第9話 暗い穴に囚われて

 お父さんとお母さんに手を繋がれ、アルバムに残された思い出の場所を巡っていく。あの日の光景、あの日の体験が思い出の場所に蘇り、僕達は過去の僕達の様子を眺めていた。


 そうやって過去の思い出を巡り続けていき、最後は記憶に焼き付いている一場面だった。坂道を下っていく車が減速せずに猛スピードで突っ込んでいき、柵を突き破って崖から転げ落ちていく。僕のトラウマだ。この後の場面は予想が出来る。僕は見たくなくて逃げたかったが、両隣にいる両親が目を逸らす事を許してくれない。 


 そうして僕は目撃する。黒い煙を上げたボロボロの車内で、無残な死体となった両親の亡骸と、右足がありえない方向に曲がって気絶している僕。




「お前は何故死んでない?」




 車内で血塗れになっている両親の目がグルりと僕に向き、酷く冷たい声色で吐き出された言葉。怖くて、逃げたくて、生きたかった。心臓の鼓動音が喧しく鳴り響いてる。車内にいる僕が、這いずって僕の足元にまでやってくる。僕の足を掴んで、血の涙を流しながら僕に問いかける。




「寂しいなら、死んじゃえばいいじゃん」




「フゥ、フゥフゥ、フフゥ……! い、嫌だ……死にたく、ない……死にたくない死にたくない死にたくない!!!」




「誰かに甘えてばかりで」


「誰かに強いてばかりで」


「自分はただ生きてるだけ。生きてる価値無いよ」




 両隣にいるお父さんとお母さんと、足を掴んでいる僕は、瞬き一つせずに僕に言葉を突き刺してくる。息がしづらくて、体から力が抜けていく。これは夢だ。こんなおかしな出来事は夢に決まっている。目を閉じて、必死にこの出来事が夢だと自分自身に訴えかけた。


 土砂崩れのような激しい音が鳴り響き、目を開くと、僕はテーブルに寝そべっていた。顔を上げると、敦子姉さんと花咲さんがキッチンで食器を洗いながら談笑していた。


 さっきまで見ていたものが夢だと理解すると、不思議と恐怖心は綺麗に消え去っていた。席から立ち、キッチンにいる二人のもとへ歩いていく。


 だが、どれだけ歩いても二人のもとへ辿り着かない。それどころか、どんどん遠ざかっていく。僕は必死に走った。二人との距離はどんどん遠ざかっていき、そこで僕の体が後ろへ下がっている事に気付いた。


 振り向くと、目の前には僕と全く同じ姿をした僕が立っていた。




「自分だけ新しい幸せを見つけるなよ。僕を散々殺しておいて」




 目の前の僕は信じられない力で首を絞めてきた。抵抗しようにも、煙のように手がすり抜けていく。為す術無く苦しむ僕を見て、目の前にいる僕は太陽のように眩しい笑顔を浮かべていた。


 縫いつけられた目を無理矢理こじ開けたように目を覚ますと、僕はソファの上で横になっていた。二度目の目覚めは酷く気持ちが悪く、自分が今どっちの世界にいるのかが分からない。ソファから起き上がると同時に、猛烈な吐き気に襲われた。口を手で抑えながら、トイレに駆け込み、抑えていたものをトイレの中に吐き出した。




「ハァ、ハァ、ハァ……! う、うぅぅ……!」




 吐き出すもの全て吐き出すと、今度は涙が溢れてきた。解放感? 安堵感? 嫌悪感? 多分、全部だ。全部がグチャグチャに混ざり合って、もうどうしようもなくなっている。


 どうしてあんな悪夢を見たんだ? 僕が敦子姉さんと花咲さんの三人で食事をしたからか? それとも単に幻の僕にしてきた報いがきたのか? 僕が、新しい家族を作ろうとしたからか? 最悪の気分だ。敦子姉さんと花咲さんがいなくて幸いだった。こんな姿、二人に見せたくない。吐瀉物を流し、洗面台に溜めた水に顔を突っ込み、落ち着きを取り戻してからリビングに戻った。


 リビングに戻ると、やはり二人の姿は無かった。テーブルを見ると、敦子姉さんの書置きがあった。




【桜ちゃんをお家に送ってきます】




 僕は玄関に赴き、座って敦子姉さんが帰ってくるのを待った。ジッと座って、帰ってくるはずの敦子姉さんを待ち続ける。たったの1秒が、1時間とも錯覚するような心細さで。


 実際の時間の流れは分からないが、玄関の扉の鍵が開いた。ゆっくりと開く扉の先から現れたのは、敦子姉さんだった。敦子姉さんは僕を見るや否や、飛び掛かるような勢いで僕を抱きしめてくれた。僕には抱きしめ返す気力すら残されていない。ただジッと、敦子姉さんの体温で暖を取る事しか出来なかった。




「どうしたの水樹君!? 何かあったの!?」




「……敦子姉さん。前に、言ってましたよね」




「え?」




「一緒に、住もうって……僕、独りが怖いんです。でも、幸せになろうとすると、僕を独りにさせようと僕が現れるんです……! 僕に幸せだった過去と! その幸せが呆気なく終わった瞬間を見せて!! 死んだ両親と僕が僕に語りかけてくるんです!!! 僕なんか死んで―――」


 


「分かった、分かったわ! すぐ荷物をまとめてくるから! だから落ち着いて! 負けちゃ駄目!! 死んじゃ駄目!!!」




「死にたくないんです……! でも、生きる事を許されないんですよ僕は……!」




「死にたくないなら、生きる為にしがみついて! あなたのご両親も、きっとあなたが生き続ける事を願ってるから! 私も死んでほしくないと思ってる! だから、お願い……生きて!!!」




 敦子姉さんの声は震えていた。叫ぶあまりか、それとも泣いているのか、それは分からない。一つ分かるのは、僕の体を強く抱きしめる敦子姉さんが、僕を現世に引き留めてくれている。


 僕は独りでも生きていけると思っていた。でも実際は、独りじゃ呆気なく死んでしまう程、僕は弱い。今も生きていられるのは、生活面を援助してくれる親戚の人達や、友人のように接してくれる花咲さんや、僕のお姉ちゃんになってくれる敦子姉さんのおかげだ。


 でも、いつまでも頼ってばかりじゃ駄目だ。時間は掛かるし、みんなに迷惑だってかけてしまう。それでも、少しずつでも前に進んで、強くならないといけない。


 暗い穴から、陽の光が差す外に這い上がるんだ。

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