第12話 ショートケーキ

 ジェンガでドミノ倒しをしようと並べている最中、玄関のチャイムが鳴った。敦子姉さんは仕事で夕方まで帰ってこないから、別の来客だろう。普段なら対応するが、今はドミノに集中したい。


 カーブ部分を並べていると、また玄関のチャイムが鳴った。無視しようとしたが、連続で鳴るチャイムで気が散り、問題を解決するべく玄関へと赴いた。


 玄関の扉を少し開けると、玄関前に箱を持った花咲さんが立っていた。  




「やっと出ましたね……!」




「何か御用ですか?」




「ケーキを頂いたので、佐久間君と一緒に食べようと来たんです」




「あとで高額な契約書を出してきますよね?」




「どうしてそうなるんですか!? 私は悪徳新聞社じゃありません! 毎回やるんですかこのやりとり!? 一緒にお昼を食べた仲ですよね!?」




「油断させて懐に入り込むのが主流なんですよね?」




「ケーキが痛みます! 外は今日も熱いんですよ!? 早く中に入れてください!」




「どうぞ」




 ドアを完全に開け、花咲さんを家に入るよう促した。何故か花咲さんはマラソンを走った後のように疲れ果てている。早く家に入ってほしい。せっかくケーキを持ってきてくれたのだから、痛む前に食べないと。 


 リビングのテーブルの席に座っている花咲さんに冷たい紅茶を出し、僕は向かい側の席に座った。花咲さんは紅茶を一口飲んで一息つくと、ケーキの箱を開封した。




「ケーキの種類はモンブランとショートケーキです。モンブランの方は最近人気になってるヒット商品らしくて、くちどけ柔らかな濃厚な栗の味が口の中に広がるらしいです。もう一つのショートケーキは定番商品らしく、モンブランが人気急増中の中、未だに売り上げ一位商品だそうですよ」




「ショートケーキで」




「即決ですね……ショートケーキが好きなんですか?」




 花咲さんは皿に乗せたショートケーキを僕に差し出しながら問いかけてくる。僕はフォークで苺を突き刺し、皿の隅に追いやる。花咲さんは信じられないと言いたげな目で僕の事を見てきた。その目に構う事無く、今度はケーキの上に盛られたクリームの塊をすくいとって、苺と同様に皿の隅に追いやる。花咲さんを見ると、口を大きく開けて驚愕していた。


 


「……佐久間君は、あれですか? 好きな物は最後に食べる派なんですか?」




「ううん。嫌いな物を弾く派」




「……ショートケーキ、嫌いなんですか?」




「嫌いって程じゃないよ。ただあまり食べないだけ。いや、食べたくないだけ。甘過ぎてね。この苺だって、甘いのか酸っぱいのか分からなくて苦手だよ」




「未知の文化人を見た人の気持ちが今分かりました。何一つとして理解出来ません」




「まぁ、要するに。甘い物が苦手って事」




 フォークでケーキを一口サイズに切り分け、口の中に含んだ。噛む度に底抜けな甘さが口の中で広がり、甘味が体内だけに留まらず、頭の中にまで届いてくる。虫歯になる程の甘さではないが、強烈な甘さだ。


 チラッと花咲さんを見ると、モンブランの螺旋状のクリームを口に含んで、満面の笑みで歓喜に溺れていた。ケーキは花咲さんみたいな感情の起伏がある人が向いている食べ物だと思う。




「花咲さんはケーキが似合いますね」




「えっ!? そ、それって、どういう……!」




「ケーキを食べて幸せそうにしているから」




「……私が単純な人間だと言ってるんですか?」




 僕を睨みながらも、花咲さんのモンブランを食べる手が止まる事はなかった。




「いいじゃないですか。単純な人間って、億万長者よりも幸せ者だと思いますよ。好きな物を食べたり、好きな事にのめり込むだけで幸せを感じられる。僕みたいにひねくれていたら、幸せを感じられる方法を探すのも難しいんですよ」




「幸せ、ですか……幸せって、何なんでしょうね? 喜怒哀楽の感情とは別の感情だと思っているのですが」




「感情の副産物。喜び、怒り、哀しみ、楽しさ。全ての感情に、幸せは存在していると思ってます」




「喜びや楽しさは分かりますが、怒りや哀しみにも幸せが?」




「花咲さんが喜びや楽しさという感情に幸せを感じられるのは、幼少期の経験から無意識にセットされているんです。幼少期の教育がその後にも影響するように、幼少期に多く生じた感情に幸せを感じられるようにセットされる……まぁ、ひねくれ者の自論ですが。端的に言えば、幸せの感じた方は人それぞれって事ですよ」




 一通り喋り終え、紅茶を飲んで乾いた口の中を潤す。やっぱり甘い物は苦手だ。今飲んだ紅茶だって味が薄い訳じゃないのに、全然上書きされない。強力なバリアを張っているかのように甘味が留まり続けている。


 


「佐久間君は、どの感情に幸せを感じるんですか?」




「……さぁ、どれでしょうね。多分、花咲さんと一緒だとは思うんですが……僕はひねくれてますからね」




「難しく考え過ぎてるだけじゃありませんか? 明らかな正解があるのに、佐久間君はその正解とは別の正解を出そうとしている。こう言っては気を損ねるかもしれませんが、佐久間君は常人とは違う考えを持つ変人なんですよ」




「その変人に構う花咲さんは異常者ですね」




「変人と異常者……フフ。悪くありませんね」




「怒るところですよ?」




「いいんです! 私は今、とっても幸せなんですから!」




 そう言って、花咲さんは残りのクリームと栗をフォークですくって口に放り込んだ。よっぽど美味しかったのか、モンブランを頬張りながら笑い声を漏らしている。ちょっと怖い。


 僕の方は全然食べ進んでおらず、というかもう食べれなくて、気付かれないように花咲さんの方へと皿を寄せていった。手元まで運んだショートケーキを花咲さんは無意識の内にフォークで刺し、僕の食べかけのショートケーキを口に放り込んだ。




「う~ん! ショートケーキも美味しい~!……ん? ショートケーキ?」




「花咲さんだけ幸せにならないで。僕にも分けてよ」 


 


 花咲さんの頬が苺のように赤く染まった。少し恥ずかしそうな身振り手振りをした後、花咲さんは微笑みながらショートケーキを食べ始める。


 僕は紅茶を飲みながら、幸せそうにケーキを食べる花咲さんを眺めた。僕の幸せは、楽しさにセットされているようだ。

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