第六章 未来の歩み

 広島は観光地や戦争の傷跡が残る聖地として知られているだけでなく、肥沃な土壌を活かした農業も盛んな地域だ。


 僕には、卑弥呼が日本の女王として終焉の地に選んだ広島が、遥か昔、九州から移り住んだ彼女によって興された「まほろばの里」のように思える。


 けれども、山あいに一歩でも踏み入れてみれば、跡継ぎがいなくなったのか、荒れ果てた棚田も見受けられる。山々の間に広がる静寂は、かつての賑わいを伝える遺構と対話するかのように、時の流れを感じさせる。


「西園寺さん、ここにも光と影があるの」


 舞子の言葉に、風が一陣、棚田を通り抜けていった気がする。その風は、過去と現在、そして未来への想いを乗せて、広島の大地を優しく撫でているようだった。


「そうだね。地方分権と言われながらも、現実は置き去りにされて、光が届いていないところがある」


 東京では、人口集中の弊害が叫ばれる一方で、地方は仕事を見つけられない子どもたちが故郷を離れて、過疎化が進んでしまう。


 その原因は、政治や行政などの機能がすべて東京に集中し、大手民間企業の本社もそばに寄り添っているからだ。僕はここにメスを入れたいと考えている。


「そのとおりです。私の実家近くもシャッター商店街が増えてしまって……」


 広島の街角では、かつて賑わいを見せた商店街が静まり返っていた。朝の光が差し込む中、閉店した本屋のシャッターには「ありがとうございました。長い間のご愛顧に感謝します」というポスターが貼られている。本屋の隣にある百貨店も、かつての煌びやかなショーウィンドウは色あせ、今はただの空きビルと化していた。


「西園寺さん、ここにあったDVDショップもついに閉店したんですよ。子どもの頃は、新作が出るたびに心を踊らせたものです」


 彼女の声には、身近なところで繰り広げられた、失われつつある日常への寂しさが滲んでいた。それは、新聞記者の立場を離れて、消費者の視点となっていた。


「そうか、時代の変化と共に、多くのものが消えていくんだね」


 僕は周囲を見渡して、変わりゆく光景に重苦しい想いを馳せた。しかし、その一方で、百円ショップ、値ごろ感の高い雑貨家具店やファッション店が次々とオープンしている。消費者の足は、安さと便利さを追い求めて新しい店へと向かう。


「あそこを見てください。新しくできたショッピングセンターです。価格競争に勝てる店だけが生き残っているんです」


 舞子は、遠くに見えるペンギンマークの店を指差しながら、その変化に明暗を分ける感情を抱いたようだった。店内は食料品から家電製品の安売りばかりで足の踏み場がないほど溢れているという。


「確かに、消費者にとってはありがたいのかもしれない。必ずしも価格が安いことは悪いことではない。だけど、地域の個性や文化が失われていくのは、何とも言えない寂しさがあるな」


 僕たちは、笑顔のペンギンマークが並ぶシャッター商店街を抜け、新旧が交錯する街角で複雑な想いを抱きながら立ち去った。この光景は、僕が目指す改革の必要性を改めて感じさせるものだった。


 舞子が正直に心を開いてくれたことに感銘を受け、僕もまだ明かされていない計画の一端を明かす決心を固めた。彼女に改革プランの方向性を少しだけ話してあげた。


「まず、国会議事堂を広島に移そうと思っている。続いて、官公庁の主要施設もだ。十年から二十年の計画で『東京遷都』を志向している。準備が整い次第、皇居も移していただこうと考えているんだ」


 僕の言葉に、彼女は驚いたのか目を丸くした。かつて日本の首都が京都や奈良にあったように、東京に固執する必要はなかった。これらはまだマスタープランであり、ロードマップこそ描かれてはいないが、僕は自信ありげに続きを話した。


「それは、決して夢物語ではないんだ。我が国の未来に危機感を抱く新進気鋭の役人たちを中心に、専門家ともすでに検討を進めている。思いきった大胆な改革をしなければ、我が国は沈没してしまう」


 中央省庁や裁判所、国会などの施設が広島にできれば、民間企業の本社も移転してくるだろう。そして、残された東京を二十二世紀に向けてどう活かすかを考える必要がある。それは、東京の人々だけでなく皆で議論しなくてはいけない。


「えっ、首都を広島に移すんですか? それはすごい大胆な計画ですね。でも、なぜ広島に決めたのですか?」


 舞子の声には、驚きと好奇心が交じり合っていた。そして、その目には一旦消えかかった光の輝きが感じられた。


「広島は戦争の傷跡を乗り越え、世界に平和の象徴として知られている。東京の4倍ほどの土地があるから、国の中心をここに移すことで、地方分権を具現化し、全国のバランスを取ることができるんだ」


 僕はそう力強く説明した。舞子は故郷を思い浮かべるような表情でしばらく考え込んだ後に、うなずいた。


 幸いにも、広島から瀬戸内海を挟んだ向こう側の九州は最先端技術の開発拠点として工事が始まっている。計画どおり工事が進められていけば、広島と熊本は光ファイバーを活用して、新たな情報網の革新も進められるだろう。


 戦争は経験したくはないが、いざという時には、自衛隊の基地もあるので首都を守ってくれるはず。僕は説明を続けた。


「東京の一極集中は待ったなしの多くの問題を引き起こしている。地方の活性化は、日本全体の活力を取り戻すポイントになるかもしれないね」


 僕らは、まるで旧知の仲のように、SPの目を気にすることなく広島の街をゆっくりと歩き、未来のビジョンについて語り合った。新しい政策の可能性について話すうちに、舞子の目は希望に輝いていた。


「西園寺さん、あなたの考える未来には、私たちがどのように関わっていくべきだと思いますか?」


 舞子は、新聞記者という立場を離れ、ひとりの人間としての鋭い洞察で核心をついた質問を投げかけてきた。彼女の問いかけは、情報収集の域を超え、深い共感と理解を求める心の叫びだった。


「自分たち一人ひとりが地域で叶えられる希望を見つけ、行動に移すことが大切ではないか。政府が方針を示すだけでなく、市民が主体的に動くことで、本当の意味での変化が生まれる。反対する人もいるだろうが、話し合いで理解してもらえるはずだ」


 僕は自分が信じる道を強調した。舞子は、僕の説明に深くうなずいた。

 このやり取りは、彼女にとっても、僕にとっても、新たな一歩を踏み出す忘れられないきっかけとなったのかもしれない。


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