第255話
*鑑定の祠
地底へ続く階段の先がなくなった。
そこは、部屋になっているようだった。ライムとガーは、とうとう階段の終りに辿りついたのだ。
永遠に続くかと思われた、階段の終点である。
延々と同じ風景を見続けて進んでいた彼らは、最初、部屋の方が迫って来るよう感じて、引き返してしまったくらいだ。
それを悟り、先に降りたガーが迎える。ライムは最後の一段を降りた。
「はあぁー…」
ライムは身体を傾け、震える膝を両手でおさえ、一息をついた。
部屋の壁は階段と同じ石質だった。機械で切ったぐらい正確な切断面だが、やはり年月による風化が進み、割れや欠けがあった。
ベッドを二つ置いたら一杯になってしまうくらいの小部屋だ。正面に長大な両開きの扉があり、その両側の上の方には鉄仮面が飾られていた。
その目が不意に赤く光り出した。
二人は息を飲み、仲の良い姉妹のように互いの肘を庇い寄り添うが、他には何も起こらなかった。
この部屋の天井は、階段部とは違って光を放っていない。赤い光に照らされた部屋は、必然的に何もかもが赤に染まった。
ライムとガーの顔も髪も赤に染まった。二人は自分の手を見る。その、指先さえもが赤く染まっていた。
ライムには、仮面の赤い両目は怒りを放っているよう見えた。
彼女の心臓は早鐘を打つ。脅しなのだろうか。引き返せ。そう言われている気がした。
ここまで来ただけでも大した冒険だった。肝試しならここ引き返すところだ。
ここまで百階以上降りて来た。同じ道を歩かされていると疑いながらも諦めず、途中で引き返さずに降りて来た。
だが、これ以上続くのなら引き返すことも考えなければいけない。帰り道の行程を考えねばならない。そんな話し合いの上ここまで来ていた。
彼らは途中で時間の感覚を取り返していた。
それは意外にも簡単な話だった。お腹がすいたかどうかである。それでまだ、そんなに時間が経っていないと知った。
二回お腹がすいたら引き返すか考える。そう決めていた。
「ここって試練の洞くつとか、勇気を試す、そういうのなの?」
「僕は、何十年も前からあったって事しか知らないんだ…」
「…音は、何か、聞こえる?」
「聞こえない。でも嗅いだことのない匂いはする。その扉の…向こうから」
ライムは、また心を研ぎ澄ましてみる。
彼女の心の中の何かは、まだこの場の危険を告げてはいないが、この扉を開けるのはどう考えても危険だ。
バカのする事だ。子供だと言われる。大人の判断はここまで。引き返すならここだ。
年長のものとして、お姉さんとして、ちゃんと導いてあげよう。そう思った。
「ガー、わたしはね…この戸に名前でも書いて帰った方が良いと思う」
「ライム…本気で言ってる?」
信じられないといった風情の、その一言で、ライムはあっさり心変わりした。
ここまで来て何もせず帰るなんて、それこそ笑われる気がした。
「そうよね、ここまで来たんだもの。一目だけでも…見てみたいよね」
二人は扉の前で肩を寄せ合う。知らずに声を潜めていた。
「匂いは…近い?」
「遠い…と思う」
その時、二人の心を占めているのは、意地とか成果とか、そういうものとは違っていた。
恐怖よりも好奇心が勝っていた。
薄暗い階段をびくびくしながらどこまでも降りて、何もかも血に染まったような真っ赤な恐ろしい部屋にいる。日常ではあり得ない体験だ。
二人の声は僅かに震えている。疲労のせいか恐怖なのか、膝だって震えを止めていない。それでも、もう少しだけ。知りたかった。
意気地なしは冒険者にはなれない。冒険する奴は三流冒険者。相反する言葉が、二人の頭の中でグルグルと回っていた。
「少しだけのぞいて…見ようか」
ライムのその言葉は、最高の選択に思えた。
二人は頷き合いながら扉に張り付いた。堅牢な造りの合わせ目には、残念なことに隙間はなかった。なので二人は、古びた木製の扉にありがちなひび割れを探した。
顔を斜めにして押し付け、ひび割れを丁寧に探る。
不意に、自身の体重を支えている掌が滑った。
扉が開いてしまったのだ。
二人は部屋の向こう側に、飛び込むように投げ出されてしまった。
床に倒れたガーは息を止め、うつ伏せのままで石のように固まり、周囲の気配を探った。
ライムも息を止めた。彼女が選んだのは死んだ真似だったのだが。
二人が呼吸を止めて数秒経ったが、辺りに変化は何も起こらなかった。
物音を立てないよう、おずおずと顔を上げるライム。同じよう慎重に動くガー。
目の前にあったのはまた扉だった。左右を見ると、所々に扉がある廊下が延々と続いている。行く先はほの暗く、無限に続いているように見えた。
正面の扉の横には明りがあった。その明かりが周囲を見せている。
ガーが押し殺した声のままで言う。
「…迷路だ」
「もう無理だよ。帰ろう」
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