第七章 東京の革新

 秋の息吹が広島に訪れ、紅葉が街を彩り始めていた。僕は舞子とともに、厳島神社を訪れ、鳥居が浮かぶ海原にうつろう景色を目の当たりにした。その鮮やかな朱色を見ているだけで、身が清められる想いがする。


 そよ風に乗って舞い降りる錦のような落ち葉を眺めながら、僕らはお社の中へと歩を進めた。神の使いとされる鹿たちが顔を覗かせてくれ、この聖地の平和を象徴しているかのように見えた。つぶらな瞳の彼らは人懐っこく、僕たちのそばに寄ってきては、穏やかな日差しの中でのんびりと草を食んでいた。


「あの顔、とても可愛い。東京の未来も、こんな風にのどかな街になればよいのに」


 彼女は、鹿たちをそっと撫でながら、女性らしい言葉を呟いた。せっかくふたりで甘い雰囲気に酔いしれているのに、彼女の言葉を聞きながらも、僕はついいつもの悪い癖が顔を覗かせ、仕事の話題に移してしまった。


「確かにそうだね。東京は常に新しい都市の姿を模索しているんだ。若者たちが自由にアイデアを交換し、様々な文化が融合し共存する開かれた街。そんな活気あふれる場所になるといいね。そこでは、誰もが自分の夢を追いかけ、互いに刺激を受けながら成長していくんだろうね」


「でも、どうやって?」


 望園さんが問いかけた。


「世界各国から優秀な人材を集め、最先端テクノロジーの開発によって未来都市を創り上げる。空飛ぶ電気自動車やドローンが自宅まで人や物を届ける」


「やはり一番大切なのは人材なんですね」


「そのとおり。残念だけど、日本は少し遅れているんだ。でも、人間の手足となってくれるロボットも必要だ。彼らが主人公で働く異常気象に影響されないグリーンフィールドを高層ビルの中に作る。そうすれば、自然環境も守りながら、食料の自給率も上がるはずなんだよ」


 僕は、未来の世界は人間とAIロボットの共生だと考えていた。


「夢みたいなプランですね」


 望園さんが微笑んだ。


 僕はずっと前から、日本の食料自給率が38%と異常に低いことを心配していた。東京がAI実験室となり、開発する最先端の農業技術を人手不足で悩む地方に波及させたいと考えている。


「いや、本当の話だよ。これが十年以内に現実となるんだ!」


 僕は強く言った。まず、説明したのは五年後からスタートする計画の方だった。東京革新プランはふたつに分かれており、すでにスタートして五年後までに達成を目指す企画と十年以内に完成を目指す近未来型のものがあった。


「6G通信で世界中が瞬時につながり、色々な社会問題が解決される。病気だって自宅で診察を受けられる。すべての家電製品もスマホひとつで捜査できる。ペットのイヌが今どこを散歩しているかもリアルにわかる」


「へえ、すごい」


「風力や太陽光や地熱、そして水素の自然エネルギーも活用して、東京をさらに素晴らしい街に創り変えていくんだ。これは五年以内に完成するよ」


 僕は自然エネルギーのプランを詳しく話した。東京の臨海部や湾内での洋上発電構想もすでに実証実験が始まっている。埋め立て地では太陽光や地熱、湾内の洋上では風力を活用することが進められている。一方では、街中の水素ステーションも大幅に拡大されているのだ。


「えっ、五年で完成するんですか……」


「そうだよ。あっ、大切なことをひとつだけ忘れるところだった。新しいテーマパークの計画も発表されたよ」


 僕は、お台場、豊洲、築地の間を結ぶ新しいテーマパークの夢のような計画について語り始めた。水上バスとモノレールが運河を交錯し合い、都市の鼓動を感じさせる交通網。天候に合わせて開閉するドームタイプの自然動植物園は、まるで過去と未来が融合し生命の息吹を内包するジャングルのよう。


 そして、日本の大地にかつて君臨した恐竜たちの世界は、サファリボートに乗り、3Dメガネを必要としないバーチャルリアリティで、まるでタイムトラベルをするかのような体験を提供する。


「想像してごらん。空を舞う翼竜や、草原を駆ける草食竜が、目の前に現れるんだ。触れることはできないけれど、彼らの息遣いや足音が、このテーマパークの空気を満たす。それは、ただの遊園地ではなく、時空を超えた冒険への招待状なんだ」


 舞子は、未来への架け橋となるこの計画に心を奪われていたのだろう。彼女は目を輝かせて、口を開いた。


「これはただのテーマパークではないわ。東京の新たなシンボルとなり、子どもたちの夢と若者たちの情熱を育む場所になる。たくさんの人々が集い、新しい時代の息吹を感じることができる」


「まさにそのとおりだ」


「このシンボルは既存のミッキーマウスのテーマパークと競合するのではなく、共生していくもの。そんな未来を、私たちは一緒に創り上げていくのね」


「そうなんだ。これからの東京は、人にも環境にも優しい都市になるはずだ」


 僕は総理大臣として、東京や周辺の知事たち、そして首長たちに対し、既得権益に固執することなく、未来を見据えて率直な話し合いを呼びかけた。彼らの利害の調整は難しいものだったが、そこには社会全体のための大きな価値があると信じていた。

 幸いにも、新しい都知事は僕とほぼ同じ年代で、革新の気概に燃え、僕の考え方に賛同してくれた。



「未来への架け橋がここにあるわ。私たちの夢は、ただの空想ではなく、確かな希望に変わっていく。この新しいテーマパークは、子供たちに夢を与え、若者たちには挑戦する勇気を与える場所になるわ」


 望園さんの言葉に、僕も心から同意した。彼女の目に映る未来は、僕が描くビジョンと同じだった。ふたりで共有する夢は、ただの幻ではなく、手を取り合って実現できるものだと信じていた。


「そうだね、舞子さん。僕たちの手で、東京を、いや、日本を変えていくんだ。子供たちが安心して遊べる公園、若者が自由に意見を交わせる広場、そして、誰もが平等にチャンスを得られる社会。それが私たちの目指す未来だ」


 僕たちは手を取り合い、厳島神社の鳥居を背に、未来への一歩を踏み出した。その一歩は、小さな始まりかもしれないが、大きな変化へと繋がる確かな足跡となる。二十二世紀への道は、僕たちの共有する夢と希望で照らされていた。


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