第8話 食卓
「桜ちゃんは水樹君とは小学生からの同級生よね? 確か、高校も同じだったわね」
「は、はい……えっと……」
「私は木島敦子。水樹君とは幼い頃からの付き合い。血の繋がらないお姉ちゃんみたいな感じかな?」
「っ!? わ、私も、佐久間君とは学校で話したり、手伝ってもらったりしてました! まぁ、今は違いますけど……」
「そんなに見栄を張らなくていいのよ。付き合いの年月が違うだけで、何かに大きく差がつく事はないから」
「……大人ですね、木島さん。でも、その余裕が油断にもなりますよ?」
「フフ。そうね、気を付けなきゃね」
ワサビを入れた素麺も意外と美味しいな。ツユの味が染みた冷たい素麺は美味しいけど、食べ続けてたら飽きてくる。そこに鼻をツーンとさせるワサビの刺激が加わった事で、素麺を啜る勢いが衰えない。ずっと美味しく素麺を食べられる。
敦子姉さんの言う通りにワサビを入れて正解だった。やっぱり料理が上手いと、料理を美味しく食べる方法も分かるものなのかな? 今度自分で何か作ってみよう。
それにしても、敦子姉さんと花咲さん……なんで初対面なのに、こんなに会話できるんだ? やっぱり外で生きてる人間は自然と人付き合いや会話力が備わっていくものなのか。僕も前まではあったはずだけど、どんな風に他人と接していたか忘れた。
これを機に、他人との接し方を学ぼうかな。敦子姉さんから一人遊びを止められたし、幸いにも家にはパソコンがある。後で色々調べてみよう。
「あの、佐久間君! その、年上と年下……佐久間君は、どっちが良いですか?」
「ん? 年上? 年下?」
「私も気になるな~。水樹君はどっちが好みなの?」
年上か年下……まずい、質問の意図が分からない。二人が何か話しているのは耳にしてたけど、会話の内容より、素麺の方が重要で理解してなかった。年上、年下……兄弟の事かな?
「上?」
自分の事すらままならない僕が、弟や妹の面倒を見れるわけないし。だったら、面倒を見てもらう方がいい。面倒を見てくれる兄や姉は凄いストレスが伴うと思うけど、それが長男長女の宿命だと諦めてもらおう。
「え……」
「あら!」
一体どうしたんだろうか。花咲さんは両親が死んだ事を理解した時の僕のような表情で、逆に敦子姉さんは心底嬉しそうな笑顔で僕の頭を撫でてくる。
「さ、佐久間君! 同い年はどう!? 年上と同い年なら、どっちがいいかしら!?」
「いや、ありえないでしょ。仲良くなれるとは思えない」
「あがっ……!?」
花咲さん体調でも悪いのかな? 手の震えが酷いし、呼吸も荒れてる。知り合い始めた花咲さんの清楚で清廉潔白な印象がどんどん崩れていく。
「……これ以上は止しときましょうか。ねぇ、水樹君。桜ちゃんが言った事の意味をちゃんと理解してる?」
「全然。兄弟の話とか?」
「アハハ! やっぱり理解してなかった! ずっと素麺啜ってたもんね。どう? ワサビ入りも悪くないでしょ?」
「うん。結構美味しいよ。花咲さんも試したら―――どうしたの?」
「……佐久間君の事、少し嫌いになりました」
「確かに結構食べちゃったけど、まだまだ素麺はあるよ?」
「フフフ。水樹君はこういう子なのよ、桜ちゃん。今も、そして昔もね」
「っ!? もう! じゃあ遠慮なくいただきます!」
さっきまでの様子から一変して、花咲さんは物凄いスピードで素麺を食べ始めた。でも一口が小さい所為で、僕が三玉目を食べ始めた頃に、ようやく一玉食べ終えていた。敦子姉さんはゆっくりと素麺を食べ進めながら、僕と花咲さんの器のツユが少なくなると、無言で足してくれた。
なんか、こうしていると錯覚してしまう。敦子姉さんが本当のお姉ちゃんで、花咲さんが妹なような錯覚。実際は血が繋がっていない他人同士でも、こうして仲良く食卓を囲んでいると、一つの家族のように思える。それが嬉しくて、本当じゃない事に少しだけ寂しくなってしまう。
「あーあ。三人で食べるなら、天ぷらも用意しとけばよかったわね」
「素麺に? 蕎麦じゃないんだから」
「蕎麦も素麺も同じようなものよ。定番の海老と、野菜や山菜の天ぷら」
「私の家だと、かき揚げが出ますね」
「かき揚げも良いわね! 色んな物を合わせて作るから、組み合わせようによっては単品で食べるより美味しいよね」
「そうですね。ハッ! 佐久間君は、天ぷらとかき揚げ! どっちが好きですか!?」
「アハハ……桜ちゃんって、意外と競争心が高いのね」
「……別に天ぷらやかき揚げが無くてもいいですよ。こうして誰かと食べられるだけで、僕は満足です」
こんなに騒がしい食事は久しぶりだ。敦子姉さんとの食事にも会話があるけど、僕の所為で早々に話題が終わってしまう。
でも花咲さんがいるおかげで、敦子姉さんと花咲さんが会話を盛り上げてくれるおかげで、こんなにも騒がしくて、居心地が良い食事になる。居心地が良いと、いつもより食事が美味しく感じられる。生きてる実感が湧く。
「佐久間君……! くっ! 私は、まだまだ子供なんですね!」
「え?」
「水樹君。私達に構わず、沢山食べていいからね」
「え?」
またこれだ。花咲さんは苦虫を嚙み潰したような表情で拳を握りしめていて、敦子姉さんは僕の肩を撫でながら微笑んでくる。今度はちゃんと会話を聞いた上で話したのに。やっぱり会話の勉強をした方がいいな。
まぁ、今は余計な事を考えないようにしよう。まだ素麺が残っているし。
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