第14話 線香花火

今日は花火大会がある。朝からどの番組も花火大会の事を取り上げていて、かなりの人が見に来る事が見込まれているらしい。天気は晴天で、当分雨が来ない模様。絶好の花火日和という訳だ。


 開けている窓から花火の爆発音が聴こえてくる。花火大会が始まったようだ。会場では多くの人が屋台に目を奪われ、花火そっちのけで焼きそばを啜っている事だろう。 


 


「花火、始まったみたいね」




「そうだね」




 今日の晩ご飯は、敦子姉さん特製冷やし中華。朝から氷水で冷やしていた野菜と、コシがある冷えた麺。それらを邪魔する事なく、添える程度の味を付け足すツユ。麺を啜り、キュウリの歯ごたえを楽しむ。




「美味しい」




「冷えたキュウリは美味しいよね! 濃い味付けも良いけど、それだとツユがタレになっちゃうから。このくらい薄い方が、麺とか野菜の本来の味を楽しめると思って作ってみたんだ!」




「お店やったら?」




「今の人には受けが悪いと思うなー。濃くてお腹が溜まる物を求めてる人が大多数だし。今の若い人は、薄い味なんて食べたくない人が多いし」




「なんか年寄りくさいよ」




「実は既に100を超えてるの! 美魔女ってやつかしら?」




「妖怪の類でしょ」




 晩ご飯を食べ終えた僕らはお風呂に入り、お風呂上りのキュウリの一本漬けを齧りながら、窓に寄りかかって夜空を見上げた。夜空に花火の姿は無く、音だけが聴こえてくる。なんだか虚しくなってきた。




「……あ、そうだ!」




 敦子姉さんは何かを思い出したかのように、二階へと駆け上がっていった。ドタドタという足音を立てながら再び僕のもとへと戻ってくると、その手には市販で売られている花火セットが握られていた。




「花火! やろ!」




「え? 花火?」




「こんな事もあろうかと買ってきておいたのよ!」




「どんな事を想定してたんですか……」




「じゃあ、準備してくるから! 水樹君はそこで待っててね!」




 そう言って、敦子姉さんはまた何処かへと駆けて行った。そんなに花火に興味があるなら、友達とか誘って花火大会に行けば良かったのに。


 しばらくすると、窓の前にある庭に敦子姉さんがやってきて、水が入ったバケツを置いて、花火セットから手持ち花火を二本取り出した。その内の一本を僕に渡すと、僕の手持ち花火にチャッカマンで火を点けた。


 激しい発火と蛇口から流れる水のような花火の音。緑色に発火する花火を眺めていると、敦子姉さんが僕の花火から火を借りて花火を発火させた。




「私のは赤色! 水樹君のは緑色だね!」




「じゃあ黄色になりますね」




「この調子でどんどん火を点けていこう! やろうと思った時にやっとかないと!」




「発言だけ聞いたら放火魔みたいですよ?」




「花火セットって色々あって楽しいけど、花火をやるタイミングが中々無いから消化しきれないからね。だから、最初の一本に火を点けたら、最後までやり通さないといけないのよ!」




 普段よりテンション高めの敦子姉さんに若干押されつつ、僕らは花火を消化し続けた。それでも二人だけでやるにしては花火の量が多く、途中から敦子姉さんの手には複数の手持ち花火が握られていた。風情の欠片も無い。


 そうして1時間経った頃、ようやく花火セットの終わりが見えてきた。最後に残ったのは線香花火。僕が花火の中で唯一好きになれる花火だ。うるさくなく、綺麗で、儚い散り様。火玉が落ちないよう大事に持っていても、結局最後には火玉が落ちてしまう。人の一生は線香花火だ。


 僕は弾ける火花が顔に飛びつかないギリギリの所まで顔を近付け、線香花火の一生を見守った。必死にもがきながらも、美しくあろうと健気に火玉を煌めかせる。やがて火花の勢いが衰え、輝いていた火玉の煌めきは失われていき、最期は音も無く地面に落ちていった。




「……僕、線香花火が好きなんです」




「知ってるよ」




「……敦子姉さんは何でも知ってますね。僕は敦子姉さんの事を知らないのに」




「魅力的でしょ?」




「そうですね。謎は魅力的です。謎を謎のままで留まらせるか、それとも謎を解いて答えを知るか……僕はどっちも選びたいです」




「私なら水樹君の望みを叶えられるよ。謎を解いても、また新しい謎が隠されているから」




 敦子姉さんはつまんでいる線香花火には目も暮れず、その瞳に僕だけを映して見つめてくる。線香花火の光に照らされた敦子姉さんの顔は美しく、でも全貌は見えない。


 この人は、一体何者なんだろうか? 昔からお姉ちゃんのような立場でいてくれるが、その素性は謎だ。まだ敦子姉さんが学生時代の頃、僕が学校での出来事を尋ねても、敦子姉さんは教えてくれなかった。今の仕事だって、スーツを着て出かけているだけで、何の仕事をしているのかは分からない。




「……ねぇ、敦子姉さん」




「ん? なに?」




「敦子姉さんって―――」




「抜け駆けです!!!」




 僕が本題を言おうとした瞬間、小型犬の威嚇と聞き間違うような怒声が割り込んできた。声がした方へ顔を向けると、袋で両手を塞がれた花咲さんが息を荒くしながら立っていた。花火大会へ行っていたのか、向日葵の模様が入った浴衣を着ている。




「走ってきて正解でした! 木島さん! 前に約束してくれましたよね!? 勝負はフェアにって! それなのに、佐久間君と二人っきりで線香花火だなんて! 抜け駆けです! ルール違反です!」




「……水樹君。警察に連絡する?」 




「そうですね。近隣住民にも迷惑が掛かるかもしれませんから」




「警察!? 大声を上げてしまった事は謝ります! だから、通報はやめてください! 捕まったら進路に響いてしまいます!」




「フフ、嘘よ! まったく、桜ちゃんは本当に反応が可愛いわねー。水樹君もそう思わない?」




「え? 通報しないんですか?」




「んー、警察が来ちゃったら大変だから止めておこっか。私が困っちゃうし」




「だそうですよ、花咲さん。こっちに来て、一緒に線香花火をしませんか?」




 そうして、僕達三人は、花咲さんが買ってきた屋台料理を口にしながら、線香花火をした。花咲さんは何故か敦子姉さんに対抗心を燃やしていて、途中から線香花火の対決が始まったが、結局最後まで花咲さんが勝つ事は無かった。 

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