第参話 市役所駅 ~肆~


 トンポーローを食べて、すっかり満足した星路羅針と、それに付き合った旅寝駅夫の二人は、中華街を後にして、出島でじまへと向かう。

 歴史の教科書で習った出島の絵は、四方が海に囲まれていたが、現在の出島は三方が完全に埋め立てられてしまい、柵で囲われているだけだった。

 当時は出入りが厳しく制限されていたが、今や入場料を払えば誰でも入れるのだから、この時代に生まれて良かったと言うべきだろう。


 出島の出入り口は3箇所あるが、現在2箇所は閉鎖されていて、唯一埋め立てられなかった側にある、当時と同じように橋を渡って入る。

 橋の手前にあった案内板には、明治以降の埋め立てによって埋没した部分を、発掘調査により推定し、顕在化させているという。

「なあ、この地図さ、川の所も赤い線で囲ってるけど、当時はここまで出島だったってことだよな。埋めただけじゃなくて、削ってもいるのかな。」

 駅夫が案内板の地図を見て聞いてくる。

「この地図からすると、そう言うことだろうな。」

 羅針も確信を持てなかったが、地図から推測するとそう言うことだろうと考えた。


「今この幅を飛び越えるのはオリンピック選手でも絶対無理だろうけど、当時の幅ならワンチャン行けたんじゃね。」

 駅夫がまた変な妄想を始める。

「行けたとしても、見つかれば即極刑。市中引き回しの上打ち首獄門ってやつだろうな。」

「おおこわ。令和の今は入場料さえ払えば堂々と入れるんだから、本当によかったな。」

「当時は、外国に行く手段がなかったから、命を懸ける価値があったかもしれないけど、今の時代金さえ払えば世界中どこにでも行けるんだ。無理矢理押し入るのは強盗と駅夫ぐらいなもんだよ。」

「おい、俺には当時の幅でもジャンプは出来ないよ。ってか俺はそんなことしないぞ!」

「なんだ、やらないのか?極悪人の駅夫ならと思ったんだけどな。」

「誰が極悪人だ!」

 そんなことを言って二人して笑いながら、橋に向かう。


「この橋を渡るとさ、役人として派遣された様な気分が味わえるよな。」

 橋を渡りながら駅夫がそんなことを言う。

「でも、お前庶民で極悪人だから入れないぞ。」

 羅針が身も蓋もないことを言って笑う。

「だから極悪人じゃねぇよ!って、でもよ、ワンチャン中に入ることにでもなれば、期待に胸躍らせてたんじゃねぇの。」

 駅夫がキラキラした目で言う。

「あのな、当時は帯刀した門番や幕府の役人が目を光らせていたんだぜ、その上外国人なんて宇宙人ぐらい未知の生物だったんだぞ。そんなところに放り込まれるんだから、ライオンの檻に入るぐらいの恐怖でしかないって。」

 羅針が夢も希望もないことを言う。

「そうかぁ。そんなもんかなぁ。結局当時の人にとって、命を懸けてここに来る価値はなかったのか。」

 駅夫は羅針の主張に納得してしまった。

「当時の人が、この出島に対してどんな思いを描いていたかは想像だにできないけど、畏怖や恐怖の対象だったんじゃないかなと俺は思うけどな。もしかしたら商人だけは銭にしか見えなかったかも知れないけど。」

 羅針も確信は持てないながらも、そんな想像をする。


「この橋は2017年に架けられたんだけど、出島側に基礎が造れなかったから、梃子の原理を応用したような形になってるらしいぞ。」

 先程、橋の脇にあった説明を読んでいた羅針が、駅夫に教える。

「へぇ。この変な波打った形は、そのためなんだな。良く出来てるな。でも、散々破壊しておいて今更な気がするのは俺だけか?」

「今更でも、遅くはないってことだろ。」

 橋を渡りきった二人は、入場券を買って中に入る。

 

 まずは入って右にある総合案内所へと向かう。

 ここでは、出島の歴史などを映像で学ぶことが出来る。

 寛永かんえい13年(1636年)に築造された出島は、安政あんせい6年(1859年)に閉鎖されるまで、日本で唯一西欧に開かれた窓として近代化に大きな役割を果たしてきた。


 その発端はポルトガル人が種子島に漂着したことから始まる。室町時代の鉄砲伝来である。ポルトガルと開始した貿易が盛んになると、ポルトガル人は平戸に商館を造り拠点とするが、江戸時代に入りキリスト教に対する弾圧が苛烈を極めると、キリスト教の布教に熱心だったポルトガル人を制限するために、出島が築かれ、そこに押し込められたのだ。


 その後ポルトガルとは国交を断絶し、代わりに白羽の矢が立ったのがオランダであった。オランダ商館は、江戸幕府が滅亡する幕末まで日本の窓口として機能していたのだが、安政五カ国条約を契機に、出島はその役目を終えた。


 出島は中島川の河口付近にあったことで、土砂が積もり半分陸続きになっていたことから、海側が埋め立てられ、陸側が削られるなどして、中島川の変流工事が敢行された。

 その後時代が下り、第二次世界大戦を経て、出島復元の気運が高まると、敷地を公有化し、様々な建物が復元されていき、現在に至る。


「元々はポルトガルのためのものだったんだな。ずっとオランダが使ってたのだとばっかり思ってた。」

 駅夫がビデオを見て、そんな感想を漏らした。

「普通そう思うよな。ポルトガルなんてあっという間に駆逐されたからな。記憶から消え去ってもしょうがないだろ。」

「なんかいつになく寛容だな。いつもなら、そんなの学校で習っただろぐらいの勢いなのに。どうした?熱でもあるか?」

 駅夫がいつもと違う羅針に戸惑いながらもからかう。

「熱なんかねぇよ。いつも通りだ。」

「なんだよ、また照れ屋の羅針ちゃん登場か?」

「うるせぇ!次行くぞ!」

 そう言って羅針は、案内所を出て行った。駅夫も慌ててその後を追う。


「そう言えば、ここ道幅が広いけど、やっぱり貿易のために荷物の行き来がしやすいようにか?」

 駅夫がキョロキョロしながら羅針に聞いてくる。

「もちろんそれもあるだろうけど、一番の理由は火災の延焼を防ぐためだそうだ。以前はもっと道幅が狭くて、大火事になったらしいよ。今復元されているのは、その火事があった後の様子だそうだ。」

「へえ。なるほどね。だから、道端に桶みたいなのが積み上げられてるのか。」

「いわゆる防火用水だな。当時は消火栓なんてなくて、バケツリレーで消すしかないからな。江戸の街でもこういうのがあちこちに設置されてたらしいぞ。」

 

 二人は通路右側の建物から一軒一軒すべて入り、そこに書いてある説明書きやビデオを見て、理解できなかったことを駅夫が羅針に聞くということを繰り返していた。所々ガイドさんの説明を受けたりして、更に理解を深めていった。

 ガイドさんによると、建物は西洋風のレンガ造りではなく木造建築ではあるが、窓にガラスが填め込まれていたり、梁の高さが高かったり、すべてが西洋人向け仕様になっていたそうだ。

 また、出島以外の外出を厳しく禁止されていたため、監獄とも呼ばれるほど窮屈な生活を強いられ、娯楽を求めて、オランダ人たちは島内でビリヤードやバドミントンなどをして楽しんでいたそうだ。

 当時のビリヤード台が再現されていたが、緑色の台はそのままなのだが、壁には沢山の穴があり、現在の6つの穴とは違う形状に、二人ともどうやるんだと、ハテナが頭を回転していた。

 当時はキリスト教が禁止されていたため、大々的にクリスマスを祝うことが出来ず、娯楽のほとんどない島内で、年に一度の楽しみであったであろうこの行事をおこなうために、苦肉の策として、〔阿蘭陀冬至おらんだとうじ〕と名前を変えて祝っていたらしく。当時のクリスマス料理が再現されていた。


 島内の建物はすべて復元されたものだが、良く再現されていて、当時の様子が良く分かる。壁紙の唐紙一つ取っても、当時の絵を元に再現されていたり、ソファー一つ取ってもオランダから当時のものと似たようなものを取り寄せたりするなど、細部にこだわって再現されているという。


 当時の貿易は金銀銅を輸出し、中国産の生糸、絹織物、砂糖、香木、胡椒、鮫皮、薬品などの他、多くの日本人が学んだ蘭学の本などもここを通して持ち込まれた。

 大量の金銀銅とこれらのものが同等の価値があったとは、今思えば考えられないが、当時は非常に貴重なものだったと言うことである。


「長崎では料理に砂糖を使うことが多く、甘めの味付けだけれども、甘みが足りない時に何が遠いというでしょうか。」

 ガイドさんが一つクイズを出してくれた。

「砂糖が遠いじゃそのまま過ぎるしな。あじが遠いじゃ意味をなさないし。役所が遠いとか。官民の官みが遠いってことで、甘味と掛けてみました。」

 駅夫はひねりにひねってそんな答えを出したが、ガイドさんから良い線行ってると褒められた。

「やはり何かに掛けているのか。ならば、あまみと掛けて奄美大島の大島が遠いとかかな。」

 羅針は駅夫の答えをヒントに答える。

「ずるいぞ、人の答えパクるなよ。」

「いいえ、残念ながらそれも不正解です。正解は〔長崎が遠い〕ですね。それほど当時から長崎は甘味の代名詞だったと言うことです。お二人とも惜しかったですね。」

「確かに方向性は正しかったわけだ。長崎とは思い至らなかった。一番に外したからな。」 羅針は悔しそうにする。

「お前は俺の答えをヒントにしただけだろ。それにしも、まるで京都の洒落言葉みたいだな。なんかあったよなそんなの。お茶がどうとか言うの。」

 駅夫がガイドさんの答えを聞いて、そんな感想を漏らす。

「それを言うなら、〔お茶はもみじにてよ〕だな。」

「そうそれ、ところでそれどういう意味だ。」

「お茶はもみじ、つまり紅葉こうようで点てろ、ってこと。要は味が濃いのが良いよって意味だな。」

「そう言うことか。じゃあちょっと方向性が違うな。」

「洒落言葉としては似たようなものだから、良いんじゃないか。」

「なんか今日は優しくないか?やっぱり熱でもあるだろ。」

 駅夫が羅針の額に手を当てようとする。

「ねぇよ。」

 笑い出した二人の茶番に、ガイドさんも一緒になって笑っていた。

 ガイドさんにお礼を言って、引き続き見学を続けた。


 二人は出島を隅々まで見学した。ビデオを見たり、説明書きを読んだり、ガイドさんの説明を聞いたりしながら廻っていたら、既に2時間近くが経っていた。

「やっぱりこれでも時間が足らないか。しょうがないな。」

 羅針が予定していた2時間に迫っていたが、まだまだ見所はあったし、もっと色々と知りたいことが出てきたが、次のスケジュールもあるので、そろそろ切り上げることにした。

「もう時間か。また来れば良いよ。いつ来られるか分からないけど、また来たくなったら来れば良いじゃん。何でも腹八分だよ。」

 駅夫がそう言って、羅針をなだめ、二人は出口へと向かった。

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