第2話 REBORN

一つの空間に反響する腐った人間達の声と汗。

ここは政府が隠れて運営する『幽霊ゴースト』対策組織『REBORN』のハンター養成施設。


ここには約一万人ほどの社会不適合者と言われる人間達が集められ、

ハンターと言われる幽霊を狩る者達に育てるべく訓練を受けさせている。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


「おい!もう限界か、新入り!!」


あれから1週間。

俺はひたすら訓練の日々に明け暮れていた。


もう言わなくても分かると思うが、

俺はあの日、突然降って湧いたセカンドチャンスに迷うことなく飛び込んだ。


まぁ、あれ断ったら俺行く宛ないし、

仕方なくはあるんだが…………、


「おら、おら、もっと走れ、馬鹿どもー!!!」


ただ、ここでの訓練、超超超超チョーキツい!!


どうやら幽霊討伐というのはかなり危険らしく、

腹筋100回。スクワット100回。ランニング100周・短距離ダッシュ50本のノルマに加えて、

そこからぶっ倒れるまで無限スパーリングという地獄メニューを朝から夜までやらされる。

勿論、休みなんてものは一日たりともない。


正直、この訓練こなすくらいなら学校いた方が100倍マシだった。

しかし、ここにに入る前に『一生影で生きていく』とかなんとか諸々書かれてた契約書に

(よく読まず)サインしてしまった為、辞めたいにも辞められない。

ちなみにこの施設を許可なく出ようとした場合、秘密保護の為、消されるらしい。


…………ヤバくね?


「おい、新入り!やる気ないならこの俺様に順番譲りやがれ!!」

「テメェ、抜かすんじゃねぇよ!コイツの次は俺だろうが!!」


前にいる俺を払いのけて突っ走っていく先輩達。

その顔からはやる気……というより、殺気みたいのが漏れ出ている。


あ、あの人達に本当に俺と同じ元ニートなんだよな?

事情知らないで、今の一コマだけ見れば完全に強豪野球部の練習風景だ。


この人達に限らず、ここにいる人達は毎日、全員必死で訓練に取り組んでいる。

俺も怒られるのが怖いから真剣にはやっているが、そういうのとはまた何か違う気がする。

同じ元ニートのはずなのに、どうしたらあんな死に物狂いでやれるのか、謎だ。



「も、もうダメ…………」


『ビー、ビー、ビー、ビー』


俺が体力の限界を迎えて倒れたところで施設内にサイレンが響き渡る。

すると、みんな一斉に訓練をやめ、どこかに向かい出した。


「ほら、飯だ、飯ー。いくぞ、新入り」


そう言って倒れた俺を担ぐ先輩ニート……‥じゃなかったハンターのペットさん。

さっきのサイレンは昼休憩の合図だ。

あのサイレンが鳴るとみんなお昼を食べに食堂へ向かう。


「ウッ……、食べる気しねぇ」


俺は満タンまでよそわれたご飯を前に吐き気を催し、箸を止める。


今までは昼休憩中ずっと気絶してたので初めてありつけた昼飯だが、

全くと言っていいほど食欲が湧いてこない。

しかも、今日のメニューはよりによって豚カツ。

バカなのか、料理人は。もっとおにぎりとか簡単なのでいいんだよ。


「食べとけよー、新入り。じゃないと、午後動けないぜ」


そう言ったのは俺をこの食堂まで連れてきたペットさんだ。

この人は俺の教育係に指名された為、俺を色々と面倒見てくれる。

ちなみにペットさんは家で飼っていた猫が死んだショックで立ち直れなくなり、

一年間そのまま引きこもってたところ、ここに連れてこられたらしい。


あんだけ運動した後だというのに、バクバクとご飯を食べ進めるペットさん。

やっぱ先輩スゲェー。


「…………あ、あの、ペットさんはここ長いんですよね?」


「あぁ。かれこれもう2年くらい経つ」


に、2年もここに…………。

そりゃあ、慣れるわけだ。


「じゃあ、もしかして、ここのこととか色々詳しいんすか?」


「まあな。とは言っても、俺が知ってるのは共通認識の範囲内だが」


つまり、裏話はあんまり知らないってことか。


「あの、良ければなんですけど、その知ってる範囲でいいんで、

ここのことについてちょっと教えてくれないっすか?

俺、入る時の説明、あんま聞いてなくて」


ご飯を食う気がしない俺はこの間を使ってここについて聞いてみることにする。

自分が何の為に訓練してるか知れば、少しはやる気も出てくるかもしれないしな。


「ん?まぁ、別にいいが、何を聞きたいんだ?」


「いや、全部…………。そもそも俺、幽霊が何かもよく分かってないんで。

幽霊を実際に見たこととかもないですし」


なんだったら、まだ幽霊の存在を疑ってるまである。


「お、お前、よくそんな状態で契約書にサインしたな」


いや、本当にそれな。

自分でも計画性のなさにびっくりだよ。


「…………はぁ、分かった。俺が一から教えてやる。

でも、ちゃんと食いながら聞けよ」


「うっす。ありがとうございます」


こうして、ご飯中ではあるが、先輩ハンターのペットさんによる軽い講義が行われることとなった。


「いいか。まず誤解してるようだから先に言っておくが、幽霊が見えないのは当たり前だ。

幽霊は普通、人間には見えないし、触れることも出来ない」


「えっ、そうなんすか?」


そりゃあ、幽霊見えないっていうのは当たり前だけど、

こんな組織があるってことは見えないところに隠れてるだけで、

普通に見えるんだと思ってた。


「逆に聞くが、お前の周りにゴーストを見えたっていう奴いたか?」


「いや、俺、引きこもりだったんで、なんとも…………」


「………………………………………………。」


俺の応えに『そういえば俺もそうだった』みたいな顔をするペットさん。

まぁ、ここにいる奴らは大体、同じ穴の狢だからな。仕方ない。


「オ、オホンッ。と、とにかく、幽霊は人の目には見えない。これは常識だ。覚えておけ」


「うっす」


「それで、じゃあ、どうやってハンターが幽霊を視覚し、討伐するのかって話だが、

それは組織が開発した専用のゴーグルと武器を使えば解決する」


「ゴーグルと武器?」


「あぁ。それらはハンターになった時に支給されるものだから俺もよくは知らないんだが、

なんでもそれを使えば幽霊が視覚できるようになって、攻撃できるんだとか」


「へー」


科学……なのかは分かんないけど、すげーな。


「でも、だからといって、簡単に幽霊が討伐できるってわけじゃない。

個体差はあるものの、基本、幽霊は人間より優れた力を持つと言われている」


「幽霊が……優れた力…………」


俺はペットさんの言葉を受けて幽霊と戦う自分を想像してみる。

自分より早く動く幽霊、自分より力の強い幽霊…………。


「…………ピンと来ないって顔だな」


俺のなんとも言えない表情を見てそう告げるペットさん。


「いや、何となく幽霊が人間より強いっていうイメージはあるんですけど、

実際に戦うところを想像してみるってなると、やっぱりまだしっくりこないというか」


「気持ちは分かるぜ。俺もまだ実際に幽霊を見たことあるってわけじゃないからな。

幽霊は強いって口で言われてもそりゃあ、ピンとは来ない」


ペットさんはそう言って俺の言葉に賛同する。


「でも、そういう奴の為に……ってわけじゃないが、一応、

発見した幽霊がどのレベルなのかっていうのを明確化する為に

幽霊はランク付けというものをされている」


ほう、ランク付け…………。


「まずDランク。これは放っておいてもほぼ無害な幽霊で武器さえあればそこら辺の一般人でも倒せる。

次にCランク。これは見つけたら殺しておけって感じの幽霊で一般人だと少し手に負えない。

まぁ、ちょっと喧嘩強いヤクザくらいだと考えろと俺は言われた。

そして、Bランク。このクラスになると、流石にハンターじゃないと太刀打ちできなくなる。

感覚的には特殊能力を持ったクマくらいを想像しろと言われた。

んで、Aランク。これはヤバい。とにかくヤバい。

Dランク、Cランク、Bランクと比べて数はかなり少ないようだが、

いざ戦うとなれば生身で戦車と戦うようなものだと言われた」


「な、生身で戦車と…………」


た、確かにそれはヤバい。軽く死ねるな。

いや、Bランクでも相当ヤバいけど。

特殊能力持ったクマって。勝てる気しねぇー。


「だが、本当にヤバいのはそのヤバい奴より更にヤバい、Sランクの幽霊だ。

このレベルが一体でも街に現れれば、その街は半日と持たずに壊滅するらしい」


「っ!!」


一体で街を……?


「まぁ、そのレベルの奴らは知能も高くて長く生きる為に影に潜んで人を喰うらしいから

あんまり街に出てくるなんてことはないらしいが、強さ的にはそのレベルってことだ」


「ふむ…………」


…………って、いや、ちょっと待て。

今、さらーっととんでもないことを耳にした気がしたぞ。


「ペットさん、今、幽霊が人を喰うって言いました?」


「ん?あぁ」


いやいやいやいや、聞いてないよ?

幽霊が人喰うだなんて。


「ってか、それがこの『REBORN』が設立された理由でハンターがいる理由だからな。

例え、幽霊がいたとしても何もしてこないなら問題ない。

だが、実際の幽霊は人を襲い、喰う。だから、ハンターが必要なんだ」


「な、なるほど…………」


一瞬、衝撃の事実にビビった俺だったが、ペットさんのその説明を聞いて納得する。


幽霊に食事が必要なのかは分からないが、よく考えてみれば、

人間が美味いから牛をとって食ってるようなものか。

そう考えると、一概に幽霊を否定することは出来ない。

まぁ、幽霊は食べられないだろうから人間にとっては害でしかないわけだが。


「…………幽霊についての話はこれで終わり。それでこっからが、

ようやく本題であるここについての話になるわけだが、

もうここまで説明すれば俺達が何の為に訓練してるかは分かるよな?」


「うっす」


ようは俺達、社会不適合者がいきなり幽霊と戦っても即死するだけだから、

少なくてもクマを倒せるくらいには強くなりましょうねってことだろ?


「これはお前も知ってると思うが、ハンターになるにはここで何年とかじゃなく、

どれだけ長いことここにいたとしても上からの許可がないとハンターにはなれない」


うん、知らなかった。


「その期間は結構、個人差があって、平均だと4、5年くらいだが、」


平均4、5年!?


「遅い奴だと8年とか9年くらい掛かる奴もいる」


は、8年から9年…………。


「まぁ、逆に本当にごく稀だが、数ヶ月で出ていくような化け物もいるにはいるらしいけどな」


「…………………………………………。」


ほ、本当にかなり個人差があるな。数ヶ月〜9年って。

やはりそういうのは元々持ってるスペックの差ということだろうか。


「ちなみに10年超えると強くなってようが、なってなかろうが、

強制的に出て行かされるから気をつけろよ」


「え、マジっすか」


「大マジだ」


10年で強制退去…………。

いや、まぁ、流石にそこまで長くいるつもりはないけど、

それってつまり死ぬ確率が高いのを承知で任務に出されるってことだよな?


『でも、それは決してあなたが無能だと、何も出来ないと、そう証明しているわけじゃない』


あんなこという組織に見限られるということは、

それは本当に自分自身が無能という烙印を押された証拠。

社会的にもゴミ。それ以外のところでもゴミ。


…………なるほど。みんな、死にものぐるいになるわけだ。


「まぁ、それだけやってもハンターになった95%が死んじまうんだけどな」


「………………………………………………。」


…………ん?

キュウジュウゴパーセントがシヌ?


「え、えーっと、ごめんなさい。今なんと?」


聞こえてはいたが、まさかそんな筈はないと俺は聞き返す。


「いや、だから95%が…………、って、まさか……!

お前、それも知らなかったのか!!?」


「ウ、ウン。ボク、ソレシラナイ」


「はぁぁぁぁぁぁ。お前、ここに入る前の説明の時、何してたんだよ…………」


同じ穴の狢なはずなのに、俺の計画性の無さに呆れて頭を抱えるペットさん。


…………言えない。絶対に言えない。

ローブの人がローブ取ったらめちゃくちゃ可愛い女の人で、

それに見惚れてたせいで説明聞いてなかったなんて絶対に言えない。


「まぁ、もう入っちまったもんは仕方ねぇ。

こうなったら精々、死なないように頑張るんだな」


「…………う、うっす」


こうして、俺も晴れて、死に物狂いで特訓する社会不適合者達の仲間入りを果たすのだった。


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(おまけ)


施設での規則。

第一条 許可なく施設内から出ることを禁ず。

第二条 教官に逆らうことを禁ず。

第三条 仲間内でのイジメ、恐喝、殺し合いを禁ず。

第四条 訓練中、手を抜くことを禁ず。

第五条 組織の者の素性を無理に探ろうとすることを禁ず。

第六条 施設内での恋愛行為を禁ず。

第七条 起床5時。就寝22時。これを破ることを禁ず。

第八条 弱音、言い訳を禁ず。

第九条 第一条から第八条、これら禁止事項を破った者、罰則。

第十条 まぁ、頑張れ。

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