第264話
ここは、雰囲気のある素敵な部屋だった。
静かで、青っぽい優しい光に包まれていた。よく眠れそうだ。
俺は考えた。ここ、俺の家に出来ないかな。
いやいや、あの階段はいやか。
さて、俺にも常識はある。悪い事した子供は叱らねばいけない。彼がしたことは命にかかわる。なるべく強く。メリハリは大切だ。
彼らが、今回やらかした事をもう一度反芻する。
村の約束を守らず村を出た。心配させた。自分の命を危険にした。
自分の命…違うな。子供の命は自分だけの物じゃない。ライムもガーも両親がいる。こんな所で死なれたらどれほど悲しむかわかっているのか。
そうだよ。万が一そんなことになってたら、俺がどれだけ責められるかわかっているのか。とんずらこいて二度と会わない。
そんな度胸が無くって、きっと命日には現れちゃう人だぞ、俺は。
何年苦しむと思ってるんだ。
アリアーデは何も言わない。イラーザは頷いた。
俺に任せるという事だ。
俺は気合を入れる。
ターゲットに目を向ける。細波を立てる神秘の池の前で、二人はなにやら揉めていた。
「トキオさん、早くこっちに…」
ライムは、引っ張り出そうとしたガーに逆に引き寄せられ、顔を寄せられる。
何か話しているが俺には聞き取れない。ライムの視線を追うとガーの右手に行きつく。
「ちょ…なにを言って…そん…だって」
「ライム…黙って…いいから」
会話の一部だけが聞こえた。何の話か分からない。
ライムは絶望したような顔をする。上目づかいでおどおどと話す。
「トキオさん。ごめんなさい…あの……」
その言葉の後が、なかなか出て来ない。盛んにガーの方を見るが、その意図はわからない。
彼はさっきの右手を後ろに回して隠している。
実力を見せようとして飛び出して、怪我しては格好悪いって所だろうか。結構な重傷に見えたが。そうでもないのか。
ライムは、何か懇願する表情で俺を見る。
俺は、改めて彼らの現状を確認することにした。
ライムの足が丸見えだ。タイトスカートの裂け目が間違った位置にあるようだ。大人の女ならエロイ。靴のない方の足首が紫色に変化していて酷い事になっている。
足も痛々しい。爪が割れて血が滲んでいる。結構ボロボロだ。何故この子は、この状態で人の心配をしているのか。お嬢さん育ちじゃなかったのか。
ガーは右手を隠している。先程ちらりと見た手には布切れが巻かれ、それが血で真っ赤に染まっていた。それがライムのスカートの行方なんだと理解する。
ガーの、上半身の服は引き裂かれズタボロになっているが胸の所は隠れていた。なんかやばい絵だ。見ちゃいけない気がする。
いや落ち着け、そんな場合じゃない。惨状だ。惨状と言っていい状況だ。
彼らは相当な困難を越えて来たのだろう。頑張ったのは間違いない。
俺は考えを改めた。何も聞かず、頭ごなしに怒るのはよくない。大人の悪い所だ。
「もしかしたら、ライムも置いて行かれるって聞いたのか?」
ライムは慎重に頷く。
「おまえ、そんなに俺と行きたいか?」
「わたし行きたいよ。一緒にいたい!」
別に!って、反射的にいうかと思ったのに、涙声で言われてしまった。
割と本気で置いていかれたくないのだろう。橋の下に置いて行こうってわけじゃない。俺が安心して預けられる所なんだから楽しいかも知れないのに。
そうだったか。俺は小さく頷いて、ガーに目を向ける。
彼は口を開いた。
「心配かけて、ごめんなさい」
「…うん」
ライムはなにかを恐れた顔になっている。
ガーは俺と視線を合わせていない。犬耳も心なしか元気がない。湾曲の奇麗な目は少し伏せられていてそのカーブ緩くしている。
気が強かった少女の面影はない。心が折れてしまった少女がそこにいた。いや、少年なのだが。やはり少女にしか見えないので痛々しくて感じる。
両袖が引きちぎられたシャツから細い肩が覗いている。擦り傷や切り傷が痛々しい。アリアーデ程ではないが肌が白い。傷跡が生々しく目立つ。
首には縄が擦れたような赤い跡。シャツはお腹の辺が千切れてなくなっている。そこにも青紫色の痣があった。
これは頑張ったのだろう。生半可じゃない障害を越えてきたんだろう。ついさっき目にした戦闘シーンでも、彼は立ち向かっていた。
ライムを先に逃がして、守ろうと戦っていた。こんなに小さい身体でも戦士としてふるまった。
でも、これは大人として言っておこう。
それとこれは別だ。ダメなものはダメだ。こんな事を認めたら彼の為にならない。
俺は言わなければならない。
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