第254話


 俺はね、息を飲んで見守っちゃったよ。

 階段の先を見て、息を深く吸うアリアーデ様を。


 手を頬の辺りに当てて、声の指向性を作る真面目な顔のアリアーデ様を。

 彼女にはね、照れがないんだ。当たり前のような顔を見せてるんだ。これから変な声を上げさせられるのに。


「ナーーーーーーーーー!」


 表情一つ変えず、大きな声を出すアリアーデ様。彼女はやり遂げたよ。アホっぽい一音なのに、違和感なかった。


 衝撃だよ。これが自信のなせる業だね。奇麗な声だった。声楽の発声練習みたいだったよ。



 なんて尊いんだよ。良いもの見たよ。


 あれ?いつの間にか俺は、イラーザと手を繋いでたよ。

 二人は顔を見合わせる。

 良いもの見たねえ。うんうんと頷き合った。


 この後、俺たちは機を見ては、この発声を続けた。きっと彼らの励ましにもなるだろう。



 祠の階段は、地の底に続いているかと思うほど真っすぐ降りていた。これは一体、どうやって掘ったんだろう。何十年もかけたのか。シールドマシーンかな。


「トキオ様、気付きましたか?」

 イラーザは眉間にしわを寄せている。


「何を?」

「この天井の光、私たちの魔力を取ってますよ」


「マジで?」

 全然気づかなかった。


 心を落ち着け、マナの動きを感じとる。

 極々微量だから気付かなかった。確かに大気中のマナを介して、魔力を吸い込まれてるようだ。


 魔法を使う時、マナに魔力を注ぎこむが、逆をされるとは思わなかった。

 これは魔法を使わされている状態なんだろう。


「どんな仕組みなんだ。こんな事できるんだな」


「悪意がなく、微量だから気付きにくいですね。自分の魔力で道を照らせって感じですか。

 …そうだ。ちょっと離れてみましょうか」



 何か思いついたのか、イラーザは速足で階段を早足で降りて行く。


「ほらっ、光が二つになりましたー」


 本当だ。先に行ったイラーザの上の天井も、ぼんやり光っている。

 俺の真上はそのままだ。ふと、斜め後ろに佇むアリアーデが気にかかった。この娘はどうなんだろう。


 俺も彼女から離れてみた。

 なんと、光が三つになった。


 アリアーデは天井を見上げる。薄ぼんやりと照らされて暗がりの彼女は浮き立って見える。


「世界は知らない事ばかりだな…」

 俺も時々同じこと考えるよ。



 呆けたようなアリアーデを促し、イラーザの待つ段まで降りる。


「アリアーデ様も魔素を作る能力がありますね。その内、魔法を使えるようになるかもしれませんよ?」


「…それは喜ばしい事なのだろうが。イラーザ殿…私は身分を棄てた。

 様付けはやめてくれないか」


「それを言うなら、あなたの殿付こそやめてください」


「しかし…」

「お風呂に一緒に入った仲じゃないですか」



「おまえ…やっぱり一緒に入ったんだ?」


 やっぱり見たんだ。アリアーデの裸を、おまえは見たんだ?とは、声がこわばりそうで言えなかった。わかり切ったことを聞き直す。



 イラーザはどや顔で頷いた。完全に上に立った表情だ。こいつ…。

 という事はアリアーデも見たんだ。…こいつの身体を。


 いや、アリアーデはこいつと違う。立体図を完成させてはいないはず。

 くだらない事で自分を無理に慰めても、なんか切ない。



 やはり時間停止を使うべきだったのだろうか。実は直後からほんのり後悔していたんだ。


 考えてみたら、あれは一期一会だったのではなかろうか。

 温泉というシチュエーション。

 青空の下。裸の二人を同時に見る機会など、そうはないのではないだろうか。


 それは相乗効果で、とても尊いものだったのではないだろうか。


 一人悶々としているとイラーザが述べる。


「そうだ。わたしも自己紹介代わりの一撃を見せたいです。

 次にモンスターが出たら私に任せてください」


「…こんな直下に向かう、狭いとこで火魔法はよせよ。上昇気流で熱いぞ」


 イラーザの顔が少しこわばる。魔女になるとか大きなこと言うくせに、こいつは、風はともかく、水系魔法が苦手だ。

 俺は、彼女の呪文の文言に少し問題があると思っている。


「真っ直ぐなトンネルで風も不向きだし、水魔法が見たいな~。敵を凍り付かせるような、クールな~」


「…いいでしょう!」



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