第弐話 国府宮駅 ~肆~
二人が駅に着くと丁度シャトルバスの最終便が止まっていた。慌てて二人が乗り込むと、すぐにバスは発車した。
10分程でバスは性海寺に到着した。休日と言うこともあり、人出はかなりあった。
まずは、あじさいの前に性海寺を参拝することにした。
性海寺は
二人が、稲沢市指定文化財の山門を潜ると早速満開の紫陽花が出迎えてくれた。それを横目に拝殿へ向かい、まずは参拝をする。
拝殿の裏手には重要文化財に指定された多宝塔があり、更に奥にある本殿も重要文化財であった。多宝塔は室町時代の再建とされ、下層は方形、上層は円柱の建物である。本殿は慶安元年(1648年)の建立で、
参拝を済ませ、境内の建築物を見学し、御朱印を拝受したら、いよいよ境内奥にある大塚性海寺歴史公園の方に向かい、紫陽花を愛でる。
公園に入ってすぐの所に〔ヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)〕の石碑があった。石碑には2000年ミレニアム記念樹と但し書きがしてあった。石碑のそばに立つナンジャモンジャの木は、日本では対馬、長野県、岐阜県の東濃地方の木曽川周辺と、愛知県に隔離分布する珍しい木で、5月上旬には白いプロペラのような花を咲かせるのだが、残念ながら今は緑の葉が生い茂った只の木だった。
園内にはスマホやコンパクトカメラだけでなく、巨大なレンズを付けた一眼カメラを担いだ人たちが、思い思いに美しい紫陽花を写真に収めていた。
定番の手鞠紫陽花や額紫陽花から、
二人も記念撮影をしたり、各々気に入った株を駅夫はスマホに、羅針は一眼に収めていった。
「ホントに綺麗だな。」
駅夫が感心したように言う。
「ああ。見に来て正解だった。」
羅針はしゃがみ込んでローボジション・ハイアングルで撮影しながら応えた。
「おっ、さすが羅針だな。そんなアングルで撮るんだ。」
「まあな。カメラおじさん界隈では基本のきだな。」
「なるほど。俺もやってみよ。」
駅夫が羅針の隣にしゃがみ込み、同じようにローボジション・ハイアングルで撮影した。
「これはいいな。迫力が全然違う。」
駅夫は自分が撮った写真を見て、驚いたように言う。
「だろ、もちろん定番の上から撮るのも良いんだけど、いつもの自分の目線と違う視線で撮ると、印象ががらりと変わるからな。」
羅針がそう説明をする。
「なるほどね。いつもの自分の目線と違う視線ね。そう言えば、お前の部屋に飾ってある向日葵の写真、あれも確かに普通の目線じゃなかったよな。」
「ああ、あれね。あれも、確かにローボジション・ハイアングルで、夕陽と風車をバックに入れたからな。でも、良く覚えてるな。」
「そりゃ、でかでかと部屋の真ん中に飾ってあったら、印象にも残るって。良い写真だしな。」
「ありがと。唯一賞を貰った作品だから、大きく焼いて貰ったんだ。って、ほら、そんなことは良いから、陽も暮れてきたし、早く見て回ろうぜ。」
羅針が照れくさそうにう言って、立ち上がって先を促す。
「ん?まだ陽は高いぞ。お前の顔は夕陽みたいだけど。」
照れくさそうにしている羅針を、駅夫がからかう。
二人は古墳だという高台から撮影したり、橋を入れて撮影したり、様々なアングルで紫陽花を撮影し、二人は陽が暮れるまで、存分に堪能した。
紫陽花を堪能した二人は、シャトルバスの最終がとっくに出てしまっていたため、足止めを食らってしまった。
「国府宮駅まで歩くと30分ぐらいかかるけど、どうする。」
羅針がスマホで地図を見ながら、駅夫に確認する。
「ホテルは夕食付いていないんだろ、ならどっか食事する場所を探しながら、ゆっくり歩いて帰ろうぜ。お前運動不足なんだから、少しは歩かなきゃな。」
駅夫が冗談を言いながら提案する。
「食事する場所を探すのは賛成だが、運動不足には賛成しがたいな。運動不足じゃなくて年取っただけだからな。」
羅針は負けじとそんな風に言い返す。
二人は、スマホの地図を頼りに歩いて帰る。
すっかり暗くなった農道をひたすら国府宮駅に向けて歩く。
昼間食べたひつまぶしがもの凄く美味かったとか、はだか祭がまさか一万人も押し合い圧し合いするものだとは思わなかったとか、紫陽花の美しさについてなど、今日体験したことを振り返りながら、駅夫が持っていた懐中電灯と月明かりを頼りに、のんびり歩いた。
結局、国府宮駅近くまで戻ってくるまで、食事が出来るような場所は特に見当たらなかったが、ようやくお食事処って看板が見えた。当たるも八卦当たらぬも八卦で、二人とも腹が減っていたので、取り敢えずここに決める。
中に入ると、お食事処ではなく、居酒屋のような手羽先の専門店だった。
席はカウンター席とテーブル席、それに小上がりもあった。二人はテーブル席に通され、席に着くや否や、飲み物と何人前かを聞かれた。何も分からずにビールと2人前と応えると、すぐにビールと手羽先10本が出てきた。
「なんだこのシステム。」
駅夫が面食らっていた。
「マジびびる。」
羅針もあまりのスピードに、どっかの早い・うまい・安いを売りにしていた牛丼チェーンより早いんじゃないかと感じた。
ひとまず、ビールで乾杯し、手羽先に手を付ける。
カリカリと良く揚がった手羽先は、甘辛いタレと塩胡椒の利いた味付けで酒がドンドン進む。二人ともあっという間にビールがなくなり、2杯目はハイポールを注文し、併せて手羽先も更に2人前を追加注文した。
二人はここで始めてメニューを開き、この店が手羽先専門店ではなく、お食事処だと言う根拠を知った。メニューは手羽先だけではなかったのだ。
二人は手羽先の他にも、メニューにあった刺身と一品料理を数品ずつ頼み、最後にご飯物を頼んで、夕食を終えた。二人が店を出たのは、既に20時になっていた。
ホテルまでは、歩いて5分もかからない場所だったが、ビールにハイポール、それから日本酒も飲んだせいか、酒に強い羅針はともかく、駅夫はほろ酔いのちょっと先ぐらいにいた。
ややもすれば、ふらつきそうな足取りになる駅夫を羅針は支えながら、ホテルに着いて、チェックインすると、預かって貰っていた駅夫の荷物を羅針が受け取り、寝るには充分なツインの部屋に通された。
部屋に入ると、二人は身体を投げ出すようにベッドへ倒れ込んだ。二人とも相当歩き疲れた上、良い気持ちで酔っていた。
「おい、寝ちゃう前に、明日の行き先決めようぜ。それともここでもう一泊するか?」
羅針が、駅夫に声を掛ける。
「おう。ちょっと待て、今スマホ出すから。」
駅夫がだるそうにバッグからスマホを取りだし、ルーレットアプリを起動する。
「それじゃ回すぞ。……じゃん!〔
駅夫は疲れてるのか、セルフドラムロールはなく、呂律も少しおかしかった。
「どこの?」
羅針がそれじゃ分からねぇよって顔で、問いただす。
「ん?ああ、長崎市
駅夫は頭も回らなくなってきたのか、羅針の質問の意味を理解するまでラグがあった。
「長崎市って長崎県かよ。めっちゃ遠いじゃん。」
羅針は、駅夫のスマホを覗き込んで確認すると、早速乗り換えアプリで全行程を検索する。
「朝一番で出れば、お昼前には到着できるけど、どうする。今日みたいにゆっくり出るか?」 羅針は、少し気遣って、時間を遅らせることも検討する。
「いや、良いよ。眠ければ、移動中に寝れば良いし。」
駅夫は、今にも寝落ちしそうな声で応える。
「そうか。それなら。明日の朝は5時47分に国府宮駅出発な。だから、起床は5時ということで。先にシャワー浴びるか?」
「ああ、ありがとう。」
駅夫は眠そうな目をこすりながら、着替えを持ってバスルームへと消えた。
羅針は、駅夫が眠りこけてないか、時折声を掛けてやりながら、明日の行程を纏めておく。今日は朝から長時間の移動に加え、駅夫は前面展望をずっと立って見てたから、相当疲れたのだろう。もうお互い歳なんだから、無理するなよと思いつつも、この旅行を心底楽しんでいる駅夫が、少し無理しても大丈夫なように、きちんとサポートしてやろうと、羅針は心に誓ったのだった。
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