第弐話 国府宮駅 ~参~
国府宮駅には有人地下改札と無人橋上改札、それと〔はだか祭〕の際に使用される臨時改札の3箇所がある。元々有人地下改札と臨時改札しかなかったが、バリアフリー法施行に伴い、苦肉の策で橋上改札を造ったらしい。
二人はたまたま降りたのが地下改札口へと繋がる階段の前だったので、そのまま有人改札を潜ったが、もし橋上改札に向かう階段の側に降り立っていたら、この駅は大きい割に無人駅なのかと勘違いするところだった。
改札口を出て、いつもやるように駅周辺地図を見ながら周辺の宿を探す。
やはり市街地であるためか、ビジネスホテルしか見当たらず、近場の一件にツインの空きがあったので、そこをネットで予約する。
そのまま、どこかで食事にしようと思ったが、さすがに何か地元のものをと思い、〔国府宮駅 グルメ〕で検索すると、焼き肉、ラーメン、お寿司、果てはもつ鍋まで出てきて、国府宮に来た意味ないだろとなった。
「なんもないのかな、地元グルメ。」
羅針が色々検索を掛けるが、ピンと来るものが出てこない。
「じゃ、国府宮とか
駅夫が、そんなことを言う。
「なるほどな。それなら出るか。」
駅夫にしてはナイスアイディアだと思い、羅針は〔愛知グルメ〕で検索を掛ける。すると、ひつまぶしを筆頭に、味噌煮込みうどん、きしめん、味噌おでん、名古屋コーチン、豊橋カレーうどん、味噌カツ、ガマゴリうどん、手羽先唐揚げ、あんかけスパゲッティとリストアップされた。
「どれにする。」
羅針は検索結果を駅夫に伝え、希望を聞く。
「やっぱりこう言うのだよな。どれも美味そうだし、迷うな。ガマゴリうどんとか気になるけど、うどんだろ。」
「ガマゴリうどんか。ガマゴリうどんは、言うなれば
「なるほどな、美味そうだけど、それはまたの機会だな。じゃ、やっぱり一番気になるひつまぶしにするか。ちなみにひつまぶしって鰻だよな。鰻重と何が違うんだろ。」
「ひつまぶしは、蒸さずに、焼き上げたうなぎの蒲焼きを細かく刻んで、おひつに敷き詰めたご飯の上にのせた愛知県を代表する郷土料理だって。1杯目はそのまま、2杯目は薬味をのせて、3杯目はお茶漬けにして食べるんだそうだ。」
スマホの説明を羅針が教える。
「なるほどね。タレだけで食べる鰻重とは違うのか。それは惹かれるな。よし、それにしようぜ。」
「了解。近くのひつまぶしを提供してくれる店は。……鰻を一匹丸ごと使用したひつまぶしがあるらしいぞ。値段は少し張るけど、どうだ。」
羅針がスマホで検索した店を駅夫に見せる。
「おう、そこにしようぜ。どうせならたっぷり堪能したいじゃん。」
「そうだな。」
「少し歩くから、ホテルに荷物預けてから行くか?」
駅夫の大きなザックを見て、羅針が提案する。
「悪いな、そうしてくれると助かる。」
駅を挟んでホテルとひつまぶしの店は反対側だったが、ホテルの方が近いので、まずは荷物を預けに行った。ホテルは快く預かってくれ、身軽になった駅夫を連れて、ひつまぶしの店へと向かう。羅針は念のためと、店に電話を掛けて二人分の予約を取った。
結構大きな店構えで、寿しをメインでやっていた。
先程電話した者だと伝えると、予約席に通してくれた。お目当てのひつまぶしと、生ビール、それに手羽先もあったので、それも注文する。
まずはビールで乾杯した。すっかり暑くなったので、冷えたビールが喉に心地良い。
身がほろほろ崩れる甘辛い味付けの手羽先とビールを味わっていると、漸く待望のひつまぶしが登場した。
ひつまぶしの鰻はおひつからこぼれ落ちそうなほどたっぷりと入っていて、茶碗蒸しも付いていた。さっそく説明されたとおり、ひつまぶしを茶碗によそい、1杯目をそのまま頂く。
鰻の香ばしい香りと、蒸さずに焼いているためか、いつも食べる鰻重とは食感が異なり、ふわふわと言うよりも、歯応えのあるしっかりした身が旨味を引き立てていた。
「美味いけど、鰻重より身がしっかりしてるのが、何とも言えないな。」
駅夫が一口食べて、そんな感想を漏らす。
「確かに、身がしっかりしているから、旨味はあるけど、やはり食感が慣れないな。」
羅針も駅夫に同意する。
1杯目をペロリと平らげると、2杯目をよそい、薬味をのせて頂く。
「薬味をのせるだけでこんなに変わるのかよ。食感はあれだけど、薬味が旨味を引き出してきて、これは驚きだな。」
駅夫が驚いたように言う。
「ああ、びっくりだな。こんなに変わるとは思いもしなかったよ。」
羅針も、話には聞いていたが、これほどとは想像だにしていなかった。
最後の3杯目はお茶漬けである。出汁を掛けて頂くのだが、駅夫が一口食べて目を剝いた。無言でお前も早く喰えと羅針を促す。
羅針も、促されるままに一口運ぶ。出汁に浸したことで少し柔らかくなった鰻の身は、慣れなかった食感がなくなり、出汁と絡み合うことで、その旨味が存分に引き出され、口の中に広がっていき、まさに至福であった。
「こんな美味い食べ方があったんだな。まさに鰻の新境地だ。」
駅夫が興奮したように言う。
「新境地か。それはさすがに大げさだけど、確かにこれは体験したことのない旨さだな。」
羅針も、美味いということには同意する。
たっぷり入っていたひつまぶしをペロリと平らげ、二人とも茶碗蒸しに取りかかる。
出汁の利いた、少し硬めの茶碗蒸しは、卵の風味と、具材の味が相まって、なかなか美味かった。
最後に残ったビールを飲み干し、ランチが完了した。結構高価なランチとなったが、二人とも大満足だった。
店を出た二人は、どちらからともなく、グウタッチをした。
「当たりだったな。」と駅夫。
「ああ、美味かった。」と羅針が返す。
「さて、腹も満たしたし、次は〔はだか祭〕で有名な〔
羅針が提案する。
「了解。ところではだか祭って?」
駅夫が聞いてきた。
「聞くと思ったから調べてあるよ。毎年旧暦1月13日に執り行われる
ちなみに儺負人とは、
羅針がスマホを見ながら説明する。
「ふーん。要は厄払いの神事で、鬼ごっこみたいなもんだろ、なにがそんなに魅力なんだ。」
駅夫が率直な疑問を抱く。
「単なる厄払いを想像してたら、何の魅力も感じないだろうけど、
「一万人?!まじか。そりゃ圧感だな。」
「ああ。これを見てみろよ。」
羅針が立ち止まって、スマホで動画を見せてやる。
「なんだこれ!男たちが波打ってるじゃん。どんだけいんだよ。って一万人か。これはすげぇな。」
「ぱねぇだろ。一万人が全員ここにいるのかは分からないけど、この迫力はすげえよな。」
「確かに。これだけの規模なら、有名にもなるはずだ。鬼ごっこみたいなのを想像してた俺が悪かった。」
駅夫は暫く動画に見入っていたが、羅針に促されて、尾張大國霊神社へと歩を進めた。
尾張大國霊神社に着くと、いきなり楼門が現れた。
振り返ると、大鳥居があり、どうやら参道を横断する道路から入ってきてしまったようだ。仕方ないので、二人は楼門の前で帽子を取り一礼して境内へと入る。
右手に手水舎があったので、そこでお清めをして、拝殿へ向かい、参拝する。
その後、社務所に向かい、御朱印を拝受し、参詣を終えた。
こちらの神社には、
尾張地方の國霊神(くにたまのかみ)であり、生きていく糧を生み出す根源である国土の霊力を神として敬い、お祀りしているという。
楼門や拝殿は重要文化財で、楼門は室町時代初期の建築、拝殿は江戸時代初期の建築と言われている。また、本殿は
参拝後、二人はそんな珍しい建物を見て回り、記念撮影をしたりして、境内を散策し、神社を後にした。
「思ったより狭い境内だったな。もっとだだっ広いのを想像していた。」
駅夫が正直な感想を言う。
「確かにな。あそこに一万人も入るのかな。もし入るんだとしたら、あの動画の光景はさもありなんてことなんだろうけど、あの境内を見ちゃうと、ちょっと無理があるよな。」
羅針もそんな風に言う。
「もしかしたら、境内に入りきらなくて、参道とかにも溢れるんじゃないかな。あの中に一万人はおそらく無理だよ。もし本当に一万人があの中に入るんだとしたら、山手線のラッシュなんか目じゃないくらいの地獄だぜ、きっと。」
駅夫が想像でそんなことを言う。
「まあ、実際のところは分からないけど、あの境内で男たちが押し合い圧し合いしてるのを想像したら、恐怖すら感じたよ。」
羅針も正直に感想を言った。
「いずれにしても、すげぇお祭りがこの場所で開かれてるってのは、俺も実感した。」
駅夫も身震いせんばかりの表情で応える。
「確かにな。百聞は一見にしかずだけど、半見でも百聞は充分にしかずだよ。」
「なんだそれ。」
「一見にも満たない程度の一瞥でも、聞くよりはすげぇってことだよ。」
羅針がした諺の変な
二人は、この後どうするか考え倦ね、取り敢えず参道を歩いてみることにした。白い砂が敷き詰められた参道はかなり長く、おそらく300m以上はあった。
結局参道には鳥居以外特に何もなく、沿道にも店はなかった。まもなく参道が終わりそうな場所に、レトロな風情のあるバルコニーが印象的な建物が見えたので、参道を外れて向かってみる。
表に回ってみると、立て看板に〔
説明書きによると、この建物は明治13年に建立され、明治20年4月に開校された
どうやら中に入っての見学は出来ないようで、塀の外から見るしかないが、瓦葺きの屋根と洋館風の佇まいのミスマッチ感が、レトロ感と相まって、何とも言えない郷愁をそそった。
二人はその風情ある建物を写真に収め、記念撮影をした。
「中に入って見学したかったな。」
駅夫が残念そうに言う。
「確かにな。ちょっと残念だけど、仕方ないな。」
羅針も残念そうに言った。
「この後どうする。」
駅夫が聞いてくる。
「〔稲沢あじさいまつり〕って言うのを、
「あじさいか。それも良いな。よし行こう。」
二つ返事で駅夫が承諾する。
「じゃ、駅前からシャトルバスが出てるから、急ぐぞ。」
「了解。」
二人は国府宮駅前のバスターミナルへと急いだ。
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