第13話 コミュニケーション

 今日は宮田さんとの約束の日。メッセージは既に送っているし、カメラとマイクの電源も入れている。後はあっちの応答を待つだけだ。開幕一番に何を言われるだろうか? いきなり罵倒は無いと思うが、疑問は持たれるだろう。僕のお父さんが現れると思って、いざカメラをつけたら、見知らぬ若造がカメラに映っている。そのタイミングですぐに説明をすれば大事にはならない……と思いたい。


 そんな事を考えていると、向こうのカメラがつき、パソコンの画面に一人の女の子が映った。室内でパーカーのフードを被り、長い髪と顔色の悪さ、深淵という言葉が似合う黒い瞳が特徴的。思ったよりも重度の引き籠りの女の子だ。


 しばらく彼女を観察していると、画面を通して彼女と目が合った。


   


「……は?」




 予想していなかった言葉だ。声色も高圧的で、非常に元気がありそう。となれば、次に何を言われるかは大体予想がつく。




「誰アンタ。パパは?」




 またしても予想していなかった言葉だ。パパ、か。相変わらず高圧的だが、パパなんて可愛らしい言葉を出すギャップに興味が湧いてしまう。


 


「僕はパパの息子です」




「ふざけた事言うなよ。殺すよ?」




「非常に怖いですね。怖くて泣いちゃいそうです」




「チッ! なんなのよアンタ。パパと話せるって聞いてたのに」




「そのパパ……失礼。お父さんの息子の僕が代理を務めています」




「アンタの事なんかどうでもいい! パパが出ないなら、もう切るから!」




「お父さんは亡くなりました」




 通話を切ろうとした彼女の手が止まった。画面に埋め尽くされた彼女の手の平が引いていくと、困惑した彼女の表情が画面に映る。まるで僕みたいだ。




「……冗談、キツイんだけど……」




「3月の末頃。運転していた車が坂道から落下して、お父さんとお母さんが亡くなりました」




「……嘘だ……だって、アンタが本当に息子なら、そんな平気そうに―――」




「外に一歩も出れない。悪夢を見る。一人遊びが趣味。自分の幻を自殺させて楽しむ。そんな僕が平気だとでも?」




 彼女は掌底で眉間をグリグリと当てながら、何かを考えているようだった。無理もない。交流があった人物の死をいきなり聞かされたんだ。僕の言い方も悪かったが、このぐらい言わなければ彼女は信じないし聞かないだろう。




「……分かった。一旦、アンタの言ってる事を信じる」




「ありがとうございます」




「じゃあ、アンタがパパになりなさい」




「……はぁ?」




 何を言ってるんだ彼女は? ああ、そうか。ショックで頭がおかしくなってしまったのか。そうでなければ、自分と近い年齢の子供にパパになれだなんて言えない。仮にもし正気で言ってるのだとしても、元から頭がおかしい人だというだけ。




「アンタ、名前は?」




「水樹」




「水樹パパ」




「あなた頭おかしいですね」




「は? パパはそんな事言わないんだけど?」




「ごめんなさい。あなたの名前を伺っても?」




「繭。繭ちゃんって呼んで」




「繭ちゃんは頭がおかしい子ですね」




「アンタやる気あんの!? 全然パパらしくない!!!」




 ここは地獄か? 自我を捨てて仮想の人物像になりきるなんて、僕には無理だ。お父さんはよくこんなモンスターを相手にしていたな。またお父さんの知らない一面と、尊敬する事が増えたよ。是非とも僕に憑依して、このモンスターの相手をしてほしい。


 くだらない事はここまでにして、真面目に繭さんの分析をしよう。パパ代わりが無理でも、別の立場で役に立てるかもしれない。




「繭さんはどうしてパパを求めてるんですか?」




「……知ってどうすんの?」




「僕が知っている繭さんは、姿、声、名前。たった三つしか知りません。それだけでは、繭さんの事を理解出来ません」




「だから! アンタが私の事を知ってどうすんのって言ってんのよ!!!」




「怒りやすい性格ですね。これで四つ目になりました」




「……なんなのよ、アンタ。頭おかしいんじゃない?」




「お互い様ですよ。あ、そうだ。お互い引き籠りですし、マイブームでも紹介し合いますか? 僕はジェンガで遊ぶ事です」




「ジェンガを一人で? ジェンガって複数でやる物でしょ?」




「引き籠りなら、一緒にやってくれる人がいないでしょ?」




「ヒャッハハハ! 確かに! だからアンタ、一人でチマチマとジェンガを積み上げてるって訳? 馬鹿みたい! 本当に頭おかしい!」




 よっぽど面白かったのか、彼女は膝を叩きながら笑い出した。花咲さんとは違うベクトルで賑やかな人だ。以前の僕なら、関わろうとはしなかっただろう。騒がし過ぎて、疲れてしまう。


 でも皮肉な事に、今の僕は、騒がしい彼女が非常に心地いい。僕が笑えない分、彼女が笑ってくれる。僕が騒げない分、彼女が騒いでくれる。


 まだ彼女とは初対面で、まだ彼女の事を何も知らないけれど、偶然繋がった僕と繭さんの縁を途切れさせたくない。そんな願望が、僕の胸の奥で杭打つ。




「繭さん。僕はあなたのパパにはなれません。ですが、それ以外の存在になれます。どうか、時々でもいいので、夜に僕とこうして話をしてくれませんか?」




「……無くなった物は取り戻せないし。アンタはパパになれないし……でも、まぁ、いっか。アンタで我慢してあげる。久しぶりに腹の底から笑えたし」




「失礼を承知で聞きますが、繭さんのご年齢は? 今後の会話の中で必要な事なんです」




「え? 24だけど?」




「えぇ……頭おかしいんじゃないですか?」




「失礼ね! アンタはどうなのよ! 童顔だけど、どうせ私と同い年くらいでしょ!?」




「16です」




 僕が自分の歳を告げると、繭さんは僕の歳を聞く前の表情のまま固まり、しばらくの静止の後、無言で通話を切った。


 不安はあったが、初回にしては会話が弾んだ。口は悪いし、笑い方は下品だし、敦子姉さんと違って余裕が無い大人。逆に言えば、遠慮が無くて、元気よく笑い、子供らしい大人だ。お世辞にも魅力的な女性とは言えないが、ジェンガの次に興味が湧く。


 パソコンの電源を切ろうとした矢先、繭さんからメッセージが届いた。




【話したい時に連絡するから、夜に必ず私のメッセージ欄に目を通してね】




【めんどくさい人ですね】




【ブチ殺すぞガキが!!! さっさと寝ろ!!!】




 メッセージでも、繭さんは賑やかな人だった。さて、次はどんな話をして、どんな風に騒がせてやろうか。


 次の繭さんとの通話に胸を躍らせながら、僕はパソコンの電源を切った。 

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