第253話



 生物の成り立ち的に、内臓がそこに入ってるとは思えないが、狸ザハンマーは断末魔のような不快な悲鳴を上げ、動きを無くし地面に倒れた。


 尻尾と簡単に言っていい太さではなかったし、何か重要な繋がりがあるのだろうか。



 そんな事を考えている内に、アリアーデは難なく二匹目を片付けていた。知らなかった。彼女は、剣技がとてつもなく美しい。


 剣を腰に戻す動きを、イラーザはうっとり見ている。こいつには絶対後で聞かなくちゃいけない事がある。


「アリアーデ、剣士みたいだったぞ」

「私は騎士だぞ」


「いや、なんか、腕力ごり押しタイプかと思ってた」

「失礼な」


 苦情を述べているようだが、アリアーデは至って平坦だ。やっぱなんか良い。



 ウーチャが軽く手を叩く。

「姉さん、すごい腕前だ。切っ先の速度を最大限に生かす。それは空斬流剣術だな」


「わかるのか」


「昔の仲間に、それを使うすごい男がいたのさ」

「ほう…」


「姉さん、知ってるか。この尻尾はな、凄く高く売れるんだ。皮が頑丈でな。鉄より扱いやすい良い盾が作れる。ガントレットにしてもいいぞ」


「ほう…初耳だ」


 剣技や、武具を語る、玄人連みたいな会話だが、おっさんの尻にはグレーの球状の丸い尻尾。頭にはウサ耳がついている。


 俺には恐ろしい違和感だが、子がいるし。ならば嫁もいるんだろう。アリアーデも普通に接している。気にする俺の感覚だけがおかしいのだろうか。



 俺は断崖の丘の端に立つ。ロープが鑑定の祠まで繋がっている。祠の入り口は、つたに覆われ緑の塊と化している。


 岩山の壁面を切り出して作られたようだ。入り口だけがぽっかりと黒い口を開けている。

 入口の上部二個所に、何か紋章が描かれているようで、それが人の目のようにも見える。ゲーマーなら上がる風景だ。


 ウーチャとはここでお別れする。


 俺にはリスクもないし、綱渡りは是非とも体験したかったが、さすがに遊んでる場合ではない。俺はアリアーデとイラーザを抱えて谷を越える。


 ウーチャは、俺たちが跳び越えるのをいい感じの間抜け顔で見送ってくれた。


 祠に着地してから振り返る。向こう側の断崖絶壁が見える。絶景だ。立ち尽くしたウーチャも、いい感じで絵に花を添えてる。

 その違和感ありありの姿が、不思議と似合ってるぞ。



 先に確認したが谷底に二人は落ちてない。ウーチャは、ロープの先に行った匂いがすると言っていた。


 冒険だな。彼らは、このロープを渡り切ったんだ。


 祠の方に向き直るとアリアーデとイラーザが待っていた。白と黒みたいな感じの二人だ。


 さあ、仲間を助けに行こうか。



 祠の階段を降りる。めちゃ単調な階段だ。膝が悪くなるといかんので二人の重力を操作してやる。


「うわー!なんか歩きづらいです」

「やめとくか?」


「いえ、このままで」


 アリアーデは何も言わないが楽しそうにはしていた。


「わ!」「ゎ!」「ゎ」


「何してるんだ?」

「木霊です」

 イラーザが階段の響きを愉しんでいる。


「あ!」「ぁ!」「ぁ」

「おいおい、ふざけてる場合か。あいつら危機かも知れないんだぞ」


「だから、こちらに危機を呼び寄せようと」

「…なるほど」


 もしモンスターに襲われていたらこっちに注意を引く。そういう事だね。賢いね。


 俺は俯いてから、体を大きく逸らし、胸一杯に息を吸った。

「わーーーーーーーー!」



「ギャーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 イラーザ。ギャーって…。しかしすげえ声量だ。棺桶で寝ている死人でも起きそうだぞ。



「……すまん。その、掛け声について教えてくれないか」

 アリアーデが謝ったよ。


 なんて気の優しい娘さんだよ。子供の命の危機ならば。ここは私もやるべきだとか思ったんだろう。


 ハッとして、イラーザを確認すると俺と同じ表情していた。



「何でもいいんですよ。こう、ターーだの。トーだの。声が出しやすければ良いんです」

「………難しいな…なにか指定してくれるか」


「じゃあ、ナーーーー!で」


 ナーっておまえは…。


 それを言わせようって言うんだな。彼女に、あの娘にやらせるんだな。



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