第274話
*獣人の村
村長宅の前の広場では、未だに宴会が続いていた。
日を跨いだ長い宴会だが、昼過ぎには終了の気配があった。ここまで続いたのは、奇跡を目撃したと、ウーチャが新ネタを持って帰って来たからだ。
ついでに、祠に行った子供たちの帰りを待つという事で、昨夜から続いているメンバーと、戻ってきたメンバーで宴会は賑わいを取り戻していた。
楽しい事があったらすぐに楽しむ。悲しい事があったらすぐに悲しむ。後回しにはしない。これが彼らの気質だった。
ウーチャは、既に何度も口にしたセリフを、新たにテーブルに着いた住民に語る。
「ガーの言ってた、飛んで来たっていうの、俺は信じてなかったんだけどよ。
あの、兄さんはやれるよ!
こうな、小脇に抱えてだな、飛んで行ったんだ。聞いてるのか、小脇だぞ?」
「うそだよー。トキオさん、そんなでかくないじゃん」
「嘘じゃねーよ。ふわーっと飛んで行ったんだ」
ウーチャはそこで、向かい側でウオルフの隣に座っていた村長に話しかける。
「なー、じーさん。これはあれだろ。奴はまじで、伝説の勇者様かもしれないよな?」
「そうかもしれん。その者は危機の時に現れる。その心、深山から湧きだす泉のように清く……走れば馬より早く、木に登ればリスのように俊敏。いかな魔獣でもすれ違うだけで倒す。その姿、見目麗しく。光り輝き、神の化身かと思われる…それはそれは美しいしい姿をしておるという」
ウーチャはのけぞった。
「じーさんが、めっちゃしゃべった!」
「ばーろー。おめー、忘れたにょ。じーさんは酔っぴゃらうとー、ちゃんろ、しゃべるようになるにゃー」
声の主はニャーだった。その声は、明らかに酔っ払った様子のだみ声だった。彼女はウーチャの隣の席にいたのだが、既にテーブルに伏していた。
しかし、その手はビアジョッキを手放してなかった。
「ああ…そうだったか。そうだな。最近、全然そんな様子見ないから、すっかり忘れてたぜ」
「そんなことよりにゃ、ジョッキが何故かわらしの口に入って来ないにゃ?
山のように…そびえて遠いにゃ。どういう…事にゃ?」
ニャーはジョッキを引き寄せるが、その頂が口に届かず困っているようだ。
「おめー酔っ払いすぎだって。寝てっからだよ」
「寝てはいないに、起きているにゃ…バカか?」
「バカはおめーだろ」
「父さん、ウーチャ。その伝説というのは本当の話なのかい?」
ウオルフが真面目な顔で尋ねた。
「与太話だろ?俺がガキの頃から調子が上がると語ってたぜ。なー、じーさん?」
「与太話などではない。いつの日か南の空から…北だったかも知れん。大きな黒い…
黒い…大黒な物が現れ?世界は闇に包まれる。その時、我らを救ってくれるといわれるのが勇者様じゃ」
「…父さんはそれをどこから聞いたの」
「曾祖父じゃ」
「そんなに古い話なんだ。それは…どうなの?あやふやになったりしていないのかい」
ウオルフは父親に疑いの目を向けている。
「ウオリュフ…じーさんは昔から話してた。わらしが…子供の頃かりゃにゃ…。大体同じ話に…変わってないにゃ。
突っ伏したまま、うんうんと首を揺すり答えたニャー。口はジョッキの横腹に吸い付いている。彼女は何とかビールを飲もうと戦っていた。
全然信用できない。ウオルフは疑いの色を濃くした。
灰色のウサ耳を向けて、ウーチャが応える。
「ウオルフ。おまえは全然、酒飲まないからな。度々じーさんが宴会で口にしてたのは確かだぞ。だけどだ…」
ウーチャは改めて村長の方に目を向ける。
「じーさん。俺は真面目に聞いたことがなかったんだが、ちょっと聞こう。いかな魔獣でもすれ違うだけで倒し、その姿は美しい…神の化身って言ったか?」
「そうじゃ、伝説の君は見目麗しく、神の化身かと思われるほど、美しい容姿をしているという」
「ばひゃひゃ!じゃあ、あの兄ちゃんは全然違うにゃーーー!」
ニャーの、あまりにはっきりとした愛のない断言に、一同が口をつぐむ。
「じゃあ、あの兄ちゃんは全然違うにゃーーーーー!」
聞こえなかったのかと思ったニャーが、もう一度叫んだ。
ウオルフが苦言を呈す。
「おい…ニャー、失礼だぞ」
「なんにゃとー、全然違うにゃろ…どこが美しいにゃ…」
突っ伏していては声が張れない。ニャーは、テーブルから起き上がろうとする。
このバカが。わからせてやらねばならない。
彼女は燃えた。酔っぱらいの特徴だ。前後はどうでもいい。今はこれをわからせなければいけない。それだけに燃えあがっていた。
起こした頭を支え切れず。反対側に身体が流されるが、彼女は踊るように回り、なんとか立ち上がった。
観客は躍動する、野生美あふれる彼女の肢体に息を飲む。
ニャーは大きく息を吸い込み、皆の心に響くように叫んだ。
「トキオは普通だったにょ!今顔も思い出せないほど普通だったにゃーーー!」
もう一度身体を折って息を吸い込んだ。バランスを崩してまた体が回る。
「神とは間違えようがない、平凡顔にゃーーー!」
彼女のその手にはジョッキが握られたままだった。
彼女の旋回に応じた金色の雫が飛び散る。倒れまいとする、その舞は、彼女の身体の柔らかさを見せるもので、なかなかに見応えがある。
獣人の男女を問わず、それを堪能していた。だがその度、ジョッキから溢れた金の雨が飛ぶ。
「兄ちゃんなんて…丸描いて点二つ打って鼻描いたら完成にゃーーー!」
皆、ろくによけもせず笑っていた。爆笑している奴もいた。
そこで彼らは背後の人影に気づく。
同じように金の雨を浴びていたのは件の人物トキオだった。
隣にガー。その後ろには仲間がいた。
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