第260話

*鑑定の祠



「大丈夫?」

「うん」


 気にはなるが、今は急ぐしかない。ライムは心に浮かんだ地図を更新しながら進む。行っていない場所を進み、とうとう上階に上がる階段を見つけ出した。


 喜んで振り向くとガーも笑顔を向ける。


 階段の上の小部屋には扉があった。ライムは地図を作り直す。見回して部屋の形を頭の地図に登録する。


 四角い部屋。ドアが一か所。後は暗闇。地図に表示された赤い点は三つ。どれも遠かった。

 だが、それが壁の向こうにいるとは限らない。細長い部屋で。目が良いモンスターがいたら。そいつの足が速かったら。


 ライムはドアを開けるのを少しだけ躊躇する。だが行かないわけにはいかない。


「開けてもいい?」


「うん」


 ライムは思い切りよく、扉を開けた。明るい。二人は手を翳して目を庇う。


 その部屋には光があった。暗闇を進んでいた二人には眩しかった。しかし、それ程強い光ではない。日中の地上を歩いて扉を開けたのなら暗かっただろう。



 とても大きな部屋だった。真ん中に清水を湛えた池があり、その水が光源のようだった。

 水底が仄かに光って天井に揺らめきが映っている。


 中心部に四本の柱がある正形の島があり、そこには四方から飛び石で繋がっている。


「ゴール…よね?」

「うん、きっと」


 二人は、下からの仄かに青い光に照らされながら飛び石を歩く。島の柱は天井まで届いていなかった。


 床にも柱にも、何やら文字が書かれているが、二人には読むことができなかった。

 四本の柱の中心には大理石の台座があり、そこに金色に輝く水盤があった。


 二人は息を飲んで見つめた。

 金色の側面には細かな文字が描かれている。

 水盤の中を覗き込んでみると、穴も開いてないようなのに、どこからか水が滾々と湧き出していた。


 ライムは息をつめたまま、視線をずらしてガーを見る。

 彼はやはり笑顔を見せる。


「わたしが使ったのと違うけど…きっと手を入れれば、いいんだと思う」


「うん…やってみる」


 ライムはホッとした。彼女は、もうどうでもいいと言われたらどうしようかと思っていたのだ。



 ガーは怪我をしていない左手を水に差し入れた。


 神聖な儀式だ。

 彼はライムから見ると、水面から照らされる光で神々しく見えた。


 水盤の光が強くなり、風に吹かれるようにガーの髪が揺れる。

 光が徐々に収まって行く。


 他には何も起こらなかった。

 そんな…こんなに苦労したのに、そんなのない。

 ライムは水盤を見直す。


「あ!これ、浮かんでる。なんか文字が浮かんでる!」

「どこに?」


 水盤の側面に描かれた文字が白く光っていた。

 ガーは文字が読めなかった。察したライムが代わりに必死で読もうとする。


「……?」


 ライムが読める文字ではなかった。

「わからないけど、なんか出てるよ?」


「…うん、やったよ」

 言葉は喜んでいたが、彼の身体はまるで喜んでいなかった。


「ガー?」


 ガーは、自ら手を引き抜いてしまった。文字が消える。

「大丈夫だよ。ほらライムもやって見なよ」


「ちょっと待って、ガーの、なんか他にも浮かんでたよ」

「…もういいよ」


 ライムは悲しくなった。

 ガーの真意に、半分気付いてしまっていた。



 それに気付かぬふりをしたかったが、彼女にそんなスキルはなかった。まんま気落ちした風を見せてしまう。


「…わたしも、いい。もう帰ろう」

「なに怒ってるの」


「…怒ってないよ」

 普通に答えようとするのに言葉が尖ってしまう。


「怒ってるよね?」

「…怒ってない」


「なら、行こう」

「待ってよ、ガー!もう本当にいいの?」


「…いいんだ」



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