第269話



 祠の前に降りると、嬌声が聞こえて来る。

 最初に祠から飛び出て来たのはライムだった。ワイヤーアクションのように不自然な動きだ。


 重力を一割ぐらいに絞っている。

 彼女は今三キロくらいしかない。日常の物理現象からは少し逸脱している。


 俺は気付いた。ライムは悲鳴を上げる。

「ちょっ、待って!」



 そう、彼女は祠前の広場を通過する勢いだった。俺のように重力をフレキシブルに扱えるわけじゃない。つまりこのままだと谷底へ真っ逆さまだ。


 俺は空中の彼女の手を掴む。

 羽のように軽い彼女は、大した反動もなく一瞬空中に制止する。俺は彼女に戒めを込めて重力を全て戻した。


「わん!」

 ライムは犬のように叫んで落ちた。


 それはガーにいって貰いたい。言うまでもないが、階段を三段落ちたぐらいの衝撃だ。怪我させる気はない。


「…ありがと」

酷い…みたいな目を向けるが、礼は言った。



 続いては、ガーが飛び出て来た。彼は上手に着地。勘が良いんだな。ウエスト辺りが軽く絞られた、女子っぽいワンピースがふわりと揺れる。


 前髪が目に入ったか、片目だけが閉じられる。口元には笑みが残っている。

 うわ、めっちゃ可愛い。


 言っとくけど、彼にはズボンも提供したよ。少年に生足を強要したりしてない。そこまで趣味には走らない。かなりタイツっぽいけど。


 そしてイラーザだ。こいつにもあるんだ。そんなセリフが出るような、毒のない笑顔で出て来た。そうしてるとおまえも可愛いねえ。丸いおでこが見えてるねえ。


 最後にアリアーデが飛んで出て来る。奇麗に両足ついて着地。ほぼ質量を失った銀の髪が、スロー映像のようにふわりと揺れる。


 人形じゃなかった。リアル笑顔だ。初めて外に出てみた妖精かと思ったよ。同じように重力が薄くてあまり胸が揺れないのが残念だよ。


 俺は目が細くなっていた。多分、ギャグ漫画のようなにこやかな顔になっていただろう。それぐらい幸せに満ち満ちていたんだ。


「…貴重な体験だった。あの無限の階段を」


「超楽しかったです!階段上って楽しいなんて初めてです。トキオ様、一生このままにしといてもらえませんか」


「ないない、そんな長持ちする魔法じゃないし。日常生活に差し障るよ?」

「私は大丈夫です!慣れますよ、慣れて見せますよ!」


 ライムがイラーザの横に出て来た。

「トキオさん、わたしも絶対慣れます!」


「俺が止めなきゃおまえ、あそこで死んでたぞ」

「ぎゃふん」


 ぎゃふんいう奴、初めて見た。本当は質量が軽いままなら死なないだろうが。


 ガーは黙っていた。時折俯いて微笑んでいる。一番女子っぽい。

 そんな会話をしながら村に帰る。



 ダンジョンから村に着くまでは楽しかった。


 頭上に伸びる枝葉から、夕景が覗く。歩くごとに空の形が変わる。小さいのが二人、中くらいが一人、大きいのが二人、なんか家族のような構成だ。


 俺はどこか、風呂上がりの散歩のような気持でいた。この後、また風呂に入れると思っていたからだろうか。


『こんなに幸せでいいのかなあ…』



 心の中で呟いてしまった。気が小さい俺はヒヤッとする。これはフラグだ。


 村に着いたら嫌なことが待っているんじゃないのか。

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