第261話

*鑑定の祠


 ライムは、恐怖に顔を歪めた。迂闊に吐いてしまった言葉に。真意を問うような問いに。

 これ以上はいけない。これ以上言わせたら終わってしまう。



「そっか…だよね。早く帰って治さないとだもんね」

 震え声になってしまったが、ライムはその場を流そうと努力する。



 その時、ガーの犬耳がピクリと動いた。彼は何かに気付き首を回す。方向を探るように耳が動く。


 彼はモンスターの気配を感じとったのだ。

 スライムとは違う物が、動く音を感じた。彼に未体験だったスライムと違い、それは明確にイメージできた。


 四本足、尾を引きずっている。大きい。あそこの扉の向こうだ。


「ライム、すぐそこにモンスターがいる。スライムじゃない、一旦地下に戻ろう」



 だがその時、轟音と共に両扉が開いた。それはライムたちが入って来たのとは反対側の扉だった。


 白い何かの粒をまき散らしながら、巨大なトカゲ型モンスターが転がり込んできた。

「キュワーーー!」


 それは奇怪な叫び声をあげた。

 ランドゲーターというモンスターである。体長は三メートルほど。ワニのような体型だが、後ろ足が少し長く、尾と合わせ立ち上がることができる。



「ライム、僕が引きつける。隙を見て、奴が入ってきた扉を抜けるんだ!」


 その扉は既に閉まってしまっていた。

 だが、ガーの目には見えたのだ。そしてわかった。そこが、最初の扉を開けてしまって転がった、その先にあった扉だと。


 赤い光に満ちた部屋から飛び込んだ通路、そこの目の前にあった扉だ。この部屋はその裏側だった。通路の先の、赤い部屋の扉も開いていて、中が少し見えたのだ。


「ライム、あれは多分、二番目の扉なんだ」

 ガーは、今は閉じてしまっている扉を指さす。


 ランドゲーターは辺りを見回す。自分がどこから来たかわからないようだ。二人に爬虫類の目を向ける。


「ガーはどうするの…」


「必ず後から行く」


「そんな…」

「これは勝つためだ。ここから二人で無事逃げ出すためなんだ。そっちの方がずっと確立が高い」


「ガー本当に…?」


「僕は少しなら渡り合える。君だけ逃がすためじゃない。二人が助かるためだ。君を庇っていては渡り合えない。ライムならわかるよね」



 ランドゲーターは、顔の半分が白く凍っているようだ。何かダメージがあるようで、のたくりながら迫って来る。


 ライムは考える。

 時間はない。自分の方が足は遅い。戦闘力ゼロ。役を代える事はできない。

 大怪我を負っている年下の子と比べてあまりに情けない判断だが、それが事実と認識する。


 ガーのいうのは正しい判断だ。負傷した彼を囮に置いて行く。とてつもなく非情に思える。でも彼は言った。勝利のためだと。ライムは決断する。



「わかった。けど、ガー。約束を破ったら、わたし戻って来るからね!」

「………」


「戻って、あなたが死んでたら、敵を取るから!」


 その時、ライムは拳を目の前に掲げていた。グーで行くと言っているんだ。



 …何を言ってるんだ、この子は。

 すれ違おうと思っていた姿勢のまま、ガーはライムを二度見する。


「必ずやるからね。だから絶対あとから来て!」


「だって…君は、あいつには…」

「そんなの関係ない」



 ライムは結構冷静な目をしていた。暗闇の中では黒に見えていた瞳に、今は緑色が宿っていた。

 湖の底のような濃い緑の瞳が、ゆるぎなく彼を見据えていた。


 ガーは、理性的にやり遂げようとする彼女の意志を感じた。

 モンスターが水を散らし、地響きを伴い迫っているのに、彼女は微動だにしない。


「…わかった」



 それを聞いた途端、ライムはすれ違い、走り出した。



 風を巻く彼女の後ろ姿をガーは恰好よく感じたが、片方だけ靴を履いたアンバランスな走りはドタドタと音がしていた。


 ガーは笑みをかみ殺した。


 仲間になれたら、どんなに素敵だっただろうか。


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