第265話
自分なら無事達成できると判断し、村の約束を破り飛び出して、自身も連れの女の子も怪我をさせた。
ミッションは失敗だ。
「おまえは、俺に認められたくて飛び出した。それでいいな?」
「…はい」
「おまえはライムに怪我をさせた。皆にも迷惑をかけたな」
「はい」
ガーは、俺がこれから重大な発言をすることに気付いたようだ。避けていた視線を合わせて来た。子供とは思えないような静かな眼差しだった。
その藍色の瞳には一片の曇りもなかった。
「だから、旅に一緒には連れて行けないよ」
「はい」
彼は一つ瞬きをする。水辺の煌めきが頬を掠める。
その時、彼が初めて男の子の顔に見えた。
「だめーー、トキオさん!ガーは悪くない!」
ライムが分け入って来る。いきなり全開の泣き顔だった。眉は下がり、口元は歪み、顔は真っ赤だった。湖の深みのような色の瞳から、涙が次々と湧き出し床に落ちる。
「本当にがんばったんだよ!わたしのせいなの!わたしが落とし穴に落ちたから…。
勝手についてきたの、守ってあげようと思って、でもわたし守られた!
この子にダメなことはなかった!何度も助けてもらったの!
やだ!そんなのやだ!おかしい!いやだ!本当にがんばってたんだ!
そんなこと言わないで!絶対やだ!だめなのお願い、許して!」
彼女がギャーギャーと喚いていた言葉を、俺はあまり聞いてなかった。
ガーだ。この潔い少年を見ていた。
彼はしっかり頷いたんだ。
一つの言い訳もせず、結果を受け止めた。こんな子供を俺は見た事がない。
ライムを守る為に、たくさんの怪我を負ったはずなのに。
精一杯の努力をしたはずなのに。
その、名誉の負傷さえ隠すとか…。
おまえは侍かなんかか…やっぱり漫画キャラなのか?
侍も悪くないが、俺はこいつに、そうじゃない人生を教えてやる気になった。
言い訳もするし、泣き言も言う人生だ。主に俺の事だな。
決してそれが恥ずかしくはないと教えてやろう。
そうしてやらないと、こいつが早死にするのは間違いない。
ライムが顔を真っ赤にし、タコのように揺れながら俺の腕に縋りついている。
「お願い、トキオさん…いいよ、わたし何でもするから!」
言うな!
こいつめ!今いい所なんだ。バカな事を言って変な話にするな。
俺はライムの頭を掴み、腹に当てて黙らせる。
「ガー、合格だ。おまえの入団を許可する」
「えっ」
思ってもいなかった言葉だったのだろう。
最初、何を言われたかわからないようだった。俺も何を言ったかわからない。
ガーの凛々しかった仮面が取れ、茫然と目を見開く。口が開く。年相応の子供の顔を見せる。
俺は頭ではなく、彼の肩に手を乗せた。
「おまえは男だな」
昔の俺が憧れた、後悔しない生き方。はっきりと己を貫き通す潔い男。少年漫画の約束通り、こっちが折れる所だ。
そんな漫画みたいな奴を仲間に入れないわけがない。
「トキオ…本当に?」
「トキオ、私も賛成する。少年、大したものだぞ」
アリアーデが小さく手を叩いている。彼女はやり取りを後ろで見ていた。彼に騎士道でも見たのだろう。
そっぽ向いて、一番離れた所にいたイラーザが慌ててやって来る。
「ええ、そういうノリなんですか?入団には皆の承認が?
ええ、わかりました。トキオ様の、一の従者として認めましょう。あなたの入団を!」
俺たちの言葉がやっと理解できたガーは、大きな瞳に涙を溜めて抱き付いて来た。
女子だろそれは。
「トキオさん…?」
ライムは、乱暴に掴まれた頭が痛むのか手で撫でながら唖然としている。
「おまえも、大分頑張ったんだろ?」
わかってる。なりふり構わず立ち向かったんだ。格好をみればわかる。
俺はライムのスカートをつまんで少し引っ張る。
「きゃっ!」
瞬時にアリアーデが俺の手を掴む。万力で挟まれたように手首がきしむ。
「ちょ、引っ張らないよ!冗談だからー!それよりほら!二人の治療が先でしょ!」
マジでびびった。危ない危ない。危うく手をへし折られるところだった。ライムを褒めようとしてたのに。
怖いよ。ただの照れ隠しだよ。
時間停止が手に入るかもしれないと思ったんだよ。全然だったけど。
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