第262話
*鑑定の祠
ガーは、ランドゲーターをかわすように飛び込んだ。
そして踏み切る。大きくジャンプすると中空まで伸びた柱に飛びついた。
身軽な彼は、かなり高い所に取りつけた。右手に力が入らず、滑り落ちそうになったが、足の力でなんとか支えられた。
ランドゲーターは立ち上がった。後ろ足と尾を使って瞬時に高度を稼ぐ。ガーの取り付いた高さはゲーターの攻撃範囲だった。
だが、迫り来る牙をガーは奇麗にかわした。
ゲーターはガーの消えた柱に噛り付く。衝撃音が辺りに響き、石片が散らばり水面を叩いた。
ガーは予想していたのだ。わざとゲーターの得意な攻撃範囲に入り、攻撃を誘っていたのだった。
里で猟師に教わったやり方だ。不意に出くわして、距離を取りたい時、敵の行動を誘導する。一手を打てと。ただの逃げではなく、能動的な逃げ方をしろと。
機先を制し、全速で走り去ろうとするガー。体を入れ替えられてしまったゲーターだが、あっという間に態勢を整え追いすがる。
壁際に追い詰められる。
圧倒的な実力差だった。一撃めは、攻撃法を読んでいたので避けられたのだ。次はわからない。
実力が上手の相手に受け身になるな。
ガーの頭の中に、ニャーに言われた言葉が浮かぶ。無謀と言われたが、彼は村の戦士に稽古をつけて貰ったのだ。
彼の本気を見てとったニャーはそれを受けた。たったの十分程度だったが、それだけを教えてくれた。
元々勝てないが、上手の奴相手に受け身になったら絶対に勝てない。
今のガーに敵を攻撃する手段はない。だが彼は拳を握った。まるで物凄い破壊力を秘めた拳であるよう振る舞い。前に向かう。
敵の速さを鑑みると、動きを読まれたら逃げられない。立ち向かうと見せて左に逃げる。引っ掛からなければ終わり。ライムが戻って来てしまう。
「わあああああーーー!」
ガーは叫び声と共に、猛然と突き進んだ。激突する勢いだ。
ゲーターは引いた。
今だ。ガーは即座にベクトルを変える。
「ふふっ…」
ガーは笑った。
ライムの事を思い出したのだ。彼女は本当に戻って来そうだった。あの小さなぷよぷよの拳を掲げて。
やっぱりライムと、トキオと皆で冒険したいな。
ランドゲーターは虚をつかれてしまった。獲物とすれ違ってしまう。
ガーの横目には、ライムが扉に飛び込んで行く姿が見えていた。
これで逃げきれれば。こいつを振り切れれば。そうだ、いっそあそこの落とし穴に落ちよう。こいつに繊細な動きはできない。スライムの餌食になる。
その先の作戦もできた。
もう少しだけ、ガーの足が速かったら、
ランドゲーターが遅かったら、引っ掛けられなかった。
ゲーターの前足が、僅かにガーの腰をかすめた。ほんの僅かだったのだが、ガーの小さな身体が吹き飛ばされる。
天地が変わり、斜めに迫って来る床面を必死で見据え、左足を出した。
角度がなかった。滑って転がる絵が見える。絶対滑る。でも諦めなかった。ならばと強く蹴り出した。一瞬摩擦が効いて、彼は踏ん張れた。
なんとかバランスを保ちながら、つるつるの床面を両足で滑っていく。勢いがまだ消えていないのにランドゲーターが走り込んで来る。
ガーはもう一度拳を固め、前を向いた。
ランドゲーターがブラフだと見切ったかどうかはわからない。今度は引かなかった。だけどガーも、前進をやめなかった。
ガーは彼の口に飛び込む寸前で飛び上がった。
そこしか、無かったような見事なタイミングだった。彼の牙をかわし、足で上顎を蹴りつけた。
一本取ったといえる。
だが、彼はあまりに体重が軽かった。力が足りなかった。
ゲーターの口を閉じることはできず、逆に高く跳ね上げられてしまった。
頭から床に叩きつけられたら終わりだ。彼は必死で身体を丸める。気絶しないよう祈った。ここで倒れたらだめなんだ。
ライムのぷよぷよの拳が脳裏にちらつく。あの子が戻ってきてしまう。
『そんなの関係ない』
彼女の静かな声がリフレインする。
絶対気絶できない。
ガーは石の床に叩きつけられる衝撃に備えたが、それは無かった。
丸まった形で飛んでいた人間をどう受け止めたんだろう。
ガーが不思議に思うくらいスマートに、その男に抱き止められていた。
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