第273話


*納屋


 にやけていた壁際の連中の笑顔がスッと消える。

 何を言い出すのかこの馬鹿…そんな表情で止まった。



「どうしてだい?」


 ポールはどきりとした。返事をしたマカンの瞳が、興味深そうに真っ直ぐにポールを捉えていたからだ。


「ファナの…いう事を聞いたわけじゃないですけどー。やっぱりー、義理を欠くのは…気分が悪いです」


 マカンはテーブル上で手を組み、それに顎を乗せて端正なつくりの顔を向けている。ふむふむといった風情だ。



「別に私じゃ…なくても、構いませんよねー」


「いや、お前でなくてはいけなくなった。お前が適役だ」


「え…」


「お前は正しい。命を救って貰ったら感謝するものだ。義理を返したい。そう思うのは当たり前の事だ。それが人だ。それが出来ぬ者はクズだ」


 壁際の連中は息が止まる。


「それでこそだ。ポール」


「マスター…」


 ポールの声色には安堵の色があった。やっと信頼できる人を見つけた。そんな明るさがあったのだが。


「それでこそ、裏切り甲斐があるというものだ」



 ポールは戸惑う。マカンが何を言ったのかわからない。


「義理があって裏切れない。助けて貰ったから裏切れない。一緒にぶら下がった命綱を切れない。それでこそだ!」


 ファナの、伏せたままだった目を少し開く。青い瞳が隣の男に向けられる。

 前のめりになり、口は横に大きく伸びている。彼が趣味に走っている時の顔を確認すると目を伏せた。


「そこで命綱を切るんだよ!

 切られた時の彼の、彼女のその顔を見ろ。お前の胸に何かが来るだろう。


 やってしまった。後悔か。自身を卑下する苦い思いか?

 それは違う。勝った思いだ!お前は一段上の人間になれる!


 愛する者のすら裏切れる強さを手に入れた!」



 マカンは立ち上がって壁際の連中に目を向ける。

「貴様らはただのクズだ!」


 まずったのか。始末されちまうのか。アクス達は顔色を無くしていた。


「だが、私はそれも嫌いじゃない。奪って殺して、喰いたいだけ喰うが良い。そういう役目だ。お前らは雑魚キャラだ。クズ役のキャストとして、この世に必要なのだ」


 四人は緊張を解いた。罵倒してきたマカンに対する反発の気持ちはまるで見られない。


 マカンは席に座り直し、そして爬虫類のような目つきでポールを見る。


「やってくれるな?」

「はいー。お任せください」


 ポールは躊躇せずに答えた。断れるわけがなかった。



 マカンが納屋を出ると、辺りは暗くなりかけていた。ファナはもう脇道まで馬を進めていた。一人、見送りに出たポールに、マカンは背中で語る。


「クズを超えたら悪になれるのだ。愉しみにしているぞ」







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