第43話 決断
鷺宮さんに使命を押し付けられてから、日は流れた。今日はクリスマス。そして僕が決断する日だ。悪夢から身を守るドリームキャッチャーの飾りは無くなり、次に眠った時、僕の体は幻の僕の物になってしまう。そうならない為にも、この狂った世界を正常に戻さなければいけない。元の世界に戻れば、きっと幻は消える。そう信じるしかない。
その為には、敦子姉さんが必要だ。幸いな事に、敦子姉さんと連絡は取れた。今日、クリスマスの日に会う約束を交わした。敦子姉さんは僕からの誘いに喜んでいた。僕が世界を元に戻そうとしているだなんて、そんな非現実的な考えを敦子姉さんは……多分、知っている。知っていながら、僕の誘いに乗ってくれた。
上手くいくかは分からないが、どっちにしろ今日しかない。今日を逃せば、僕は消えてしまう。
「佐久間君? どうかしましたか?」
僕の異変を察知してか、花咲さんが僕の前に屈んで、顔を覗き込んでくる。そんな花咲さんの頬に手を当て、頬を押したり引いたりした。酷い顔に変化する花咲さんに、ほんの少しだけ元気が出た。
こんな風に花咲さんと過ごせるのは、もう無いかもしれない。
「……ありがとう、花咲さん」
「ふへ?」
「花咲さんと過ごして、楽しくなかった時は片手で数えるくらいだったよ。敦子姉さんだけだったら、叶わない楽しい日々だったよ」
僕の言葉に困惑している花咲さんを抱きしめた。思えば、こんな風に自分から誰かを抱きしめる事なんて、今まで無かった気がする。多分、僕は花咲さんを愛しているのだろう。異性としてではなく、家族として。
「……私、佐久間君に、ずっとこうしてもらいたかった。佐久間君の意思で、私を求めてほしかった」
「……ごめん」
「いいの。佐久間君が私と同じ想いじゃなくても、抱きしめてくれたから」
最初から最後まで、花咲さんは僕を好きでいてくれた。だからこそ、僕は今日まで生きてこれた。
「……行くんですよね」
「……うん」
「クリスマスに過ごすのが、私じゃないのが残念ですが……佐久間君の帰りを待ってますよ」
「……うん。きっと、帰ってくるよ」
花咲さんから離れ、僕はジャケットを着て玄関に向かった。扉を開けると、夜空から雪が降っていた。手の平で受け止めると、雪は僕の手に吸い込まれるように溶けていった。
家から少し出て、僕は振り返った。過去と今の思い出が詰まっている家と、リビングの窓から僕を見送っている花咲さん。僕が手を振ると、花咲さんも寂し気に手を振り返してきた。
クリスマスに浮かれている人々とは逆の方向へと歩いていき、待ち合わせ場所に指定した歩道橋の前に立った。歩道橋の中央では、先に着いていた敦子姉さんが僕を見つめている。かつて覚えていた温かさは、もう感じられない。
階段を上り、僕を待ち構えている敦子姉さんの前に行くと、周囲から聴こえていた雑音が消えた。歩道橋から街の様子を見下ろすと、さっきまで車や人で一杯だった街が空っぽになっていた。
「水樹君」
「……知ってるんですよね……全部」
「うん。でも、水樹君がどうするかは分からない。水樹君が決めた事なら、私は受け止める」
「……自分が死ぬ事になったとしても?」
「水樹君の為なら」
手すりに寄りかかり、夜空を見上げた。月の光を浴びて、本来の姿をさらけ出している鷺宮さんが僕を見下ろしている。
正直言って、まだ迷っている。僕が使命を果たせるとは思えない。このまま鷺宮さんに押し付けられた使命なんか忘れて、敦子姉さんと家に帰ってもいい。家で待ってる花咲さんの為に、帰りにケーキを買っていって、三人でクリスマスパーティーを開こう。クリスマスが終われば、僕は悪夢に殺されるが、幸せな最期を迎えられる。
でも、やっぱり生きていたい。敦子姉さんや、自分の未来を犠牲にしても、生き続けたいと思ってしまう。
「まだ迷ってる?」
「……お恥ずかしながら。こっちから呼び出した癖に、まだどうしようか決めかねてます」
「じゃあ、そんな水樹君の背中を押してあげようかな……私、人の運命を見る事が出来るの。いつ生まれて、どう生きて、いつ死ぬか。見るだけじゃなくて、私は運命に介入する事も出来る。でも、一人でも運命を変えてしまえば、全ての運命にズレが生じてしまう。形を元に戻しても、それは元の形とは異なったもの。それを承知で、私は……水樹君の運命を大きく変えた」
「僕の……?」
「水樹君はね……水樹君のご両親が事故で亡くなった時に、水樹君も死ぬはずだったの。幼い頃の水樹君と出会った時に、そうなる運命だと知った。いつもなら見て見ぬフリをするけど、もう遅かった。初めて会った瞬間、水樹君を愛してしまった」
「……それで、僕を生かしたんですか? 自分の為に?」
「そうだね。自分の為だった。だって、初めて好きになれた人間だったもの。人ってね、幸福になれる数に制限があるの。幸福な運命を持つ人はほんの一握りで、他は不幸な運命ばかり。ずっと見ていたら、私の心まで擦り減っちゃった。心から笑えなくなって、独りが寂しく思えるようになった……」
「だからって、僕を巻き込んでいい理由になんか……!」
「どう? 迷いは晴れた?」
隣に立つ敦子姉さんを見ると、敦子姉さんは微笑みを浮かべていた。この人はいつもそうだ。僕の良き相談役として立ち回り、僕の寄る辺になってくれる。
でも、それは僕を自分の物にする為。その為に、僕を両親と離れ離れにさせた。自分の寂しさに耐え切れず、無関係な僕を自らに抱き寄せた。何も知らなかったとはいえ、僕はこんな人を信頼していたのか。こんな人を僕は……愛していたのか。
「……敦子姉さんは、僕にどうしてほしいんですか?」
「違うわ、水樹君。水樹君がどうにかするの。水樹君が幸せに生きられるのなら、私はどんな事だって受け入れる」
「僕が知りたいのは、敦子姉さんの本音です。この際、自分の欲望をさらけ出してくださいよ」
「いいのかな~? 私が水樹君にしたい事は、水樹君が恥ずかしくて死んじゃいたいくらいの事だよ~?」
「……やっぱりいいです」
この人の所為で、僕は両親のいない生活を送る羽目になった。この人の所為で、僕は何度も命の危機に瀕する事になった。敦子姉さんのおかげで、僕の人生は滅茶苦茶だ。
「あ、そうだ! 水樹君に渡す物があるんだった! えっとね……はい、クリスマスプレゼント」
そう言って渡してきたのは、短剣だった。ご丁寧にラッピングがされており、ささやかながらのプレゼント感が出ている。
「それには、私のように運命に干渉する力が込められてるの。だから、それで突き刺した人や物の運命を、水樹君の好きに変えられる」
「……クリスマスプレゼントに刃物って」
「でも、今の水樹君には必要な物でしょ?」
「……怖くないんですか? 僕に、殺されるかもしれないのに」
「水樹君が死んじゃうのは、怖いかな」
命乞いをしてほしかった。そうすれば、僕の選択肢から【敦子姉さんを殺す】という選択が消えたのに。
穏やかに雪が降り落ちる冬景色。街も、人も、みんな消えた静かな世界。まるで、物語の最後のよう。決断の時が迫ってきている現れ。
隣で微笑む敦子姉さんと、満月を背に僕の決断を見守る天使。終止符を打つ短剣を手にした僕は、遂に決断した。
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