第3話 施設での生活

政府運営の幽霊対策組織『REBORN』のハンター養成施設。

この中にいる社会不適合達の朝は早い。


早朝5時。この時間になると、施設内にはアラームが鳴り響く。

俺たちの性格を考えてか、単なる嫌がらせか知らないが、

このアラームは耳が千切れそうになるくらいデカい。


目を覚ますと、まず同室の者達(大体、一部屋4人)で顔を合わせ、脱走者がいないか確認する。

もしいたら、看守……あっ、看守って言っちゃったよ。

えーっと、そう、お散歩。朝のお散歩をしている人に報告だ。


それが済んだら、訓練用の服に着替え、顔を洗い、食事を摂る。

これがこの施設の唯一良いところ。

まぁ、良いところって言っていいか分からないけど。


この施設にいる限り、最低限の衣食住は保証される。

メニューは選べないが、米は食べ放題だし。

たまに虫みたいの混ざってるけど、水は飲み放題だし。

狭いし、男4人で一部屋だけど、寝床もあるし。

このようにホームレスだったら絶対に出来ない生活を送ることが出来る。

まぁ、その代わり、外には出れないけど。


着替え、食事、これら諸々を1時間のうちに済まし、6時になったら訓練開始だ。

最初は軽くウォーミングアップも兼ねたストレッチ。

身体が壊れたら俺達がいる意味は無くなるのでここは入念にやらされる。


ちなみにだが、この施設に入れられるのは入れられた当初で20歳までらしい。

それ以上の人間は身体が壊れる可能性が高いので入れないんだとか。


準備が済んだらここからいきなり一周200メートルのグラウンドを100周。

手抜きやズルは許されず、あちこちに設置されるカメラと教官に厳しくチェックされる。


ランニングが終わったら腹筋100回。

これもただ数をやればいいというわけじゃなく、

しっかりと負荷を掛けながらやらされる。

で、これをおんなじ感じでスクワット100回。


それが終わったら休憩を挟みつつ、全力短距離(50メートル)ダッシュ50本。

これは自己ベストの0.5秒以内にゴールしなければ1本と認められない鬼畜仕様である。

散々、色々やったあとなので自己ベストの0.5以内というのはかなりキツい。

休憩を挟みながらでいいとはいえ、なんだかんだで100本以上は走らされる。


ここまでがノルマ。

そんで、そっから…………、


『ビー、ビー、ビー、ビー』


と、どうやら次に行く前に昼休憩のようだ。

入った時期や元々のスペックもあるので個人差はあるが、

まだ入ったばかりの俺はこの辺りで昼休憩に入る。(午後1時)

まぁ、少し前までだったらまだ短距離走の途中だったろうけど。


「い、いただきます……!」


俺はそう言うと犬のように目の前にあるご飯に喰らいつく。


「ブッ…………!」


胃がそれを拒否するように下から上へと這い上がってくるが、

俺はそれを口で塞き止めて、吐くのを阻止する。

そして、それをまた無理やり胃に放り込むと、また次の飯を喰らい、


「ブッ…………!」


この繰り返し。


「おぉー、食えるようになったな、新入り」


そう言って俺の席の前にご飯を持って座るペットさん。


「またどっかで倒れてると思って探したんだが、まさか自分の足で食堂に来てるとは思わなかった。

まだここに来て2週間経ってないのに随分と成長したなー」


「う、うっす。あ、あざ……ウッ……、す」


俺は1週間前、ハンターになっても95%死ぬという話を知り、ようやく本気になった。

死ぬ覚悟を決めて入ったみんなと知らないで地獄に足を突っ込んでいた俺では全然話が違う。

どちらが本気になれるかなんて知らないが、少なくとも俺は今まで生きてきた中で1番本気だ。


「あっ。そういえば、さっき教官に言われたぜ」


ん?言われた?


「何をですか?」


「もうお前の教育係を降りていいってよ」


「えっ…………」


「教育係ってのは大体、2ヶ月くらいはつくもんなんだが、

最近のお前を見て、もう大丈夫と判断したらしい」


「そ、そうなんすか」


なんだかんだでペットさんにお世話になっていた俺は、

上から認められたことに対する喜びと共に少しの寂しさを感じる。


「ふっ、そんな顔するな。別に教育係じゃなくなったからと言って、

もう関わるなと言われたわけじゃない。

これからも普通に先輩後輩としてよろしく頼むぜ」


ペットさんは俺の表情を見てそう言うと、こちらに手を伸ばしてくる。

俺はその手を快くとって、こう答えた。


「うっす!」


確かに言われてみれば、悲しむ必要は全くない。

この施設にいる限りは嫌でも顔を合わせることになるだろうしな。


「…………でも、お前が俺の手を離れるならもう新入りって呼ぶのもおかしいよな」


「っ!」


ペットさんとの話に一段落つき、再び、飯に箸を伸ばした俺だったが、

ペットさんが放ったその一言で俺の身体はピシッと固まる。


この施設にいる人達はその殆どが自身に与えられたコードネームで呼び合っている。

例えば、ペットさんだったらペットさん。栗松だったら栗松、みたいに。

このコードネームはハンターになった時、任務中に使われる名前なので、

コードネームで呼び合うなんて義務はないんだが、なんとなくみんなそうしてるらしい。

まぁ、上から名前を呼ばれる時もコードネームだし、

もしかしたら、今までの自分を捨てて心機一転というのもあるのかもしれない。


が、


「よし。それじゃあ、この機会にお前もコードネームで呼ぶことにするか。

…………そういえば、お前のコードネームってなんなんだ?」


お、俺のコードネーム…………。


「ま、正樹です」


「いや、それはコードネームじゃなくて、お前の本名だろ?

まさか自分のコードネームも覚えてないのか?」


いや、覚えてる。それだけは覚えている。

だが、俺のコードネームは、


「ハ、ハ……、コ…………」


「ん?なんて?箱?」


俺は小さな声でその名をボソッと呟くが、

ペットさんには聞こえなかったようで聞き返す。


「っ、」


あぁ、もう…………、


「だ、か、ら、俺のコードネームは《ハナコ》だって言ってるんですよ!!」


俺はヤケクソになって、食堂にいる全員に聞かせるように大声でそう告げる。


「…………ハ、ハナコ?」


そう、ハナコ。これが俺に与えられたコードネームだ。

どこからきたのかは考えるまでもないだろう。

俺がトイレの花子さんをしようとして退学させられたエピソードから来た名前だ。


「ぷっ。ダハハハハハッ!なんだよ、それ!!

ハナコ?そりゃあ、どう考えても、狩られる方の名前だろ!!」


ペットさんは俺の名前の意味を理解するとそう言って大爆笑する。


…………チッ。こうなるから嫌だったんだ。

男なのにハナコなんて名前がついてるだけで十分笑い話なのに、

これからゴースト狩ろうって奴がよりにもよってハナコ。

そりゃあ、俺も相手の立場だったら笑うさ。


「あー、ヤバい、腹捩れる。久しぶりに腹筋筋肉痛になるぜ」


いや、流石に笑いすぎだろ。

先輩とはいえ、流石にそろそろ怒るぞ。


俺がそんなことを思っていると、その瞬間、ペットさんの頭に何かがぶつけられる。


「イテッ」


『カランッ、カランッ』


そのペットさんの頭にぶつかった何かは机の下を通して俺のところまで転がってくる。

俺はそれをしゃがんで拾い上げた。


「?」


俺のところに転がってきたのは中身が空っぽになった缶ジュースの缶だ。


空き缶?

誰かが投げたのか?


俺はそれを拾い上げると辺りを見渡して犯人を探す。

しかし、それらしい犯人はどこにも見当たらない。


「なんだ?今、なんか頭に当たらなかったか?」


「い、いえ、別に」


「ん、そうか……?」


って、あれ?今、俺、なんで誤魔化したんだ?

俺がやったわけじゃないんだから普通に言えばいいのに。


「まぁ、いい。とにかく、お前の名前はこれから《ハナコ》だな。

狩られる側にならないように気をつけろよ。ぷっ」


「ウッ…………。ハナコかぁ」


俺がこの名前に慣れるまではもう少し時間が掛かりそうだ。



◇◆◇◆



「だ、か、ら、俺のコードネームは《ハナコ》だって言ってるんですよ!!」


「っ!」


「…………………………………、」


正樹には気付きようがなかったが、その時、正樹が発したその声に過剰な反応を見せた2人がいた。

1人は長く伸びた黒髪が特徴の無表情な女。

そして、もう1人は、


「へー、ハナコね。少し試してみるか」


そう呟くのは顔に少しあどけなさを残した白髪の青年。

彼に与えられたコードネームは『天狐』


彼は同類を歓迎するように静かに笑うのだった。



◇◆◇◆



1時間の昼休憩が終わると、また訓練が開始される。

午後の訓練は午前とは違い、個別訓練のような形だ。

1人1人の力量に合わせて、何を訓練するか決められる。


俺はまだ入ったばかりなので、

体力と人を殴る感覚をつける為にひたすら無限スパーリング。

ってか、ほぼ本気の試合を連続で行う。


ちなみにルールはよく分かってないが、まぁ、武器を使わなければ大体なんでもありだ。

5分経つか、どちらかが倒れて10秒経っても立てなかったら立ってる方の勝ち。

格闘技はよく分からないが、多分、どの格闘技より自由度は高いと思う。


「オラァァァァ!」


俺の振るった拳が相手の腹にクリーンヒットして、相手がリングに伏す。

すると、同時に周りのギャラリーがカウントを開始した。


「「「「「10、9、8、7、6、5、4、」」」」」


「ウッ…………」


相手はなんとか立ち上がろうとするが、俺の一撃がよほど効いたのか、

ふらふらして上手く立てずにまた地面に伏す。

その間にカウントが進み、


「「「「「3、2、1!試合終了ー!」」」」」


「しゃあぁぁぁ!!!」


俺は試合終了の合図と共に雄叫びを上げる。


「おぉー、やるじゃねぇか、ハナコー!」

「すげぇー!これでアイツ、5連勝だぞ!!」


俺は人生で浴びたことのない歓声を浴びながらリングを降りる。

いやー、こういう周りからチヤホヤされる人生も悪くなかったかもなぁー。


そんなことを考えながら俺は施設内に用意された椅子に腰を掛ける。

そして、頭に身につけた防具とグローブを外し、

椅子の近くに用意されたコップに入った水を口に含んだ。


それにしても、なんだか最近、やたらと身体の調子がいい気がする。

訓練の成果がもう出てきたのか。

それとも、初日でやられた筋肉痛が一通り治ったからか。


とにかく、最初はただ一方的にやられるだけだったのに、最近になって勝ち星が増えてきた。

ノルマの方も入ったばかりの頃は死ぬかと思うくらいキツかったのに、

今じゃ余裕……ってほどじゃないにしろ、普通にこなせるし。


もしかして、俺って覚えるの早い?

こりゃあ、案外、早く卒業できちゃうかも。


「うん、うん。分かりやすく調子に乗ってるねー」


「っ!?」


突然、左から聞こえてきた声。

俺はその声に反応して、驚きながらも反射的に首を横に向ける。

すると、そこには俺より少し年下くらいの白髪の少年(?)が座っていた。


「…………だ、誰?」


初めてみる奴だ。

まぁ、この施設は人も多いから覚えてなくても不思議はないが。


座ってるから分からないけど、背は多分、俺よりも低い。

それと顔立ちは……ちょっとムカつくくらい整っている。


「えっ、そう?照れるなー」


「………………………………………。」


は?いや、は?

今、コイツ、俺の心読んで…………、


「まぁ、それは後で話すとしてさ、とりあえず、」


白髪頭はそこまでいうと、不敵な笑みを浮かべて、俺を睨みつける。

その目と笑みに俺は心臓を握られたような感覚に襲われた。



「次、僕と殺ろうよ」



———————————————————————————————————————————————


(おまけ)


『REBORN』のハンター養成施設に流れる噂。(その1)

施設内で怪我をした場合、その怪我をした者はどこかへ連れて行かれる。

そして、翌日には何事もなかったかのように訓練に参加しているらしい。

ちなみに怪我をした当人は何も覚えていないんだとか。


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