第271話

*ヨウシ都市門


 大きな都市門のアーチに声が響く。

「じゃあー少し、出かけて来るよー」


 ポールはいつも通りの笑顔を向ける。アクスも甲高い声で声をかける。ジムは普段より愛想よく手を振った。

 たが、門兵たちは戸惑いの張り付いた様子だ。ぎこちない笑顔で手を振った。


 街に入ろうとする人の列にいた旅人たちは、背を向けた三人に笑顔がない事に気がついた。

 ライムは、こういう所を見ていたわけだ。



 街を出た三人は、広大な牧草地を進んだ。防風林の端にひっそりと立つ古びた建物が見えて来る。

 納屋のようだ。屋根は木材で作られているが壁は石組みである。

 脇道からさらに細い道を行き、ドアの前に立つと、声もかけぬうちに男が姿を現す。目つきの鋭い小男、トーマである。


「まじ腹減ったぜ、飯は持ってきてくれたか?」


「ハイハイ、お待たせー」

 腹をさするトーマにアクスが茶色い紙袋を差し出す。



「冗談じゃねーぜ。なんで俺たちがこんなとこにいなきゃなんねーんだよ?」

 屋内から、額に傷のある大男が不平を言う。


「ダルク、街だって今はいいもんじゃないぞー。それにおまえたちはー、評判が元々悪いからなー、今は出歩かない方が良いんだー」

「だからってこんなとこに押し込めることないだろうが!宿に泊めてくれよ」


「俺は、おまえをー、信用できない」

 まるで笑っていない笑顔。笑っているように弧を描く目が薄く開いている。その目を見て、ダルクはそれ以上言葉を続けなかった。


 トーマに回された紙袋から、肉を挟んだパンを取り出し乱暴にかぶりついた。



 この場所は彼らセーフハウスだ。何か危機があった時、都市門外での居場所としてリーダーのポールが住人に借りておいた納屋である。


 皆が納屋に入ると、アクスが後ろを伺うようにしてからドアを閉じる。

 誰もつけている者はいなかった。



「それでなんか進展は?」

「マスターが、ここに来るー」


「まじか。直々にお出ましとは…」

 トーマが緊張した顔をする。


「…何の用だ」

 ダルクの潜めた言葉にも警戒の色があった。


「失敗したんだ。粛清されるかもしれないよね」

 アクスが、さして重みのない声をあげる。彼はその可能性は低いと思っているようだ。


「逃げるか?」

「あの人からかい?」


「………」

 全員の無言が語っていた。逃げるのは困難だと。


「安心しろー、始末するなら警吏に捕らえられている時にやっているはずだー」

「僕もそう思うね。ファナの口ぶりじゃ、マスターはあの男に興味があるらしい。話を聞きたいんじゃないかな」


「おい、それって。話を、聞き終わったらよ?」

「それは…わからないね」


「やべーじゃねーか。やっぱり逃げた方が…」

話が最初に戻ってしまう。ジムはそれに気がつき黙った。



「あの人は逃げたら追って来る。それも凄く楽しそうにね。狩りだよ。狩りを楽しまれちゃうよ。最後の時、追われる気分はどうだった?とか聞かれちゃうよ」


「はっはっは、そー思うなー。聞かれるなー」

「………」


「僕が思うに、テンションを知りたいんじゃないかな。僕らがどれだけ復讐に燃えているか。あの女をどう思ってるか。そういうトコかと思うんだ。そういうの好きじゃない?」


 ポールが興味なさげに問う。

「アクスは…イラーザに復讐したいのかー」


「当たり前じゃん!あの女め…俺のケツとか、腿を見ただろ、あんなに紫にしやがって!」

「ギャッハハ!そりゃオマエが、小器用によけるからだろうが」


「よけるだろ!潰されちゃかなわないよ!っとにあの女はー!皆だってぶっ殺してやりたいよね?」



「おお、やってやる。俺はやるぜ。ぐちゃぐちゃにしてやる。あのセリフも言うぜ。おまえが最後どうだったか思い出すってな!ぐへ、げへへへ!」


 ダルクが睾丸を大事そうに抑えながら野太い声を上げる。口に入れていたパンや肉片が辺りに飛び散る。


「イラーザめ、今度はぜってー逃がさねーぜ!」


「俺は目立たねーようしてたのによ!あの女、何度も打ちやがって…」


「あの姉ちゃんはよー!……」


「…………」

 ジムとトーマの後、メンバーの恨み節は続いたが、ポールは黙り込んでいた。


 彼女を再び捕らえて、好きなようにするのは違うんじゃないか。そう思っていた。


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