナコの背後に全10種の武器が出現する。
(包丁、ハサミ、フライパン、縄、傘、刺股、ボール、大型定規、薬品、答案用紙)
「っ!」
「『返答なし。選択可能』」
花子はそういうとその全10種の武器の中からハサミを選んで、天狐に襲いかかる。
天狐の首元目掛けて振るわれるハサミ。
「っ!!」
天狐は花子のその突然の行動に驚きつつも、ギリギリのところで躱わす。
(速い…………。さっきより格段に)
攻撃を躱わした天狐は一時、花子と距離を取る。
「起こすつもりはなかったんだけどなぁー。随分、出しゃばりみたいだね、君」
花子に向かって煽るようにそう告げる天狐。
しかし、その笑顔からは少し余裕がなくなっていた。
「おい、なんだ?何が起こってる?」
「わ、分からねぇ。突然、ハナコの奴が…………」
突然、始まった第2ランウンド。
しかし、その異様さに今までいたギャラリー達は戸惑い、
そのリングの周りには次々にギャラリーが集まってきていた。
その中には普段、ここに集まらない人影も見えている。
「あちゃー。メチャクチャ集まってきちゃったよ。
まぁ、でも、特に口止めされてるわけでもないし、いっか」
天狐は花子を視界に捉えながら、集まってきたギャラリーに目を向けそう呟く。
そして、花子に目線を戻すと、再び、顔に笑みを戻す。
「それに、久しぶりに少し本気が出せそうだ」
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(おまけ)
施設内には男だけではなく、女もいて、その比率は8:2である。
しかし、それだけ数に差がありながら、別々に用意されている風呂の大きさが同じ為、
男側には不満を持っている人が多い。
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